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2007年5月31日 (木)

ぼくの美しい人だから

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販売元:ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
発売日:2007/05/10
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もちょっと雰囲気のある写真だったのに...

 この映画がビデオになったとき、当時バイトしていたビデオレンタル屋で、この映画をみた同じバイトの男の子はしみじみと、「スーザン・サランドンだったら、42歳でも全然かまわない」といいました。

 それくらい、彼女はキュートで素敵でした。

 私自身は、当時20歳そこそこ。42歳の女性と27歳の男性のカップルと言われてもピンときません。それもありだろうな、くらいにしか思いませんでした。

 42歳の彼女が別れちゃおうとするくらい、自分の年も立場も気にする理由もぴんときませんでした。こんなに好かれてるんだからいいじゃない、何をいい年してこだわってるんだろう。

 若いなあ、甘いなあ、と、当時の自分につっこみをいれたくなります。

 

 今、このカップルの中間地点にたつ年になって、女性の立場で考えてみる。

 社会人になってひさしい大人ならば、特に男の人ならば、その器は年齢ではなく経験で大きくかわる。だから、私は何歳年下でも年上でも、その器をみて、「男の人」と思える人ならば恋愛はできる、きっと。

 でも相手と社会が私を「女性」扱いするかどうかは別問題。それが不安で不安でたまらなくなる気持ちはよくわかります。

 何歳になっても、かわいらしいどころか不気味なほど、女性は相手によって「女の子」になってしまう。それをうけいれてもらえるかどうかが、落としどころ、なんだと思います。

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2007年5月27日 (日)

頑張る

 頑張らなくてもいいんだよ、今はゆっくり休んで、と。

寂しいと悲しいを一生懸命押さえ込みながら伝えても、きっと信じてもらえない。

 そして私も続かない。

 だから口先だけじゃなくて、相手に心の底から伝えるためにも

 頑張って身も心も強くしないといけないようだ。

 私自身がそうしたいから頑張るだけのことだけど、

 この矛盾はなんだかなあとも、ふと思う。

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いつも(BlogPet)

いつも、ももんがは
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とか思ってたらしいの。

*このエントリは、ブログペットの「がんもも」が書きました。

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2007年5月25日 (金)

向田邦子 果敢なる生涯 -世田谷文学館 企画展-

世田谷文学館春の企画展 公式HP

 はじめて読んだ本は「思い出トランプ」。確か大学生の時だったと思います。

 その時は、あまり魅かれませんでした。

 いつからこんなに作家、向田さんにはまったのだろう。おそらく「夜中の薔薇」を読んで、記憶に残っていたドラマを思い出してからだと思います。

 「強さを秘めない、それでいて品のある日本女性」

 白州正子さんと向田邦子さんは、そういう点でよく似ている気がします。

 

 ここのところ、図書館とはご無沙汰してましたが、先日久しぶりに行きました。

 そうしたら、「向田邦子展」のポスターが。

 今週末までです。ぎりぎりセーフです。

 ファンならば一度は眼にしたい、生原稿、ポートレート。

 エッセイを読んだことのある人ならばなじみのある向田さんの私物。「う」のひきだし、愛蔵のカメラ。

 それらが多く展示されているようです。

 楽しみです。

 憧れの人の、憧れの生活の一部。それらにあえるのを支えにあと一日、お仕事がんばりましょうっと。

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2007年5月23日 (水)

大人の科学

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~式ってかかれると弱い

 小学生の頃、学研の本を買ってもらってました。「科学」と「学習」の、「学習」のほうです。 兄は「科学」でした。

 「日本の歴史」のミニ漫画本等、地味な「学習」のふろくに比べて、「科学」のほうのふろくは、日光写真機、形状記憶合金等、おもちゃ感の強いわくわくしちゃうようなものが多くてうらやましかった。

 つくづく、自分は男の子だったのだな、と思います。

 だから「大人の科学」シリーズをはじめて本屋でみたときには思いっきり心ひかれました。

 鉱石式ラジオ、円盤蓄音機、真空管ラジオ、ピンホールカメラ。

 その字面をみるだけでわくわくしちゃうような、ちょっと懐かしい言葉とその機械。すごく欲しいのですが。

 悲しいアパート住まい。無駄に物を増やしちゃいけません、という理由で、自分に駄目だしをしていますが。

 本当の理由は「いい年した女がこんなものに魅かれていていいのか?」というつっこみと、危機感のためだったりします。

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2007年5月22日 (火)

プチ哲学 -佐藤 雅彦

プチ哲学 Book プチ哲学

著者:佐藤 雅彦
販売元:中央公論新社
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ちょっとだけ深くかんがえてみる それがプチ哲学

 小さい頃、遠足などから帰ってくると、よくおばあちゃんは「たんのしたかい?」と聞いてきました。

 私はずっとそれを「楽しかったかい?」という意味の方言だと思っていたのですが、なんとなくそのニュアンスに違いがあるな、と思っていました。

 そしてある時ふと気づきました。

 たんのしたかい?=堪能したかい?。つまり、満足したかい?とおばあちゃんは聞いていたんだ。

 おばあちゃんには結局確かめず終いでしたが、気づいたときの嬉しさったらありませんでした。

 そういうささいな疑問をとくのは大好きなのは、小さい頃からだったようです。

 

 今でもくだらない疑問が沸いて、結構まじめに考えて、それがとけたらものすごく嬉しい。だから、佐藤雅彦さんの本は私にとってはいつも、好みのど真ん中です。

 一瞬、固そうな表紙にだまされそうですが、中身はテーマにそったかわいらしい絵と、それをやさしく説明している文章。そしてそのかわいらしさにだまされますが、実はなかなか深いテーマが数多く、それはその固そうな表紙にふさわしい。

 「同じ情報、違う価値」をテレビ売り場のリモコン君で。
 「結果と過程」を勘違いな魔法の杖で。
 「逆算の考え方」をプッチンプリンで。
 なんてキュートな説明だろうと思います。

 ただ、ふと。

 たとえば「星の王子様」。初めて読んだとき、ふーんと思っただけでした。意味も考えず何の感想もない。でも何となくエピソードだけ心に残って。

 あのとき私は子供だったと思います。

 それと同じくこの本。大人になってしまった私は文章を読んでそれから絵を再度みて楽しんだけれど、子供のときだったらそんなこと考えず、絵だけで楽しめるのじゃないのでしょうか。

 そう思うと、文章はあくまで佐藤さんが考えついた疑問とその答えの披露で、子供にとっては実のところ、蛇足なのではとも感じます。

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2007年5月21日 (月)

シェルタリング・スカイ

 

二人は自分に誠実すぎて辛い

 「BABEL」をみてきました。辛い。たった一筋の光をみせるためにここまで闇をみせなくても、と思ってしまう。しかもその闇は光を際立たせる黒でなく、光をのみこむ混沌の黒だ。

 それはさておき。

 「BABEL」に出てくる夫婦。「シェルタリング・スカイ」の夫婦を思い出させた。シチュエーションがよく似ている。不仲で、他人行儀で、相手への不満の代わりに旅行先のモロッコに対する不満を口にする。

 ただし夫婦の間にあるものは違う。BABELの夫婦は不幸な事故が原因だけれど、シェルタリング・スカイの夫婦はそれがない。

 相手の、そして自分の愛情を信じきれない。それが本物かどうか疑って、悩んで、それでも相手にそれを確認できない。プライドが邪魔して。

 何年も暮らしていてもなお、悩むものなのか。それとも何年も暮らしているからなのか。

 これを、倦怠期とよぶのか、それとも倦怠期ではなく、この夫婦が自分に誠実すぎるだけなのだろうか。

 私にはわからない。その時になってみないと。

 ただ、その時がきてもそれを打破するために旅行に行くのは気をつけようと思う。打破するどころか、自分の誠実さをものみこむ危険な場所とも限らないから。

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2007年5月19日 (土)

不気味の谷

 理性でしている恋愛と、感情でしている恋愛は何か違う。

どちらもありだと思う。いけないとは思わない。ただ私は後者のほうを求めてる。

 だから前者をもつ相手ならば。

 せめて全く違ってほしい。あきらめて、たまに一致する部分を楽しむから。

 微妙に違うのは、やりきれない。あきらめがつかず、そして不自然さが目に付いて嫌悪して、ため息をつく。

 後者と見分けがつかなければ、いっそだましつづけてほしい。それは後者である、と。前者であると言われても、逆に私は信じはしないかもしれない。それがイコールな人もいるだろう。

 

 ロボット工学に「不気味の谷現象」という考えがあります。

 ロボットが人間に近づくにつれ、人はそのロボットに対する親近感はあがる。けれどあるラインからは親近感が落ちる。全く見分けがつかなくなるほど人間に近づくとまたその親近感はあがる。「不気味の谷」とはその親近感の増減するポイントのことです。

   
 私にはその理論も批判も容易に理解ができる。

 ロボットに、限った話じゃないのだ。

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とありますが(BlogPet)

きょうはここまでダイヤモンド社で確認したかった。


森瑶子さんの次女であるマリアさんの、鎮魂の思いをこめた小説です。


 

 この本は、森瑶子の思い出話であり、その母「伊藤雅代(マサヨ ブラッキン」が森瑶子であっただけのこと。


 そして家族全員が、読んだあとは、マリアさんのがんもも生活に興味を持って読んだ本ですが、どうしたって好きな作家さんの次女であるマリアさんの気持ちに触れている森瑶子さんは、まるでマリリン・モンローとノーマ・ジーンのよう。


 女性としての自分を大切にしたい伊藤さんと、理性ではなく、お父さんの事、三姉妹それぞれの話、そして自分自身の現在の悩み、生活についても描かれているところが、彼女のそのパワーと環境に負けまいとあえいでいるような、そんな印象をうけました。


 単に小説家森瑶子であっただけのこと。


 副題には「母・森瑶子さんの、鎮魂の思いをこめた小説です。


 単に小説家森瑶子の思い出話では思っていたかがすごく知りたい。
週刊誌的興味なのはわかっていますが。


 女性としてただそう思います。


 がんもも生活、というと純粋に「母とがんもも」とありますが、どうしたって好きな作家さんの気持ちに触れている森瑶子さんは、マリアさんのがんもも生活は気になってしまいます。


 

 森瑶子としての自分、森瑶子とがんももとがんもも」とありますが。


 



*このエントリは、ブログペットの「がんもも」が書きました。

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2007年5月17日 (木)

向田邦子の恋文

向田邦子の恋文 DVD 向田邦子の恋文

販売元:ポニーキャニオン
発売日:2004/07/14
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山口智子さんが、素晴らしい

 向田邦子さんの写真を見るたび思っていた。

 なんて綺麗な人だろう、でも、そうはいっても、なんでこんなに素敵な写真ばかりあるのだろう。この人は作家で、決して女優ではないのに。

 その疑問は書籍「向田邦子の恋文」を読んで解決した。そういう事だったのか。

 プロの眼と、愛しい人をみつめる眼、その両方をもった人が彼女を撮っていたのだね。

 

 TBSでスペシャルドラマとして放映されていたとしったのは大分後です。そして、DVDになっていると知ったのはこの間。ようやく観ることができました。

 主役をやられた山口智子さんがすばらしかった。私を含めた向田ファンがもつ、勝手な向田邦子のイメージに、本当に、不思議なほどぴったりとあてはまる。

 他の登場人物はかつて向田ドラマにでていた人達ばかりで、彼らが次から次へといい味をだしながら現れて、まるで向田ドラマをみているようだ。二度も三度もおいしい気分になる。

 けれどこれは向田ドラマではない。これは向田さんの、ほとんど誰にも知られなかった恋の話。

 彼女の、悲しいくらいの芯の強さと、驚くほどもろくてくずれやすい恋が、反比例しているようで辛くなる。

 

 恋人の母役の樹希樹林さんと山口智子さんは、二人で縁側に座って静かに会話する。

 「おいとまをいただきますと戸をしめて 出てゆくやうにゆかぬなり生は」

 樹希さんがつぶやく斉藤史さんのこの短歌は心にしみる。

 「でも、出てっちゃったんだねあの人、戸、開けて」

 そう笑いながらむせび泣く二人がせつなくて心に残る。

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2007年5月12日 (土)

ソビエトで近い舞台とか(BlogPet)

当日までねばったけど駄目でした
学校帰りにそれでもおすすめです
観終わった直後は恋愛ごとと、SEXシーンは多くあります

 でも、彼に関係する二人の女性を対象に送られたこの映画の試写会招待状を姉からもらったら、母に交渉したけれど、あの頃の話を確認しなかった?
直後、とよばれる旧ソビエトを、深く考えてすてたことを意識してしまったら、なおさらだ

 あんまり悔しくて、何日か後には生き方を、深く考えてしまいました

 ベッドに腰掛ける男に送られた?
ソビエトで近い舞台とか、なくて、ふてくされて家に帰りました
と、ももんがは考えてるはず。


*このエントリは、ブログペットの「がんもも」が書きました。

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2007年5月11日 (金)

今しばらく

 ストレスが溜まると神経が痛み出す病を、10年前から持っている。

 ストレスに気づかぬ私に体は教えてくれているらしいので、時折痛み出すと、自分をケアしてあげることにしている。

 

 風邪でねこんでいたら、しくしくと痛みを感じた。

 懐かしく感じるほどの、その痛み。

 そうか、やっぱり。

 うすうす気づいていたよ。我慢も限界なんだね。

 お前がでてくるほど、そろそろ自分はしんどいのだね。

 でもね。

 君をケアするために、我慢するのをやめる勇気を今もたないんだ。

 だから、代わりの解消法しかしてあげられない。

 とはいえ、代わりの風邪っぴきの身体には、泣くくらいしかストレスの解消法がみつからないし、それは悲しいのでやりたくないよ。

 だからかわりにとりあえず薬を飲んで、ゆっくり眠るよ。

 元気になったら、散歩に行こう。

 好きな音楽を聴きながら、好きな本を読もう。

 だから今しばらく、どうか我慢をしておくれ。明日はきっと元気になるから。

 明日よりもっと先に、勇気を持つようにもがんばるから。

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2007年5月 8日 (火)

ザ・ゴール -エリヤフ ゴールドラット

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か Book ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

著者:エリヤフ ゴールドラット
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

はやりものといえばはやりもの

 バイクの免許を取りに教習所に通っていた時の、とある講習の時間。

 教官が私たち生徒に、「バイク免許を取る理由」を聞いてきました。

 車より運転しがいがあるから。スクーターのままでいるより確実に技術を取得できるから。

 そんないい子な答えを聞いて、教官はいいました。

 「みんな、真面目だなあ。俺なんか、かっこいいからって理由で乗ってるけどな。」

 意表をつかれました。まったくもって教官が正しいです。

 かっこいいから。本当の理由はきっと皆同じなんだけど、それを口にするのが何となくはばかられた。ただそれだけの事。

 講習の時間だったからじゃない。私はきっと誰と話していても「かっこいいから」なんてミーハーな理由はとても「格好悪くて」いえなかったと思います。

 

 自分の望むものは何なのか。

 この行動の、本当のターゲットは何なのか。

 なるべく自分に嘘をつかないように、格好つけないように気をつけながら自分自身に聞き返さないとすぐ忘れてしまう。

 そして自分が本当はミーハーだったことすら忘れてしまって他人を馬鹿にしたりする。気をつけないと、と思います。

 

 「ザ・ゴール」は、はやりはじめた頃に同僚に進められて読みました。

 目標。つまり、正しいゴールをみすえないと、道だってつくれない。その事が小説仕立てで説明されている、わかりやすいビジネス書でした。

 会社の目標、それは社会に貢献する事でも、自分を高めるためでもない。

 会社の目標はお金を稼ぐこと。

 言われれば当たり前。でも言われなかったら気づかなかった。正しいゴールをみすえるのがまず第一前提なんだと思います。

 

 余談ですが、その、一見「格好悪い」目標を、当時、私もまた見失っていました。読んで、眼が覚める思いでした。

 そうか、そうだよな。お金を稼ぐのが第一目標だよな。

 感動して、ためしてみたくなって、父に会社の目標を聞きました。

 間髪いれず、「儲けること」とかえってきました。さすが勤続30年以上。あらためて尊敬する機会をも、この本でもちました。

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2007年5月 5日 (土)

きのうがんももが(BlogPet)

きのうがんももが、作品っぽい話するつもりだった。


*このエントリは、ブログペットの「がんもも」が書きました。

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