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2007年4月28日 (土)

無邪気なみどり

 桜が散って新緑の季節になると、電車のなかで、ますます本が読めなくなる。
 特に雲ひとつない晴れた朝。
 窓からみえる風景は、決して緑がゆたかなわけではないのに、いつも私をどきどきさせる。
 大好きな人の顔をみて、嬉しくて嬉しくて照れちゃって、顔をにやけさせずにいられない、そんな気分になる。
 
 狭い庭にひしめきあっている植木も、ちいさな畑の緑も、線路沿いの花も。
 ありとあらゆる樹木が、もくもくと葉をひろげてうれしそうだ。あんまり嬉しくて、自分で枝をゆらしてるんじゃないかと思うほど。
 まるで赤ん坊の笑っている顔のように、なぜだか光って見える。
 どうしてこんなに東京の緑は無邪気なのだろう。

 寒い地域の植物は、新緑の季節でさえ控えめだ。こんなに無防備に葉をひろげない。もっとおだやかだ。光をあびてただ微笑むような、じんわりと春をかみしめるような、そんな喜びだ。

 植物でさえ、こんなに違う。
 そしてその無邪気さに、私はいつもやられてしまう。
 人にも、植物にも。

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コメント

ももんがさん

東京の緑は、奔放なのですね。

新緑の季節になると、東京は庭園都市と思えるほど、緑豊かでトキメキます。

特にGWには人もクルマもTOKYOから脱出する人々が多いので、ドーナツの穴のようにエアポケット。本当にそれこそ“穴場”です。

緑陰で本を読むのもいいかも知れません。

でも本の他に、ワインやフランスパンが必要になりそうですが・・・。

投稿: チャーリー | 2007年4月30日 (月) 02時01分

>チャーリーさん

 いつもありがとうございます。
 東京の緑は、あきらかに実家の緑と違いますね。
 はじめて関東に住んだとき、中央線からみる神田川沿いの木々をみて、「まるでラピュタのようだ」と思ったときから、ももんがはドキドキしっぱなしです。
 チャーリーさんがいうようなシチュエーションで休日を楽しめたら素敵だな、と思いつつ、そのシチュエーションにももんが自身が似合いません~(ーー;)

投稿: ももんが | 2007年4月30日 (月) 23時26分

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