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2007年6月 2日 (土)

役割

 雨上がりの夜中の話です。

 いつもより黒味が強い空をみあげながら、いつもの散歩コース、公園に入る道を曲がったら、何故だかとても静かでした。

 車一台走っていない。もちろん誰も歩いてやしない。そんなのは、いつもの事なのに、何故だかとても一人なのを感じました。

 雨にぬれた路面と、風がないためぴくりともゆれない街路樹は、街灯にぼんやり照らされて、そのお祭りの明かりのような色合いが、まるで学芸会のセットのようでした。

 怖いわけではありません。

 寂しいわけでもありません。

 こういう時、ふってくる気持ちはいつも同じです。

 「ああ、やっぱり。」

 ここが私の場所だ、これは私の役目そのものだと、私の中の何かがそう告げる。

 私の周りの人達が、ふと誰かに頼りたいとき寂しいとき、いつもとかわらぬ私が、いつものようにそこにいる。

 いつもいけばお茶を飲んでいるおばあちゃんのように。

 ここにある風景のように。

 人に勇気を励ましを。

 

 その、呪いともお告げともつかない思い込みは、自然のなかにいるときに、しばしば波のようにやってくる。

 光がもれる家がみえ、はるか遠くに人がいる、でも誰も私がここにいることを知らず、私はこっそりこの綺麗な風景に一人でたちつくす。

 ここが私の、この人生での立ち位置なのだと、家出から戻った子供のように安心しきった心と体が、私につげてくる。

 それは年々強くなり、あきらめて認めざるをえなくなるほど。

 

 そういう役割を課せられているようだ、と、頭のすみで思い始めてもう何十年たつだろう。

 何故そんなおこがましいことを感じてしまうのかわからない。こんなに欲望の嵐のような性格なのに。

 けれどあがいても、どんなにあがいても、ここに立ち返ってしまう。この場所で、私は安心してしまう。

  

 でも今はまだ。

 この気持ちは役割でもなんでもない。逃避行動だ、皆が疲れると思うことだ。そう言い聞かせてごまかして。

 この場所で、驚くほど安心しきっている心と身体に、知らん振りして。

 明日もまた、不安や憂鬱や恋や欲望がてんこもりの、煩悩の世界に返ってく。 

 あきらめなんてついていない。認めるなんてまっぴらだから。  

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コメント

ももんがさんへ

久しぶりに、こころ洗われる思いがしました。

素敵なあなたの言葉に励まされました。

投稿: チャーリー | 2007年6月 2日 (土) 04時46分

>チャーリーさんへ

 こんな惑ってばかりの心情を、素敵だといってくれてありがとうございます。こころ洗われるような文章とは、自分では思えませんが、それでも本心を書いている内容にそう言っていただけると素直に嬉しいです。

投稿: ももんが | 2007年6月 3日 (日) 12時50分

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