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2006年12月31日 (日)

ムーミン谷の冬 -トーベ・ヤンソン

ムーミン谷の冬 Book ムーミン谷の冬

著者:Tove Jansson,トーベ・ヤンソン
販売元:講談社
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ムーミンが一人ですごす暗くて長くて、じわじわ暖かい冬

 年末年始のため、実家に帰省中です。

 ここの冬は、肌を切る寒さではなく骨が凍る寒さで、東京のぬるい寒さに慣れてしまった私には、ちょっとつらい。

 朝早くて夜が早い農家の生活体系は、一人暮らしで怠惰にすごしてる私には大変つらい。

 家族が寝静まっている夜中、寒さにふるえながら一人でごそごそ動いているのは、なんとなく取り残されたような気分で、冬眠中に眼が覚めてしまったムーミンをふと思い出す。

 

 ムーミン谷の住人は十一月になると、おなかに松葉をどっさりつめこんで春になるまでぐっすり眠る。(ただし、スナフキンをのぞく。彼は冬には旅にでるから。)

 「ムーミン谷の冬」は、そんな冬眠から眼が覚めてしまったまま、眠れなくなったムーミントロールが、一人で冬をすごす物語です。

 冬のムーミン谷は、冬の住人たちが歩きまわる。ムーミンは自分たちの家やボート小屋に、おしゃまさんやご先祖さまがいることを知る。

 太陽が顔をみせない冬の間にあらわれる、モランや氷姫のことを知る。

  暗いくらい冬ではあるけれど、決してつらいわけではない。

 最初はお日さまを待ち焦がれるだけだったムーミンも、気がつけば、冬のムーミン谷を好きになっちゃってる。

 そう思ったころに、ムーミンママも眼をさまして、春が来る。

  

 寒くて一人コーヒーをいれる夜中。

 一人だけれど、同じ屋根の下に私以外に誰かがいる。取り残された気分と同時に、そんな安心感もある。

 ムーミンのように、歩き回るご先祖ではないけれど、ご先祖さまも間違いなくここにいて。

 春まで待たなくても、明日確実にお日さまはあがる。

 ただし、皆が眼を覚ますころ、私の方が眠ってしまっているけれど。

 

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2006年12月30日 (土)

とか思ってるよ(BlogPet)

昨日、ももんがが
その役が大好きな伯父さんのために、「銀星ロケット」の主人公の一人はおもちゃ屋で、オペラピンクのウサギをかかえて、伯父さんをでむかえる。
とか思ってるよ。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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2006年12月29日 (金)

役にたたない

 出来のいい、兄弟をもつ末っ子の子ども。
 いい子でいないと愛してもらえない、と思っていたあの子がまだいじけたまま、潜んでいるせいなのではないか。 

 

 誰にも会えなかった帰り道。

役にたたない私は友達としての価値なんてないんだ、と、
ばかばかしくも、悲しくいじけちゃう自分にうんざりして、分析したらそんな結論がでた。

 多分、そういう事なんだろう。

 だからといって、いじけ気分が消えるわけではないけれど。

 友達にそれを求めてどうする、自分。

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2006年12月28日 (木)

トゥルーライズ

トゥルーライズ DVD トゥルーライズ

販売元:ポニーキャニオン
発売日:1999/01/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する

真面目な人ほど、おかしい

 普段から、変わり者扱いされることが多いです。

 それと同時に、友達のネタを他の知り合いに話したりすると、「類は友だねー。やっぱり周りも変な人がそろってるんだ。」、なんていわれたりもします。

 ちょっと違うと思う。

 どんな人だって、実は変。それを隠しているか自覚していないか、だと思います。

 私はちょっとだけ自覚していてその分開き直るから、人は安心して変な自分をちょっとみせてくれる。

 それだけのこと。

 でも、やっぱり、私のことを変わり者扱いする姿勢だけは、皆、かえてくれません。

 ちょっとずるい、と思いつつ、でも、この「トゥルーライズ」の二人のようになるわけにもいくまいと、それはあきらめてる毎日です。

  

 「トゥルーライズ」は、タイトルとポスターの写真から、いつもどおりアーノルド・シュワルツェネッガーが、ただがんばる映画だと思ってました。

 とんでもない。むちゃくちゃ上質なコメディかつ、素敵な恋愛映画でした。

 これは、真面目な旦那と真面目な奥さんの、真面目におかしな第二の恋愛、第二の人生のお話。

 そもそも、ものすごく二人ともにやんちゃで、好奇心旺盛な性格のくせして、無駄に大人な分だけそれを隠してる。
 そんな大人な態度で生活していたのに、奥さんへの浮気疑惑から、旦那さんはやきもきしはじめる。

 旦那さんが大胆不敵、無謀な計画をたてちゃうのは、やっぱり根がまじめだから。

 そして同じく、根がまじめな奥さんは、まじめな分だけ旦那さんの計画に見事にはまっていく。

 浮気相手と誤解された相手に対して、ここまでやるか、と言いたくなるような旦那さんは本当にかわいい。

 セクシーなダンスを強要されて、ぎごちなく踊りながらもだんだんとのってきて、本当にセクシーになってゆく。でも慣れてないからこけたりする奥さんは、ものすごくキュート。

 最後、任務を忘れて二人でダンスを踊っている姿は、映画冒頭のシーンからはとても想像つかないほどコミカルでかっこいい。

 変な自分を変と思わず、受け入れてくれたら。そして受け入れられたら、どこまでもいってしまう。それは多分、バカップルといわれてしまうレベル。

 でも、二人が幸せならばそれでいい。そんな見本のような映画です。

 

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2006年12月27日 (水)

PLUTO -浦沢 直樹,手塚 治虫

PLUTO 1 (1) 【豪華版】 ビッグコミックススペシャル Book PLUTO 1 (1) 【豪華版】 ビッグコミックススペシャル

著者:浦沢 直樹,手塚 治虫
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

天才...

 この方のマンガは文句なく面白いけど、間違いなく連載は長いに違いない。

 そう思って、「20世紀少年」も「MONSTAR」も買わずにすませてきたというのに。

 この「PLUTO」だけは耐えられませんでした。

 1巻の表紙。浦沢さんらしい絵で挑むようにこちらをみる半分の顔。主人公、ゲジヒトをみたら、気になって気になってつい購入。 

 今、4巻まで発売されています。

 

 手塚治さんの話は、「火の鳥」、「七色いんこ」、「ブラックジャック」等が好きで、アトムはしっかり読んだことはありませんでした。

 「PLUTO」の原作になっている「地上最大のロボット」をまず読みました。

 案外シンプルだな、と思いました。

 だからこそ、難しいだろうな、と思いました。

 

 気に入ったアニメの、原作をみたら案外シンプルだった、ということは実はよくあって、

 拍子抜けしながらも、その素直な種から、その素直さを消さないまま上手に育てた監督に驚嘆します。そしてシンプルなのに間違いなくチャレンジしたくなる種をまいた原作者にも。

 ちなみに種を育てるのが上手な監督が、種をまけるかというと別の話。

 気の毒だけど、種を育てる人が種から作った作品ですばらしかった、というものはめったに会いません。

 今回はその逆だから、ちょっとは安心。いや安心どころか大いに期待。

 種をまける浦沢さんは、まかれた種を育てるどころか、品種改良までしてしまった。

 それはただ味をよくするためでなく、力強く育つための改良。

 原作を読んでいるというのに、続きが気になってたまらない。 

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2006年12月24日 (日)

天球儀文庫  -長野 まゆみ

天球儀文庫 Book 天球儀文庫

著者:長野 まゆみ
販売元:河出書房新社
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昔、4冊にわかれて発行されていたものが1冊に

 ぬいぐるみは、もともとほしいと思ったことがありませんでした。かわいいとは思うのですが、あえて買おうとは思わない。

 なのにこの本を読んでその後、バイト先のおもちゃ屋にあったぬいぐるみを、一目ぼれして買いました。

 それは、オペラピンクのうさぎのぬいぐるみ。

 この本の、「銀星ロケット」という話にでてきます。

 かつて子どものときにほしかったウサギのぬいぐるみに、父親になってからおもちゃ屋で再会して、古い友達にであった気分になって購入するという映画。

 その映画が大好きな伯父さんのために、「銀星ロケット」の主人公の一人はおもちゃ屋で、オペラピンクのウサギをかかえて、伯父さんをでむかえる。

 「オペラピンク」という、ちょっと古めかしい表現、かつ派手な色彩のイメージが、妙に心にのこっていて、気になって。

 ピンクというには少し赤みの強いウサギをみたとき、ああ、これだ、と勝手に決めつけて、買いました。

 ピンクもぬいぐるみも好まないのに、今でもそのウサギは部屋にいます。

 その子以外にもぬいぐるみはあるけれど、自分からほしくて手に入れたのは、この子以外には一つだけ。

 正式に、おもちゃ屋で買ったようなぬいぐるみとしては、この子だけ。

 もちろん、もとになった「銀星ロケット」と一緒に、まだまだしばらくはこの部屋にいることでしょう。

 なんせ、名前までつけちゃっていますから。

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2006年12月23日 (土)

サンタさんになるために

 人にあげるものをあれこれ考えるのは楽しい。

 けれど、あげられる人っていうのは案外限られていて、

値がはるものだったらもちろんのこと、気軽なものでもそう思う。

 贈られる、裏を理由を考えてしまう、考えられてしまうのでは、と思う。それは無駄に大人だからだろうか。

 クリスマスという理由があっても同じこと。

 家族と子ども以外には、うかつにサンタクロースにもなれやしない。

 

 思う相手が欲しいのはいつもだけれど、家族が恋人がほしいと思うのはこの時期くらいだ。

 誰かのサンタさんになりたいと、

 クリスマスフェアをやっている雑貨屋をのぞきながらそう思う。

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2006年12月22日 (金)

恋は底ぢから -中島 らも

恋は底ぢから Book 恋は底ぢから

著者:中島 らも
販売元:集英社
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ときおりある、まじめな話が胸をうつ

 いわゆる「世間一般にほめられるいい子」でいるように育てられた私の、眼をあけてくれた作家さんが何人かいます。

 景山民夫さんの辛口エッセイ。 林真理子さんの自虐的なエッセイ。吉野朔実さんの冷静なマンガ。山田詠美さんのクールな小説。夢枕獏さんの哲学的な思想。

 中島らもさんもその一人、目をあけた後半で出会った人の一人です。

 そのふざけたエッセイはジャンルの幅がめっぽうひろく、社会派ネタ、老人ネタ、大阪ネタ、下ネタ、ドラッグネタまで様々ですが。

 実はふざけたようで、すごく深い。

  

 「恋は底ぢから」も、そんなエッセイの一つです。

 ふざけたネタのなかで、ぽつりと真面目な話が入る。

 それはとてもとてもロマンティストな恋に対する、ロマンティストで照れ屋な男の無様な思想。

 うっかりドアをあけるとそこに突然やってくる。そういう意味で恋はNHKの集金によく似ている。

 恋ははじまった瞬間からめそめそと先細っていく。そういう意味で恋はヤマイモに似ている。

 そんな文章にうっかり笑って、その後で、気づかされる。なんて真面目なエッセイだろう。

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2006年12月21日 (木)

きょうは(BlogPet)

きょうは、ソノは梨木まで集中する?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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サンタクロースっているんでしょうか? -東 逸子

サンタクロースっているんでしょうか? Book サンタクロースっているんでしょうか?

著者:東 逸子
販売元:偕成社
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本当は、著者は東逸子さんではありません。

 昔、「詩とメルヘン」という雑誌を買っていました。

 「詩とメルヘン」はやなせたかしさんが編集長をつとめ、読者投稿の詩にプロのイラストレーターが絵をつける、甘いタイトルとはうらはらに良質な雑誌でした。(現在は休刊されているようです。)

 この雑誌でこの本がリニューアル出版された、と、紹介されていました。購入したのは東逸子さんの絵にひかれたからです。

 それが私が中学生の頃。

 今日、本屋でみかけました。こんなにロングセラーの本だとは知りませんでした。

 

 タイトルの質問は、1897年、8歳の女の子がアメリカの新聞社に手紙で問いかけたものです。

 新聞社は、彼女への質問にこたえ、その返事を社説に書きました。

 この本は彼女の手紙と、後に「アメリカでもっとも有名な社説のひとつ」と言われたその返事を掲載したものです。

 8歳の女の子には少し難しい言葉かもしれないけれど、でも一生懸命、彼女に話しかけるように書かれた返事はとてもあたたかい。

 サンタクロースがいるのかどうか? 新聞記者はなんと答えたのだろう? 下世話な言い方をすれば、どう、言い含めたのだろう?なんて、読む前に思ってしまった自分を少し恥じたくらいです。

 

 私が一番好きな部分は最初のところ。

 「この手紙のさしだし人が、こんなにたいせつなしつもんをするほど、わたしたちを信頼してくださったことを、記者いちどう、たいへんうれしくおもっております」(本文抜粋)

 全編にわたって誠実に答えている文章ですが、ここが一番じんわりきます。

 説明すると、陳腐になるので書きませんが。

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2006年12月20日 (水)

Do They Know It's Christmas? -Band Aid 20

Do They Know It's Christmas? Music Do They Know It's Christmas?

アーティスト:Band Aid 20
販売元:Mercury
発売日:2004/11/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2004年バージョンと、1984年のオリジナル・バージョン両方はいってます

 We Are the Worldの方が有名ですが、こっちが最初。Band Aidの1984年のバージョンのレコードは姉が買ってきました。

 当時は主旨がよくわからず、かつ、それがどれだけ豪華なメンバーの集まりなのかもよくわからず、ただ、曲が気に入ってひたすら聴きました。

 ポール・マッカートニーのセリフ。

 ボーイ・ジョージのビブラートの聞いた声、

 スティングのパートの後にかぶさるように声をはりあげるボノの歌声。

 最後に入るデヴィット・ボウイとボブ・ゲルドフのセリフ。

 今でも聞き分けできるのはこの程度ですが、当時は歌詞カードと見比べながら聴きました。

 同時に和訳を読み、この歌が持つ厳しい意味を知りました。

 「そこで鳴るクリスマスのベルは世の終わりを告げる。
 今夜は神に感謝しよう。自分がそこにいないことを。
 アフリカでは今度のクリスマスにも雪は降らない。
 今年彼らが受け取る最高の贈り物は命。
 何も育たない、雨も降らない。
 こんな地で彼らはクリスマスの時だという事を知っているのだろうか。」

  クリスマス、という習慣が決して恋人たちのものではなく、祝福された特別な日である彼らだからこその歌詞だと思います。

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2006年12月19日 (火)

人のセックスを笑うな -山崎 ナオコーラ

人のセックスを笑うな Book 人のセックスを笑うな

著者:山崎 ナオコーラ
販売元:河出書房新社
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タイトルで敬遠してはいけません

 純文学、と言われるものを読むとよく、主旨となる話でない、側面の話に魅力を感じることがあります。

 魅力的な人達、魅力的な人間関係の近くにある、平凡でささやかな事柄が題材になっている事が、純文学では多いようなような気がするのです。

 

 この、「人のセックスを笑うな」もそうです。

 中身はとてもシンプルです。直木賞ではなく、芥川賞の候補作になったのもうなずけます。

 これは19歳と39歳の恋愛話。

 料理もしてあげて相手を心配して。こんなに俺は相手を思いやれるのに、と、19歳。

 自分に一生懸命で、自分のしたい事だけ口にし行動する39歳。

 はたからみれば、大人びた19歳と幼い39歳に感じるのは理由がある。

 恋愛を、まだはすにかまえてみてしまう子ども。

 恋愛だけに、かまけていられないことを知っているからこそ、無邪気に真剣にそれを楽しむ大人。

 「人のセックスを笑うな」は、その事に気づかない19歳の「この俺の恋愛を笑うな」という言葉に置き換えられる。さわやかな恋愛小説なのだと思います。

 

 しかし私は、39歳のユリの旦那とユリの出会いが気になる。19歳のオレの親友二人の動向が気になる。

 気になって、主人公オレとユリの恋愛など、どうだっていいと思えてしまう。

 私は多分、純文学は好みではないんだな、と思う瞬間。

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2006年12月17日 (日)

百鬼夜行抄 -今 市子

百鬼夜行抄 (1) Book 百鬼夜行抄 (1)

著者:今 市子
販売元:朝日ソノラマ
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祖父、蝸牛の作品をちょっと読みたくなる

 梨木果穂さんの「家守綺憚」でもそうですが、古い家に住んでいると、何かいるのは当たり前と思ってしまいます。

 具体的な何かをみたことがある訳ではありません。

 夜中に猫の視線がうごく。

 家鳴りが頻繁に起こる。

 集中力が途切れた時、集中していた間に耳元で誰かが話していたような気がする。

 その程度です。でもその程度の積み重ねが、不思議を不思議にさせなくする。

 

 ただの古い家でもそうなのです。

 「百鬼夜行抄」の主人公、律のように、「見えてしまう」上に怪奇小説家の祖父がいたなら、その家に何かが集まってくるのは絶対です。

 この話は、幻想的な話にありがちな「仲良くなる」「敵になる」ようなシチュエーションはあまりありません。

 祖父は同様に「見える」律に「しらんぷりをする」よう教えます。

 タイトルにある百鬼夜行に登場するような具体的な妖怪はほとんどでてきません。けれど確実に、そこにいる何かを、その何かが持つ特性を上手に形にする。

 昔、人と何かは、相容れなくても共存できた。そんな気がしてきます。

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ペンギンのペンギン -トム カレンバーグ,デニス トラウト

ペンギンのペンギン Book ペンギンのペンギン

著者:トム カレンバーグ,デニス トラウト
販売元:中央公論新社
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彼らが大好きです

 何のはずみか知らないけれど、ペンギンが好きです。

 一度はまじめに飼おうかと思ったほど。

 けれど、この本を読んであきらめました。

 彼らはジョガーで、

 世界のあらゆる法則をみいだし、

 くしゃみからジャズを生み出し、

 愛の表現に、われわれとは違う言葉をつかう。

 彼らのあまりの偉大さに敬意を払って、置物で我慢することにします。

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2006年12月16日 (土)

断らない

 自分第一だから、という友達がいて、
俺様だから、という友達がいて、
彼らは誘っても、面倒なときは面倒だ、と言う。
私は誘えば必ず、いいよ、という。それは自分第一ではないと言う。

 わかってないな。

 誰が相手でも、いいよ、と答えたい。それがいい人ぶりたい私の第一なだけ。
理性で抑えてはいるけれど、「他人のために役に立ってる」事を望んでる。それはこんなところにも顔を出す。
相手や、誘われた内容なんて、考えてない。
 

 大好きな友達にはいつだって会いたいもの。それが本当に私の第一なだけ。
面倒くさいとか、距離が遠い、なんて関係ない。
私を誘ってくれた事が、受け入れてくれたようで本当に嬉しい。
大好きな人達にはいつだって無防備で、私は尻尾をふってる犬になる。

 誰よりも、自分第一なんだけどね、この私も。 

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2006年12月15日 (金)

おしゃべりな映画館 -淀川 長治,杉浦 孝昭

Book おしゃべりな映画館〈3〉

著者:淀川 長治,杉浦 孝昭
販売元:マドラ出版
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お気に入りの作品がテーマだとつい、二人の意見が気になってしまう

 おすぎさんこと、杉浦孝昭さんのトークショーには行った事がありますが、残念ながら淀川さんのトークショーを行く機会にはめぐまれませんでした。

 仕方がないので、淀川さんの著作で我慢するしかありません。

 語り口で書かれているたくさんの映画批評、どれも大好きです。

 映画にまつわるものとして、淀川さんがすごした大正の時代の話なんかは、明治、大正話の好きな私にとってはダブルで楽しめて最高です。

 何がいいって、どれも愛があふれている。

 以前ここにのせたこともある、「十皿の料理」の著者、コート・ドールのシェフ、斉藤氏の料理を語る口調につうずるものがある、その、優しいまなざしがみえるような、暖かく大きな口調。

 時にはもちろん辛口なのだけれど、辛いからって食べにくい話であるわけでもなく。ただ、そういう時だけちょっと頑固じいちゃんが入っていてそれもまた可愛いなあ、と感じてしまいます。

  

 おしゃべりな映画館は、淀川さんと杉浦さんの対談集。

 毎回、1,2本の映画をとりあげて、二人であーでもないこーでもないと話します。

 二人して監督をさんざんけなすこともあれば、二人の趣味が全く違って、片方はこきおろし、片方は何処吹く風とうけながすこともある。

 例えば友達同士で映画の話をするとき、意見が食い違えばケンカになることもあるでしょう。相手をおもんばかって口ごもったり、あわせちゃうこともあるでしょう。

 それがこの二人にはない。全くないわけではないけれど、最低限自分のスタンスだけはしっかり守る。

 プロなのだから当たり前。それをいったら身もふたもないけれど。

 この二人の会話に参加したかった、というのは多分、夢見すぎでしょうが、

せめて、近くで聞いてみたかった、と思うのは私だけでは絶対ないはず。

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2006年12月14日 (木)

気持ちは割り切れないよ簡単に(BlogPet)

ほんとうは、ももんがは
気持ちは割り切れないよ簡単に 反対にその思いをフェイスにすればいい整理が出来るまで思えばいい 会えなくて 側に居なくても思うだけ 忘れない事だけ…
とか思ってたらしいの。

*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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2006年12月13日 (水)

フェイス・オフ

フェイス/オフ 特別版 DVD フェイス/オフ 特別版

販売元:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
発売日:2006/01/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

二人の性格がちょっとだけ交差する

 自分ではない特定の誰かになりたい、と思った経験はあります。

 私の場合、それは男の人にも女の人にも発動します。

 女の人の場合は、下手に真似もできないままなるべく近づかないようにしていたところ、後日、逆に同じような事を言われてびっくりしたことがあります。

 ただし、男の人の場合は憧れるあまりそのままつきあったりもしちゃいました。が、相手が望む彼女像を無視してどこまでも、やっぱり相手自身になろうとしている自分がいて。

 おかしな話だと思います。

 私がなりたかったのは、外見ではなく相手自身。その人の思想や性格になりたくて仕方なかったようです。

 だから、この「フェイス・オフ」のような変わり方は望まない。外見だけ変わっても意味がない。

   

 性格が変われば同じ顔でも何かが違って、やっぱり同じ人にはみえないのだろう、と実感してしまう映画です。

 ジョン・トラボルタもニコラス・ケイジも、同じ顔なのに間違いなく一人二役。

 正直、最初はしばらく、悪役トラボルタ、善人ケイジのイメージがあるので違和感はありました。

 でもそれにはちゃんと理由があって、すごく納得がいく。

 物語の最初、葉巻をくわえるケイジは紛れもなく悪人で。

 最後の最後、トラボルタの笑顔は紛れもなく善人の笑顔で。

 この二人の演技一つにかかってただろう、この映画。成功したことに感謝しちゃうくらい面白かった映画です。

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2006年12月12日 (火)

Live Goes On - SEAMO

Live Goes On(初回生産限定盤)(DVD付) Music Live Goes On(初回生産限定盤)(DVD付)

アーティスト:SEAMO,SEAMO feat.KURO,SEAMO feat.AZU
販売元:BMG JAPAN
発売日:2006/09/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する

曲によってイメージ違うのはいい感じ

 「マタアイマショウ」。いいタイトルだと思います。

 ちょっと丁寧な感じもまた新鮮です。

 サビの部分の優しい歌声が耳について、ずっと気になっててアルバムを聴きました。

 それで初めてラッパーだったと知りました。

 別にラップでもかまいませんが。

 アルバムのほかの曲、「ルパン・ザ・ファイヤー」とか「心の声」なんかも気に入りましたが。

 「マタアイマショウ」については、歌詞がなんとなく、納得いきません。

 男の人の優しさ、もしくは決していえない本音なのかもしれませんが。

 どちらが別れを切り出したのかもよくわかりませんが。

 思い出のために別れを綺麗にするという余裕がある別れを私は知りません。

 と、思ってしまうのは、私が女だからか、青いからなのか、はたまた無駄に年をくってしまったからなのかはわかりませんが。

 中途半端にメロディのみ気に入ってしまっただけに、なんとなく、悔しいです。

 もしかしたら、ただ単に、歌詞の持つ意味を読み違えているだけなのかもしれませんが。

  

 マタアイマショウ    /歌詞 SEAMO

あの時の2人輝いてた この恋は永遠と思ってた
僕のとなりには君がもういない 君のとなりには僕はもう…

#
今まで見た事ない泣き顔を見て 僕は君の手を握ってた
この手を離せばもう逢えないよ 君と
笑顔で別れたいから言う マタアイマショウ マタアイマショウ

君の前では強く優しく頼られたかったよ
まさしく負けず嫌い 強がる芝居
最後の最後も素直になれない あなたの言葉に涙し
あなたを言葉で励まし 言葉の魔法はもうすぐ
いい思い出となって消え去る
そして傷つけた事は謝らない でも ありがとう これ以上は言えない
目的地なんてなかった たどり着いたの あなたの優しさ
君はそんなに強くない 悲しみ我慢してるのかい?
泣いてもいいよ 僕も泣くから 今日だけは 許してよ神様

#Repeat

いろんな人に愛されて  常にあなたは眩しくて
だから嫉妬し ケンカし 涙し  これからはもうそれも出来ない
お互い違う人好きになって  お互い違う人生歩んで
僕はとっても幸せでした  (私もとっても幸せでした)
いつか心からいなくなるかも だからしたいよ 素晴らしい過去に
この恋を未来に誇れます 涙まみれ 笑顔でめくる明日
そしてまず この場で別れ わかってる きっと逢う事はないって…
だから言います マタアイマショウ 僕なりのサヨナラの言葉よ

#Repeat

気持ちは割り切れないよ簡単に 反対にその思いを大切にすればいい
整理が出来るまで思えばいい 会えなくて 側に居なくても
思うだけ 忘れない事だけ…

あなたと過ごした大切な日び この僕を優しく包んでくれた
でも明日からはもう会えないよ 
君と生まれ変わっても 必ず マタアイマショウ

#Repeat

悲しい別れがあるから 楽しい時 笑えるよな
逃げ出さず 現実を受け止めた
もちろん 君に出会えてよかった

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2006年12月11日 (月)

つらい

 一人暮らしの風邪ほどつらいものはない。

 と、思っていましたが、

 食中毒もつらいものです。

  

 先週、今週と、ちょっと寝不足が続いてましたが、

自分では疲れているつもりなかったのでしょうが、体調はよくなかったのでしょう。

2日連続で生牡蠣を食べる機会があり、やまほど食べたら、案の定、中毒になりました。

 幸い、もとから本日は有給をもらっていたからいいようなものの、一日中、ほとんど意識ありませんでした。

 対処法がないだけにつらい。

 心の毒素も身体の毒素もたまりきっているのかしら、と悲しくもなりながら、いっそこの機会に両方洗い流してくれ、自分。

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2006年12月 9日 (土)

自分のため

 ペイ・フォワードは3人の人への幸せから世界を救う。
 中国の皇帝はまず隗よりはじめて国を建て直す。
 私はまず私が満足するように。

 相手が何を望んでいるかなんてわからない。
 私は誰も救えない。私以外に。
 そう認めたほうがいい。そしたら、どんな反応も怖くない。

  

 春まだ浅い早朝に、散歩をしていた。
 その時、外に連れ出してあげたい人がいた。
 気持ちのよい朝をみせてあげたかった。みせて、その人の心持を明るくさせたかった。

 けれど、ふいに気づいた。
 散歩にでている私と、家にいるその人と、何もかわらない。神様からの距離は等しく、満足の度合いもきっと同じだと。
 外に連れ出して、満足するのは相手ではなく、私だけだ。
 それはとても悲しい思いつきだったけれど、認めるしかないくらいきっぱりと頭のなかにふってきた気持ちだった。

 じゃあせめて、温かい飲み物を買ってかえりましょう。そう思った。
救うなんておこがましい。私にできることなんてそれくらいのことだ、と認めた。認めて、すがすがしくなった。

 あの気持ちをもう一度よびもどそう。
 あの時、買ったコーヒーが相手を喜ばせたかどうか。それすらもう覚えていないけど。

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2006年12月 8日 (金)

Completely Recorded  -槇原敬之

Completely Recorded Music Completely Recorded

アーティスト:槇原敬之
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2004/08/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

一言ではいえない気持ちを、的確に歌い上げる

 槇原敬之、と聞いてすぐに思い浮かべてしまうこと。

 「どんなときも」が大ヒットしたとき彼は浪人中だったらしく、その年度末、何かの賞をもらった後のインタビューで、今年は色々ありましたが何が一番嬉しかったですか?と聞かれたとき彼は、「大学に受かったことです」と答えていた。

 世の中の、売れたくて必死な人たちが憤死するな、と思いつつ、また、同じく受験間近だった私は、受験に対する切実さ加減に苦笑いした。

 彼が歌う歌はそれくらい、必死さ加減がなくてとてもいい。どんなつらい内容の歌詞でも、何か丸みがある気がする。

 槇原敬之の歌詞を聞いて、すぐ思い浮かべること。

 B'zと似ているな、という事。どちらも男の人の、情けない気持ちを歌っているという点で同じだということ。

 B'zが、情けなさがある事をふまえてそれでもかっこよくいたいんだ、という気持ちで歌うのに対して、槙原さんは、情けないんだけど僕もそれはわかってるんだけど、という気持ちで歌う。

 どちらが好きかは好みだけれど、どちらも好きではあるけれど。

 そんなにロマンティストでいられたら、こちらの立つ瀬がないではないか。

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2006年12月 7日 (木)

きのう岩波書店で(BlogPet)

きのう岩波書店で、確認されたみたい…


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「がんもも」が書きました。

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2006年12月 5日 (火)

夢十夜 -夏目漱石

夢十夜 他二篇 Book 夢十夜 他二篇

著者:夏目 漱石
販売元:岩波書店
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黒澤明の「夢」とは違います

 色つきの夢ではありませんが、大抵毎日、夢をみたことは覚えています。

 起きた直後から、するすると内容を忘れることがほとんどですが、目が覚めて、しばらく現実と区別がつかないほどリアルなものも多いです。

 忘れていても、起きてから1時間後くらいにフラッシュバックのように夢の内容を思い出すときもあり、そういう時はちょっとあせります。

 そういう夢は忘れません。いつまでも覚えていて、いつか記憶と混ざってしまいそうで怖いです。

 

 「夢十夜」は六夜目が学校の教科書にのっていました。確かに、教科書に載るにふさわしい、しごく夏目漱石らしい話です。「坊ちゃん」のような素朴な感じがただよいます。

 映画的なのは、二夜目と三夜目。二夜目の武士のあせり具合、三夜目のしんしんとした夜の感じが気に入っています。

 一夜目のロマンティックな女と、五夜目の情熱的な女は、どちらも甲乙つけがたい。これはとても小説的でしょう。

 この話の夢を本当に夏目漱石がみたかはわからないけれど、自分の昨日のリアルな夢を思う限り、夢のなかでもやっぱり夏目漱石は夏目漱石で、私は私なのだな、と思います。 

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キッパリ! -上大岡トメ

キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法 Book キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法

著者:上大岡 トメ
販売元:幻冬舎
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案外楽しい

 いわゆる自己啓発本は、買ったことがありません。

 参考書やダイエット本と同じく、買っただけで満足して続くとはとても思えないのと、ただ単に買うのがなんとなく恥ずかしいから。

 絵本系だろうが、癒し系だろうが、なんとなく気恥ずかしい。なんというか、18歳未満禁止の本を買うより恥ずかしい、と思ってしまうのは性格なんでしょう。

 この本も買ってはいません。平積みになって売られているのをみて、表紙の絵にひかれて立ち読みしただけです。

 中身は案外、シンプルでした。

 掃除はやろうとか、とにかく動いてみようとか、前向きに動くためのシンプルな生活方法。

 そして前向きになるために、まず、表紙にもあるポーズをしてみましょう。そういう本です。 

 家でこのポーズ、やってみました。案外有効です。床に座り込んで動けないとき、とりあえず立ち上がってこのポーズすると、すっきりして動く気になる。

 もし、自己啓発系の本を何か選んで買えといわれたら、多分これを買います。でもこの表紙の絵だけで、十分かもしれないです。 

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2006年12月 3日 (日)

魔がさす

 久しぶりに夜明け前の道を歩く朝帰り。

 私の住む町には、青くひろがる海も、そびえたつ山もない。

 

 海の夜明けも、山の夜明けも知っている。

 どちらもとても美しく、どちらもとても懐かしい。

 曇り空の下でうつうつと歩いていると、失くしたあるいは手放したあの風景を、懐かしさのあまり取り戻したくなりそうになる。

 戻ってしまおうか、と魔がさして、観念しそうなそのときに、明るくなりはじめた東の空がちらりと赤い色をみせた。

 街路樹の続く道の向こうで、たくさんの雲が見事な朝焼けをはじめていた。

 きれいだ、と思った。

 もう少し、ここにいようと思った。 

 それもまた、魔がさしたのかもしれない。観念なのかもしれない。

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100回続けば

 からかいも、100回続けばつらくなる。

 これはからかいではなく、馬鹿にされているだけなのではないか?とふいに思う。

 そんなはずない、と考えをうちけすけれど。

 一生懸命、明るいままではいるけれど。

 本当は、失恋とおなじくらい悲しい。

 相手が男だろうが、女だろうが関係ない。ここで笑っているこの人は私を好きでいるわけじゃない、という思い込みは私をこんなに落ち込ませる。

 それは相手のせいじゃない。そういう立ち位置を選んだ私のせいなのだ。

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2006年12月 2日 (土)

放浪記 -林 扶美子

放浪記 Book 放浪記

著者:林 芙美子
販売元:新潮社
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ひりひりする

 例えば、重い気分のときにあえて悲しい映画をみて泣いたり、昔にひたるために懐かしい音楽を聴いたりすることは、ちょっと変化球はいってるとはいえ、前向きさ加減を感じられますが。

 落ち込んでるときに「人間失格」を読んじゃったり、失恋したときに中島みゆきを聴いたりするのは、前向きというより自虐的行為かと思います。

 自虐的にとことんどんぞこまでいけば、這い上がるのは早い、と、思いたいところですが、 太宰やら、中島みゆきなどは強烈すぎて、逆にとりこまれてしまいそうにもなったりするので要注意。

  

 などという事を、林扶美子さんの「放浪記」をうっかり久しぶりに手にとって読んで、取り込まれている私が言うな、と思います。

 自伝的小説、というか、私小説であるこの「放浪記」は、彼女の貧乏な生活、淋しい心持をふんだんに、おおっぴらに明かしていて、読んでいて本当に痛いです。

 貧乏はともかく、淋しいという気持ちについては、時折、元気な日の心持が書かれているだけに余計痛々しくて、自分にはねかえってきてつらい。

 これはいけない、と思いつつ、それでも最後まで読んでしまって。

 「嫌われ松子の一生」あたりならば、自分を省みて落ち込むくらいですみますが、「放浪記」は強烈すぎる。

 自分の薄っぺらな前向き加減は、見事なほど叩き潰されて。おかげで意味なく、ちょっとうつ状態に入るほど。 

 せっかくの週末に何をやっているんだと、自分につっこみをいれずにはいられません。

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2006年12月 1日 (金)

クリスマス・キャロル

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販売元:アイ・ヴィー・シー
発売日:2003/10/25
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クリスマスの正しいありかた

 子どもの頃、クリスマスツリーは我が家では松の木でした。

 我が家はお正月用に、大量に松の木を山へとりに行っています。多分、ツリーはそのついで。日本の山に、樅ノ木はなかなかありませんから。

 それでも、一応、本物の木です。私の背丈より高い松の木の、まっすぐで滑ってしまう葉っぱと格闘しながら飾りつけするのは楽しみでした。

 靴下はおいたことはありません。けれどクリスマスになって、ケーキを食べているその一瞬にいつのまにか木の根元にプレゼント、大抵の場合は「小学○年生」の本が置かれていて、それが不思議でした。うちにはお風呂用の小さな煙突しかなかったというのに。

 

 ここ数年は知りませんが、ひと時、NHKでは毎年12月になると、「クリスマスキャロル」を放映していました。

 これにでてくるスクルージの、心を入れ替えた後のサンタっぷりが大好きで、しかも原作を読んだら、この映画のとおりで。だから数あるクリスマスキャロルの映画のなかでは、NHKがチョイスしていた、このイギリスBBC製作版の「クリスマスキャロル」が一番好きです。

 

 スクルージの楽しそうなサンタっぷりがあんまり幸せそうなので、お給料をもらうようになってから実家では私がサンタになりました。家族へ何を買ってあげればよろこぶか、毎年わくわくしながら考えました。

 サンタになるのは、サンタからプレゼントをもらうのと同じくらい楽しい事だと知りました。

 だからやっぱり、大人になってもクリスマスは素敵です。

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