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2006年11月29日 (水)

The Joshua Tree -U2

The Joshua Tree Music The Joshua Tree

アーティスト:U2
販売元:Island
発売日:1990/06/15
Amazon.co.jpで詳細を確認する

あえてあげるまでもない名作ですが

 洋楽の情報をゲットするのに、深夜番組とラジオ、雑誌を駆使していた中学生の頃の話です。

 ある月の雑誌の、今月の新作おすすめNo.1としてこのアルバムが紹介されていました。

 私としては、当時ひいきにしていたバンドのアルバムが小さくしか取り上げられていない事に腹がたち、絶賛されていたこの「The Joshua Tree」と、U2というバンドに勝手に敵意もったりして、そのおかげで逆に印象に残りました。

 後日、「終わりなき旅」がラジオで流れた時、それがU2の曲と知り、あの雑誌は正しかったと、考えをあらためました。そして即効、レンタルショップにこのアルバムを借りにいきました。

 はるばる遠くから音がやって来る。
 そんなイメージのでだしと、声を張り上げているのに話しかけられているようなボノの歌声。歌詞の持つ意味も、歌詞カードの和訳をみる前になんとなく感じて。

 この「終わりなき旅」、原題「I still haven't Found What I'm Looking For」と「With or Without you」は今でも私のお気に入り。

 荒野と、薄い雲がたなびく広い空と、どこからか吹いてくる強い風。その風にさからうようにしてたちすくす。

 そんなイメージがわくアルバムです。

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特に年下の知り合いは(BlogPet)

昨日はももんがたちにはその姿がなによりご褒美


 特に年下の知り合いは、会わなくなると、気分良く、酔っ払った頭で終電に乗りました
ネットで良く友人達には元気を、寝る間の時間との距離も伸びてゆく


 特に年下の知り合いの場合、久しぶりに会ったら敬語をもつ友人達になっている私たちには幸せをけずってゆく
と、がんももは思ったの♪


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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記憶の技法 -吉野 朔実

記憶の技法 Book 記憶の技法

著者:吉野 朔実
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

実際にあった事件がモチーフになってます

 自分の一番古い記憶は、二つあります。

 一つは、夜の海。家族がいて、砂浜で、私はよちよちと歩いて貝殻のかけらを拾いました。
 ただし家族には、海に行ったのは私が二歳の時だから覚えているはずがない、と一笑にふされ、それは夢である、とまで言われました。
 二歳頃の記憶を持っている子なんて世の中にはごろごろいる、と後々知りました。やはりあれは夢ではなく記憶なんではないかとも思いますが、信憑性はいまいちです。

 もう一つは、家の庭。真昼間に一人でいたのできっと保育園に入る前です。
 そこで私は一人で悩んでいる。

 昨日の事は覚えている。先週の事も覚えている。先月お父さんの車に乗ったことも、その前の月にお母さんとお出かけしたことも覚えている。
 そうやってさかのぼって考えていけば、生まれたときのことまで覚えているはずなのに。なんで覚えていないんだろう、どこまで覚えているっけ?

 と、一生懸命おもいだしてる、そんな思い出。
 多分このときに一番古い記憶として海を思い出し、家族に確認をとったのだと思います。

 なんというか、嫌な子どもだなあ、としかいいようがありません。

 

 「記憶の技法」は、自分の本当の家族の消息を尋ねに行き、自分が封印していた記憶を取り戻す女の子の話です。

 それは悲しい記憶だけれど、彼女はそれを、今の家族を大事に思うからこそ、知ろうと、思い出そうとがんばります。

 記憶は記憶であるということ。そして記憶でしかないということ。
 その記憶の内容に関わらず、今いる場所が家族が、間違いなく今の自分の帰るところだと。心の底からそう思ったとき、彼女はようやく安心して、悲しい記憶を思い出します。
 そして、悲しくない記憶も一緒に。

 

 私にも、もっと古い、封印した記憶があるだろうか。なんて考えたりもしますが、あの暗い海と、明るい昼間の懐かしい庭の記憶以外にはやっぱりありそうもなく、そのことに、ちょっとだけほっとします。

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2006年11月28日 (火)

ドラゴン・パール -シリン・パタノタイ

またもや画像なし...

 「ワイルド・スワン」を読んでからというもの、近代中国史ものにはつい手がでてしまいます。

 けれど「ワイルド・スワン」に描かれた文化大革命があまりに生生しかったため、逆に当時が舞台の小説、「中国の小さなお針子」を読んだときは、そののんびりさにあまりリアリティを感じませんでした。 

 そういう時には、小説よりノンフィクションを好む人達の気持ちがちょっとだけわかるような気がします。

 「ドラゴン・パール」もノンフィクションです。

 「ワイルド・スワン」は共産党の幹部の娘の目線でしたが、こちらは国賓という名の人質の目線。

 作者、シリン・パタノタイはタイの新聞記者の娘ですが、幼い頃、兄弟と一緒に「生きた架け橋」として中国へ送られます。

 タイの、明るい色彩の世界から中国へ。しかも保護者代わりは周恩来。

 毛沢東を間近でみるような立場でいながら、それでも学校へ行ったり恋愛をもするけれど。

 文化大革命はやはり彼女たち兄弟を巻き込みます。

 自己批判だけでなく、父や、保護者となってくれていた周恩来をも批判しなければならなくなり、兄弟は国外追放になり、彼女は一人になってしまいます。

 それでもくじけず、あきらめない。

 彼女は、自身の人脈でイギリスに亡命し、後々にはタイと中国の国交を深める際の通訳になり、真実「生きた架け橋」となりました。

 正直、もっと読まれていい本だと思うのですが、図書館で見つけた以外、本屋で売っているのをみたことがありません。

 「ワイルド・スワン」とセットで是非、読んでみてもらいたい本だと思います。

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2006年11月27日 (月)

ショコラ

ショコラ DTS特別版 DVD ショコラ DTS特別版

販売元:角川エンタテインメント
発売日:2001/11/03
Amazon.co.jpで詳細を確認する

チリパウダー入りチョコレートは存在します

 寒くなると、チョコレートが食べたくなります。

 私はカカオ純度の高いものをコーヒーと一緒に食べるのが好きですが、「ショコラ」に出てくるお店に行くことがあるならば、主人公の一人、女主人の見立ててくれたチョコレートを迷わず購入するでしょう。

 閉鎖的な村にできた一軒のチョコレートショップ。

 そこにやってきたきむずかしやのおばあさんは、笑顔が戻り、

 夫婦仲が悪くて悩む奥さんは、旦那さんと仲直りし、

 厳格な牧師さんまでとうとう素直になってしまうくらい、彼女のみたてたチョコレートは、人の心を開放する。

 たった一人、見立て間違えた相手だって、彼女の恋心からの見立て違い。

 甘くて濃い、そのささやかな媚薬を口にした瞬間の、お客のうっとりとした顔が、もう本当に美味しそうで。

 ジュリエット・ビノシェ、ジョニー・デップ、そして「ポネット」の女の子、ヴィクトワール・ティヴィソル、と、大好きな俳優さんばかりでているところも、私にとってはまた美味しい映画です。

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2006年11月26日 (日)

距離はかわらず

 普段、顔をあわす友達という名の知り合いは、会わなくなると、その会わない間の時間と正比例して友達との距離も伸びてゆく。

 特に年下の知り合いの場合、久しぶりに会ったら敬語を使われて悲しくなったこともあります。

 

 古い友人の一人が結婚することになって、彼のために余興やら二次会やらを皆で集まっていろいろ企画しました。

 集まった友達は、ずっとつるんで遊んだ仲間です。

 人によっては2年ぶりの再会でしたが、まるで昨日も会ったような場の雰囲気は、私を元気にさせてくれました。

 皆、新郎の悪口をいいながらも、時間を割いて打ち合わせをして、寝る間をけずって準備をして、冷や汗をかきながら余興をして、汗かきながら二次会を仕切る。

 山ほど飲まされた新郎はそれでもご機嫌で、いじられている新郎をみている新婦も嬉しそうで。それをみている私たちにはその姿がなによりご褒美。

 時間に左右されない距離をもつ友人達には元気を、そして新郎新婦には幸せを、たくさんわけてもらって。

 人生は上々だ、と、気分良く、酔っ払った頭で終電に乗りました。

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2006年11月25日 (土)

100万回生きたねこ -佐野 洋子

100万回生きたねこ Book 100万回生きたねこ

著者:佐野 洋子
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「100万回死んだねこ」が最初のタイトルだったようです

 100万回生まれ変わっている猫の話。

 この本が持つ意味を問い始めたら千差万別だと思います。

 哲学的な意味をもたせる人、愛の意味をもたせる人、因果応報なんて意味をもたせる人だっているでしょう。

 けれど、この本の読後感はきっと皆同じだと感じます。

 誰かをすごく好きになりたくなる。

 大事な人がそばにいたら、きっと抱きしめたくなる。

 そういう本です。

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2006年11月24日 (金)

テムズとともに - 徳仁親王

 ひょんなことから、手に入れた本です。知り合いが偶然、紀伊国屋書店で数百部のみ販売していたのを買い、それをいただきました。

 「学習院 教養新書」というところから出版されており、そちらに問い合わせれば手に入るようですが、基本的には非売品です。Amazonにも情報がありませんでした。

 これは、徳仁親王自身が書かれた、オックスフォード大学へ留学した二年間の英国滞在記。皇室の方の目線で語られる、海外留学。自分とは縁のない二つが同時に楽しめる貴重な本です。

 女王陛下自ら入れたティーを味わい、他国の皇太子とスキーにでかけもするが、洗濯機に洗濯物をつめこみ、泡をあふれすぎたり、「生まれてはじめて」銀行へ行ったりクレジットカードを使ったりもする。

 英語どころかラテン語の史料に苦戦し、深夜まで勉強する日もあれば、テニスのコレッジ対抗試合に出る日もある。

 同じ学者目線での英国滞在記としては、林望さんのエッセイの方に軍配をあげます。やはり林さんのユーモアを交えた文章よりは、はるかに固い。

 けれど、決してユーモアがないわけではありません。

 「 日本からの観光客、若い女性に目の前で「ウッソー!」と言われた時は、「ウッソー!」の本義を知らず、どう反応していいか迷った。」

 「 ディスコにジーンズでいったら、ドレスコードにひっかかって自分は断られたが、一緒にいた警護官は許可された」

 なんていう、自分の立場をあえて若干ちゃかしているエピソードを読むと、ほんの少しだけ、人となりがわかったような気がして嬉しくなります。

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2006年11月23日 (木)

キューティ・ブロンド

キューティ・ブロンド〈特別編〉 DVD キューティ・ブロンド〈特別編〉

販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2006/10/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

女の子はいつだってパワフル

 「胸の大きな女は頭が足りない」と同じくらい、「金髪女は中身がない」というような迷信がアメリカにはあるようです。

 マリリン・モンローのイメージからきているのでしょうか。実際のモンローは、純粋だっただけで賢くないわけではなかったと個人的には思います。

 で、「キューティ・ブロンド」。

 主人公のエルは、ピンクが好きでおしゃれが好きで、イベント事も率先してやっちゃうほどの人気者。

 その、あまりの明るさゆえにキュートさゆえに、前半、確かに馬鹿っぽく感じちゃったりしました。

 けれど、彼女は自分が何を好きかを常にわかってて、周りが何を言おうとも決して自分に嘘をつかない、ただそれだけのことなんだ、とわかってきます。観ているうちにどんどん大好きになっちゃいます。

 自分を馬鹿よばわりした相手を見返すために入ったロー・スクールを、全身ピンクで決めたファッションで闊歩する。

 一生懸命、勉強しながらも、ネイルのお手入れは忘れない。

 ライバルの、いかにも知的な女の子にだって、仲良くなってしまえば、涙まで浮かべて親身になって。

 なんてパワフルでキュートでかわいい女の子なんだろう。

 女の子だったら誰でも、こんな子が周りにいたら、きっと最後には友達にならずにはいられない。

 男の子だったら...彼女の中身をきちんと見抜いて温かく見守る度量を持ってからきてくださいw。

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2006年11月22日 (水)

風味絶佳 -山田詠美(BlogPet)

がんももがここへ文藝春秋と風味っぽい話されたみたい…


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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子どものための美しい国 -ヤヌシュ・コルチャック

タイトルからして儚い

 「コルチャック先生」という映画にもなった、ヤヌシュ・コルチャックは、「子どもの権利条約」の基盤を作った方です。彼は孤児院の院長として子ども達と共に生き、ユダヤ人収容所に連行される子ども達を最後まで見捨てず、彼らともにガス室にて生涯を終えました。

 彼が書いた「子どものための美しい国」は児童文学ですが、決して甘い夢物語ではありません。

 それは、子どもが持つ美しい理想を現実にしようとがんばった、少年の物語。

 主人公は、お父さんの後を継いで国王になったマット少年。「大人と子どもの理想郷」としての国をつくろうと、子ども議会を作ったり、大人相手に、きちんと子どもの意見を伝えるマットは本当に勇猛果敢で行動力抜群です。

 けれど、自分の理想が、他の人にとっても理想とは限らない。理想を同じくしていたって具体的なその中身は大きく違うことを、マットはじわじわ味わうことになる。

 子ども達の無邪気な願いが、権力によって、大人の邪気だらけの欲望とイコールになる後半。その怖さは、ホラーどころではありません。

 それでも最後まで、マットは完全には絶望はしない。せめてもの救いです。

 理想を現実にするのは本当に難しい。けれど、理想を現実にしようとチャレンジすること、それ自体は決してあきらめちゃいけない。

 つらい本ですが、重い本ですが、おすすめです。

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2006年11月20日 (月)

リアル -井上 雄彦

リアル 6 (6) Book リアル 6 (6)

著者:井上 雄彦
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ようやく6巻発売

 団体競技、特にボール系は苦手です。

 ミニバスケットボールに所属していた3年間は苦痛でしかありませんでした。全くセンスがないことは、バスケ馬鹿の兄に言われるまでもなく知ってます。

 完璧な個人プレーが許される一部の天才をのぞいて、通常、団体競技の上手い下手というのは、敵味方に限らず、周りの動きが読めるか否かにかかっています。

 日常生活でも空気が読めず、しかも、読めないのならばいっそ空気そのものをかえてしまえ!という力技を仕掛けては、成功したり失敗したりをくりかえしている私にはできるはずもないのです。

 と、思っていたのですが、どうもそれは言い訳のようで。

 「リアル」に出てくるバスケ馬鹿達は、主人公も含めて、社会適応能力ゼロに等しい人達ばかり。
 それが、バスケをする時だけは団結する。バスケができるためならば、と、努力も妥協もしてしまう。
 そこでは、高校辞めちゃったからだとか、病弱だからとか、車イスだからという、さまざまな事柄は、事柄としてだけで、バスケができない理由にも言い訳にもなっていません。
 バスケが好きだから。そしてそれだけがバスケをする理由になっています。 

 認めます。
 バスケが苦手なのは、きっとバスケが好きになるより先に嫌いになっちゃたから。そしてバスケよりもっと、好きなことがあったから。

 大好きな事をするのに、それをさえぎる理由なんて何一つだってないのです。

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KIDS! -伴田 良輔

写真集なのに、Amazonにすら写真がない...

 

 絶版なのかわかりませんが、「KIDS!」は大好きな写真集です。

 60人ほど写っている子供達は、ただの子供じゃありません。あらゆるジャンルの有名人達です。

 ユングにエジソン、リンドバーグ。カフカ、アステア、ヘミングウェイ。ジーン・ケリー、ガルボ、ウォーホールから、美智子皇后まで。 

 アインシュタイン6歳の写真は妹と一緒。二人して、挑むような目つきが只者ではない。

 5歳のピカソは、やんちゃ、生意気をとおりこして、ふてぶてしい態度が満載。

 バーグマンの瞳は8歳にして憂いを帯びて、0歳のモンローは愛想のいい笑顔をふりまき、三輪車にのったフランク・ザッパはすでに貫禄十分で。

 知っているからそうみえるのか、そういう片鱗をみせている写真ばかりを集めたのか。 それは半々かと思います。

 ただし、この写真のなかで唯一、片鱗がみえるどころかむしろ意外な写真、と言われたら、ダントツでジョン・トラボルタ。

 1歳の彼に今の「あご」はどこにもみあたりません。とんがり頭に大きな丸い目。カエルの口みたいに閉じられた口もと。キュートな宇宙人のようなその姿からトラボルタは全く想像できません。

 できるものなら、ここに写真を載せたいくらい。「写真」の写真もいけないんだよなあ、と思いつつ、この写真集の復刊を願わずにはいられません。

 別世界にいるように感じている多くの偉人たちは、でもやっぱり同じ世界の住人で、そしてかつては小さな子供だったことを気づかせてくれる。素敵な写真集だと思います。 

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2006年11月18日 (土)

ご褒美

 誰にも言われなくたって、自分が自分を責めることがある。

例えば、仕事をなまけたとき。

例えば、飲み会でうかつに騒ぎすぎたとき。

それは、反省というにはちょっと違う、執拗ないじめ。

 簡単に責めるくせに、めったに誉めてくれることはない。だから、私は他人様の誉め言葉で代用してきた。

 そのわりに誰に誉められても満足できず、そのくせたった一人でも誉めてくれなければすぐにチャラになる。

  

 最近、ひさしぶりに自分は自分を誉めてくれた。

それは何よりの満足感で、あんまりの満足感で、他の人の意見など気にならなくなった。

 代用品はもうやめよう。我慢して、自分が誉めてくれることをしよう。

 そう思った。いい年して遅すぎるけど。

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風味絶佳 -山田詠美

風味絶佳 Book 風味絶佳

著者:山田 詠美
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

映画は結局みてません...

 
 大抵の、おもしろい小説というのは、夢中で読んで、読み終わってから、時間があっという間にすぎた事に驚きます。
 ところが、山田詠美さんの小説は違います。
 何故なら、体内時計が小説内の時間の流れと同じく動くから。
 小説の中で何日かすぎた章にさしかかったりすると、あわてて時計をみたくなって、まだ15分ほどしかたっていない事に驚いたりします。
 彼女の小説は時間をも凌駕するのか、と思います。
 
 「蝶々の纏足」以来の大ファンです。
 「ベッドタイムアイズ」「ジェシーの背骨」「指の戯れ」あたりは中学生の頃に読んだので、その小説の持つ、深い意味は本当にはわかっていませんでした。何年もたって再読して、つくづくわかっていなかったと感じずにはいられません。それでも読まずにはいられない不思議な魅力がありました。
 
 「風味絶佳」は短編集。映画になったものはタイトルと同じ「風味絶佳」という、「アメリカかぶれ」の素敵なグランマ、不二ちゃんを持つ、ちょいと途方にくれがちな男の子の、やはり途方にくれた恋物語です。
 シチュエーション的にも、内容も、エイミー節が全開で、不二ちゃんは、どう考えても未来の山田さんを想像させて、にんまりします。

 「風味絶佳」は間違いなく、誰もが気に入る物語だと思いますが 個人的には「夕餉」「春眠」もお気に入りです。
 どの話も一見、お気楽にみえている人が、決してお気楽だけでいきているわけではないという事を、そっと示してくれます。そしてそういう人達は、お気楽だからと誤解され、非難されやすいという事も。
 
 滋養豊富なのは森永ミルクキャラメルだけじゃない。彼女の書く小説もどれもこれもが本当に、風味絶佳で滋養豊富だとつくづく感じます。

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2006年11月17日 (金)

DIVA -ベスト・オブ・サラ・ブライトマン -SARAH BRIGHTMAN

輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン Music 輝けるディーヴァ~ベスト・オブ・サラ・ブライトマン

アーティスト:サラ・ブライトマン,スティーヴ・ハーレー,ポール・マイルス=キングストン,ウィンチェスター・カテドラル・クワイア,ホセ・クーラ
販売元:東芝EMI
発売日:2006/10/04
Amazon.co.jpで詳細を確認する

低く、高く、透明な声に不本意ながら癒されてしまう

 その日、よく晴れた午前中、駅で友達を待っていた。
 友達に、ついたよ、と電話をしてから、木を囲むように輪になっているベンチに座り、ふたたびイヤホンを耳につけて、前日借りたばかりのこのアルバムを選択した。
 ふと思いついて借りたアルバムだった。昨夜きいたときには特に感想はなかった。
 けれど、電車に乗っていたときのまま、少し音量大きめで流れ始めた「Time to say goodbye」に、その時、私はやられてしまった。
 
 おだやかなリズムが気持ちをゆさぶる。ゆさぶられた分だけ少し軽くなり、軽くなった分だけ、声は私を高揚させる。
 自分が、今、幸せで、それをかみしめて涙ぐんでしまうほど感動せずにはいられない、高揚した気分。
 いきなり元気がでるようなアップテンポの曲では違う、けれどいやおうなしに高い空へとつれていかれるような、その圧倒的な幸福感は、ほとんど恐怖に近かった。

 友達がきても、なかなかそれは消えなかった。ただ、再度、車の中で聴いてもそこまでは感動はしなかった。
 昼間の晴れた空の下。
 どうやらこの曲はそこが一番ふさわしい。

 

 蛇足。

 その日、夢をみた。とうの昔に去った職場を、もう一度去る夢だった。
 なごり惜しいと、大好きな場所だったと素直に思いながら、穏やかな同僚たちに見送られた。もう、今いる場所の人達が待っていてくれているから、と、皆に話す。いい人達で、喜んでまた迎えてくれるらしいから、と。
 目が覚めたとき、とても楽な気持ちになった。

 人に物に音楽に。いろんなものに助けられて、薄皮をはがすようにしてすこしづつ立ち直る。
 それはなかなか悪い気分じゃないものだ。

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2006年11月16日 (木)

だから、あなたも生きぬいて -大平 光代

だから、あなたも生きぬいて Book だから、あなたも生きぬいて

著者:大平 光代
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

その強さに、あこがれる

 自分の性格は、たいへんに「甘ちゃん」だと思います。

 末っ子なせいか、上のやることをみて上手にまねて、無駄によろいだけは厚くなっていたので、中身はへろへろに弱いです。

 それでも、学生のうちはごまかしもききますが、社会人になって、ひとりで戦おうとおもったとき、その弱さに愕然としました。

 弱さを認めたくないとき、いじめっ子になります。

 弱さに卑屈になってしまっているとき、いじめられっこになっています。

 そしてどちらの場合も、その時点では気づいていないということが問題でもあり救いにもなっています。本当は気づいたほうが、そこで戦った方が、強くなるのだろうな、とも思います。

 だから大平 光代さんのように、自分の甘さ、弱さを克服した人は、弱さを知っている分だけ、誰より強いと感じます。

 

 大平さんは中学の時のいじめが原因で自殺をはかり、友達と距離をおかれ、極妻にまでなった経験のある方です。

 彼女は20代すぎに中学生程度の学力もろくにないところからスタートし、まわりにはげまされながら大検をうけ、司法試験をうけて弁護士という職につきました。

 だから、あなたも生きぬいて。

 読んだあとは、この、一見、陳腐とも思ってしまうタイトルに重みが加わります。

 ここのところのいじめの話題に対して、いじめる側の気持ちもいじめられる側の気持ちも、わかるようで本当には私にはわかりません。私が持っている体験はあくまで私個人の体験で、それぞれがみな、違う痛みを持っているだろうと思います。

 ただ、生きてさえいれば何だってできる。それはまわりへのリベンジだけでなく、償いも。少なくとも、大平さんがここにその一例を証明してくれています。

 だから、読んでもらいたいな、と思います。迷っている全ての子供に、そして大人に。

 あこがれるだけでなく、勇気をもらえた気分になって、自分におこった色々な出来事、プライベートや仕事での逆境をばねにする元気がでてきます。

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2006年11月15日 (水)

そういえば(BlogPet)

そういえば、ももんがが
覚悟がなく産んだ場合、何か思い残りがあった時に子供のせいにしないというたったもありません。
っていってたの。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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2006年11月14日 (火)

たったひとつの冴えたやりかた -ジェイムズ・ジュニア・ティプトリー

Book たったひとつの冴えたやりかた

著者:浅倉 久志,ジェイムズ,ジュニア ティプトリー
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

勇敢な女の子と勇敢な生き物の素敵な友情

 それは近未来。場所はありとあらゆる星の生き物がつどう図書館。

 カセットに収められている、ありとあらゆる異星人の歴史、蔵書のほんの一部。

 司書がすすめる3編の話がここに記されています。

 その中でもタイトルにもなっている「たったひとつの冴えたやりかた」が、私は一番好きです。

 親の目をこっそり盗んで、監視官の眼をあざむいて、宇宙旅行に行く女の子。彼女が出会った、そして堅い友情を結ぶことになった生き物は、生き物といっても語弊がある生き物だけど。

 二人の会話は、本当に礼儀正しくてかわいらしくて誠実で。

 そして二人が決めた「冴えたやりかた」は本当に勇敢で。

 主人公が、その「やりかた」を大人たちに伝える方法が、賢くて粋でまいります。彼女のその方法に気づいた大人たちもまた、粋な人だとちょっと思います。

 冷静にみれば悲しいラストではあるけれど、これこそがたったひとつの方法で、一番冴えたやりかたなのだから。

 そうはわかっているけれど。

 二人が、お互いにさよならをするやりとりは、あんまり潔くてかわいらしくてせつなくなります。

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2006年11月13日 (月)

ジョゼと虎と魚たち -田辺 聖子

Book ジョゼと虎と魚たち

著者:田辺 聖子
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

大阪弁がやわらかく聞こえる

 だって、しゃあないやん。

 大阪弁でそんな風に書かれると、そこに開き直りとも潔さとも思われる、すがすがしさを感じます。

 だって、仕方ない。

 標準語で思ってみても、なんだかネガティブなあきらめ感がただよいます。とても大阪弁には勝てません。

 私のまわりに素の大阪人は少ないので、大阪弁と接する機会は、田辺聖子さん、通称お聖さんの小説くらいしかありません。

 大阪弁が、明るく潔く聞こえるのは、田辺さんの小説が、あっけらかんとしているからかもしれません。

 

 ベタベタな大阪弁で書かれた、ベタベタな大阪人の物語。

 決して軽い内容ではない男女の話を、重い気分にならずに読めるのは、決して大阪弁で、ベタなギャグがはさまってるからだけではありません。

 潔い人、潔くない人、悩む人、困っている人。どの主人公もどの登場人物も、誰も悪くは思えない。

 優しい目線で、しゃあないなあ、とお聖さんが笑っているような、そんな気がしてくるのです。

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不健全な精神

 好きな人と会えなくなってから、胸にかたまりを感じていた。

 それはつらくなるたびに重さをまして、硬さもまして、そのうちひび割れてきたりまでして、胸の痛みを増していた。

 今までにはなかったその痛み方に、私は私の性格が何か壊れてしまったのだと思ってた。

 PTSDとはこういうものか、と思うほど。二度と、もう戻れないかと思うほど。

  

 好きな人からきちんと答えをもらった次の日。

 眼が覚めたときには、かたまりは消えていた。かたまりがあった場所には、底にさらさらとしたものだけが残っていた。それは覚えがある痛み、純粋に、恋をなくしたというだけの痛み。

 かたまりは、嫉妬と執着だったのだと知った。

 鏡をみたら、ここ半年ほどの老けたと感じた顔は消え、なじみのある、かつての顔に戻っていた。

 健全な肉体に健全な精神は宿る。けれど、不健全な精神は肉体にも影響を与えるものだとも気づいた。

 鏡の前で、声をたてて笑った。

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2006年11月12日 (日)

少しの不幸

 少しの不幸は人を安定させる。
そう言ったら人は怪訝な顔をするだろう。
けれど、「願いを持っている人の方が人生は豊かだ」といえば、人は納得するだろう。

 人は願いを持っている方が幸せだ。
けれど持ったがために、その分だけ不幸になる。
矛盾しているけど、そう思う。

 だから、Happy Ever After。いつまでも幸せに暮らしました。
 私はそれが信じられない。本当だろうかと思う。 

 けれど、願いがかなった人が、願いがない、という理由で不幸になるかといえばそうは思わない。
 願いが叶ったらそこから新たな願いをまたもって、それにむかって人はがんばるのだろう。
 ステージは一段あがるのだ。

 

 私は今まで、ステージが一段あがる事に気づかなかった。
 願いを持っている、という幸せを取り戻すために、叶うはずの、もしくは、一度叶った願いをリセットしてきたような気がする。
 新たな願いがでてくることを、考えてもしなかった。

 多分、それが間違っていたのだ。

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2006年11月11日 (土)

I LOVE U -Mr.Children

I LOVE U Music I LOVE U

アーティスト:Mr.Children
販売元:トイズファクトリー
発売日:2005/09/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

じわじわと。

 今まで、避妊をおこたった事はほとんどありません。
 子供が嫌いな訳ではありません。むしろ大好きです。

 そのつもりがなくてできてしまったとして、中絶をする度胸は持ち合わせていません。
 覚悟がなく産んだ場合、何か思い残りがあった時に子供のせいにしないという自信もありません。
 でも、それより何より、産んでもいいと思える相手と状況に、出会っていないからかもしれません。

 

 だから、このアルバムの「隔たり」という曲にでてくる恋人達をとても素敵に思う。

 たった0.05mmでも隔たりがあるのはやはり、悲しい。

 その彼女の気持ちが切なくていとおしい。その気持ちを受け入れる彼の気持ちはあきらかに本心でやっぱり切ない。

 なんてシンプルな願いなのだろう。

 なんて率直なラブソングなのだろう。 

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2006年11月10日 (金)

スニーカーズ

スニーカーズ DVD スニーカーズ

販売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
発売日:2006/04/01
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M.I.3よりスパイ大作戦らしい

 すかっとした映画がみたい時があります。

 由緒正しきハリウッド映画、というような、観終わった後、あー面白かった、という感想以外はありえない映画。

 恋愛よりのもの、アクションよりのもの、コメディよりのもの。

 私はそういう時、きつねと狸のばかしあいのような頭脳戦がからんだものを好みます。

 古いものでは「スティング」、最近ならば、若干不満もあるけれど「ミッションインポッシブル」。

 品のあるコメディがふんだんに使われてて、けれどやるべき事はやってるような、賢い人達の粋な話。それでいて嫌味なく面白い。そんな映画は、ありそうでなかなかありません。

 「スニーカーズ」はそのなかでは二重丸。魅力的な仲間がおこなう魅力的な計画。

 お金だけが目的ではない、計画を成功させる、その事がまず第一の目標であるような彼らは本当に魅力的。

 ラストで、リバー・フェニックスが望む報酬なんて、粋すぎて格好よすぎてにんまり。あんな風に望まれたら、かなえない人なんていないと思うな。

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2006年11月 9日 (木)

タイガーと呼ばれた子 -トリイ・ヘイデン

<トリイ・へイデン文庫>タイガーと呼ばれた子--愛に飢えたある少女の物語 Book <トリイ・へイデン文庫>タイガーと呼ばれた子--愛に飢えたある少女の物語

著者:トリイ・ヘイデン
販売元:早川書房
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著者もまた、痛々しい

  昔、特殊学級に通う児童と接する機会が多い職場にいました。
 彼らとコミュニケーションをとるのは確かになれるまでとまどいました。正直、最初は腫れ物に触るようだったと思います。

 けれど、一度なれてしまうと、下手に感情を隠してしまう子供に比べてなんて愛らしいことか。その、まっすぐな眼はなんて正直なことか。

 間違っている事は間違ってる。疑問に思った事は聞いてくる。
 その素直さに感嘆し、聞かれた事はなるべく答えました。子供むけの答えでなく、思った事を答えると、不思議と彼らは納得してくれました。

 そんな彼らも癇癪をおこしたり、何か意地になったりするともう、意思の疎通ができなくなる。その姿をみるたびに、何もわかってあげられない自分が悲しくなりました。

 わからないという事だけわかっているだけ、まだまし。知り合いで、知的障害者や情緒障害者用の施設に勤めている人はそう言っていましたが、それでもやはり、少しだけ悲しい。

 

 トリイ・ヘイデンは、情緒障害の生徒をうけもつカウンセラーです。
 彼女の書く話はだから、実体験が元にはなっていますが、でも立派な小説です。

 自分がうけもった生徒を、ドキュメンタリーのようでなく指導する者の目線で描写しながら、なおかつ、生徒に対して何もできないことにいきどおり、相手の態度にとまどい、そして自身の生活にも悩んでいる自分を客観的にきちんと書いてあります。

 

 だから、痛々しいほどに繊細な生徒に対するトリイもまた痛々しいほどまっすぐで、私は彼女の作品を読むたびに、同じようにまっすぐだった、かつて出会った子達を思い出させられます。

 元気だろうか、笑っているだろうか、幸せだといいな、としみじみ思います。

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2006年11月 8日 (水)

北原白秋詩集 -北原白秋

北原白秋詩集 Book 北原白秋詩集

著者:北原 白秋
販売元:角川春樹事務所
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青春でも、朱夏でも、玄冬でもなく

 蔓薔薇の茂るバラ園ならば、「野中の薔薇」が似合うだろう。
 けれど、庭の隅にひっそりと植えられたような薔薇の木には、白秋の「薔薇二曲」がふさわしい。
 
 今、住んでいる部屋からみえる、小さな庭にも薔薇の木が一本だけ植えてある。
 折れ曲がりながら伸びている枝は支柱にもたれかかって、丈だけが高い。
 蔓薔薇ならばともかく、普通の薔薇は一本だけではみすぼらしい。
 でも、そのみすぼらしさは、この貧相な庭にお似合いで、ひいては居住者である私をあらわしているようで、なんとなくいつも見てみぬふりをしてしまう。
 
 それでも、薔薇は咲く。
 季節を問わず、何の前触れもなく、ある朝ふいに貧弱な枝の先端に一輪だけ花をつける。
 その枝ぶりには不自然なほど堂々とした薔薇の花を前にして、意表をつかれた私は自分を恥じるような、なんともいいようのない気持ちになる。
 その薔薇を見るたびに感じる、とまどいを含んだ気持ちは言葉にならず、ただ、白秋の歌を思い出す。
 「薔薇ノ木ニ
  薔薇ノ花サク
  ナニゴトノ不思議ナケレド」
 
 今朝、久しぶりに薔薇が咲いていた。
 柔らかな色をした薔薇は、薄曇りの朝の、ほの暗さの下で、これ以上ないくらいの気品をただよわせているようだった。
 いつもは思い出さない、二編目を思い出した。
 「薔薇ノ花。
  ナニゴトノ不思議ナケレド。
  照リ極マレバ 木ヨリコボルル
  光コボルル。」

 まったくもって、白秋にはかなわない。

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2006年11月 7日 (火)

シービスケット

シービスケット プレミアム・エディション DVD シービスケット プレミアム・エディション

販売元:ポニーキャニオン
発売日:2004/08/18
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シービスケットとは「海軍用の固いパン」で、「じゃじゃ馬」の意味もある

 みてくれとは不思議なもので、いかにも立派な人、格好いい人、綺麗な人にあこがれるくせに、共感したり応援したくなるのはそうでない方のことが多いです。

 そういう面では、いかにもな人は気の毒かと思います。

 「ガラスの仮面」の亜弓さん、「エースをねらえ」のお蝶夫人、そして人じゃないけど、この映画にでてくるサラブレッド、ウォーアドミラル。

 威風堂々として立派な馬であるウォーアドミラルは人気がないわけじゃないけれど、無名で不運なチビ馬、シービスケットの人気にはとてもとてもかないません。

 シービスケットだって血筋は確かな馬なのに。そしてウォーアドミラルだって別に訓練されていないわけではないのに。

  

 チビ馬と大柄の旗手のコンビ。世界恐慌で不況の嵐だったアメリカで、彼らは希望を与えたけれど、私も観ているときには素直に感動したけれど。

 ふと見終わってからそんな事を感じたのは、私がひねくれているだけなのでしょうかね。

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2006年11月 5日 (日)

十六夜の月

 喫茶店を出て、いつものように一駅分歩いてかえった。

 いつの間にか外は暗くなっていて月が昇っていた。またしても満月は見損ねたらしく、十六夜の月。

 私の帰る方向のまっすぐ先に浮かんでいた。うっとりと見上げながら歩く私を不審そうにみる人もいるけれど気にしない。

 こんなに綺麗な月をみながら帰るなんて楽しみは捨てられないから。

 そして、そういう自分を、どうしたって嫌いじゃないから。

 そう思いながらもやっぱり人目をはばかって、いつもと違う道をいきあたりばったりに歩きながら街路樹の枝の間から、電線の間からみえる月をみていた。

 住宅街のすきまを縫うような道を歩いていたら、不意に空が丸くなり、月をさえぎる電線が消えた。

 住宅街のど真ん中なのに、両サイドが畑。その向こうにはうっそうとした森、という不思議な小道にでたのだ。

 それはたかだか50mほど。すぐ隣は電車の線路が走っているような場所。

 それでも、

 月は森の上で煌々と光っていて、畑の土がかすかに匂っていて、月を中心に、空をさえぎるものはない。

 私には今日の贈り物に感じた。

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オルランド

原作とは大分イメージ違うらしいです。

 女らしいね、と言われたことはありません。

 男らしいねというセリフは山ほど言われました。

 これは、ぱっと見のイメージと性格についてです。昔からかわりません。

 

 でもやっぱり男性ではないので、男の人とぶっちゃけトークをしているとき、そのあまりの感じ方の違いにびっくりすることがあります。びっくりするけど、わからなくもない。なんとなく納得できる感じ方。

 そこで納得しちゃった後、自分に取り入れてしまうのは、ある意味問題なんじゃないかと思うけど、それはさておき。

 そういう時、やっぱり自分はどんなに男らしいと思われようとも、ベタベタに女性なんだなと思います。

 

 「オルランド」は400年、年もとらずに生きている少年の物語。少年は、何度かの眠りを繰り返した後、いつしか性別がかわり、女性として恋をして子供まで産みます。

 目覚めて自分が女性になった事を知ったとき、「私は私、かわらない、ただ性が変わっただけ」と思うオルランドは強いな、と格好いいなと感じました。

 最後に子供をサイドカーに乗せてバイクを運転する姿はすがすがしく素敵でした。

 けれど、「私は私、かわらない」という部分については、本当にそうだろうか?と思います。

 どんな育てられ方をしても根っこの性格がかわらないように、性別によって左右される感性、感情はどうしたってあるのだと思います。

 差別しているつもりはなく、どうしようもない事として、ただ私が実感しているだけのことですが。

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2006年11月 4日 (土)

木を植えた人 -ジャン・ジオノ

木を植えた人 Book 木を植えた人

著者:ジャン・ジオノ,ジャン ジオノ
販売元:こぐま社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

「木を植えた男」という名で絵本にもなってます

 農家の仕事は地味です。

 土を掘り起こす。種をまく。

 消毒をし、草をとり、間引きをし、水をやる。

 単調な事の繰り返しを、けれど確実におこなわなければ何も実らない。

 それをみながら育ってきたくせに、私の性格はこんなにせちがらい。

 「のんびり屋でおっとりしている」との評をいただいていたのは、保育園の時だけです。

 いったい何があって、今の性格になったのだろう、と少し不思議です。

 そして、「のんびり屋でおっとり」の方が、やっぱり自分の本質なのではないかとも少しだけ思ってます。

 

 「木を植えた人」の主人公が出会う男は、農家のひとではありません。

 けれど強い望みではない、ささやかな願いのために、実に淡々と木を植える、種を埋めていきます。

 一見、地味な作業が、実をつけてゆく、力になってゆく。

 

 会社の仕事も同じだと思います。

 惰性でなく、日々の仕事を淡々とこなしながら長く勤めている方には、フットワーク軽く、といえば聞こえがいいが、転職をちょろちょろして器用貧乏な私のようなタイプにはつかめない、しっかりとした力強さ、この本の主人公のような、お百姓さんのような粘り強さを感じます。

 「のんびり屋でおっとり」のままの性格だったら身につけられたものなのだろうか、と思うときもありますが、今いる自分が決して嫌いじゃないから仕方ありません。

 フットワーク軽く動いたのが今までの経験ならば、ねばり強さを身につけるはこれから経験すればいいじゃないか、と思います。

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2006年11月 2日 (木)

もう二度と

 世の中の人は、もう二度と、と思えるほどの相手にどれだけめぐり合えるのだろう。
好きな相手でも、友人でも。

 10年近く前、もう二度と、と思える人がいた。
私にとって第一級の友人だった。
大好きだった友人は、何年もたってから大好きな恋人になったけれど長くは続かなかった。
友達だったら許せることが恋人になると許せない。
その事を、私はわかっちゃいなかった。

 すごくすごく好きだった人と別れたことと、大事な友人をなくしてしまったということ。
その両方が自分をうちのめして、吐くようにして毎日泣いた。
好きにさえならなければ、と後悔するほど大事な友人だった。
もう二度とあんな相手には会えないだろうと思うほど、大事な人だった。
  
  
 あのときと同じ11月の連休前。
昨日、もう二度と、という思いは、10年前と同じく心の底から私を悲しくさせたけれど、
そんな相手にもう一度出会えただけでも幸せなのかもしれない、という気持ちが私をなぐさめる。
大事な人としても大事な友人としても。

だから、できることならばもう二度と、せめて大事な友人はなくしたくない、と思うのだ。

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