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2007年10月31日 (水)

だれも知らない小さな国

だれも知らない小さな国 Book だれも知らない小さな国

著者:佐藤 さとる
販売元:講談社
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ひっそりときっと今も存在する

 小人の話としておそらく最初に意識して読んだのは、小学校の教科書にのっていた「チックとタック」。

 夜中にいたずらをし、最後にわさび入りにお寿司を食べちゃう彼らも好きでしたが。

 一番、長い付き合いで思い入れのある小人といったら、この佐藤さとるさんの書く、コロボックルのシリーズです。

 

 

 主人公のせいたかさんは、小山に住んでいる彼らと子供の時に出会い、けれどその時は交流をもたない。

 一度きりのその体験。普通なら不思議な思い出としておわるところですが、せいたかさんは違う。

 忘れずに大人になって、しかもその小山に住み、とうとう小人たちの信頼までかちえてしまう。

 その、じわじわとした話の進み具合や、もどかしさ。

 コロボックルではないか?というせいたかさんに、小人たちが、自身の先祖を「スクナヒコナ」だと言っているところ。

 おまけに作者は「これは自分の話ではなく、せいたかさんは自分ではない、知り合いだ」なんていっている。

  

 だから信じたい。彼らが実在することを。

 おそらくは神奈川県、横須賀の地域の小さな小山に、今でもひっそり暮らしてることを。

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2007年10月29日 (月)

さくらん -安野 モヨコ

さくらん

さくらん

著者:安野 モヨコ

さくらん

とても戦えそうにない女の世界

 京都にいったおり、舞妓さんに会う機会がありました。

 もちろん、お茶屋遊びではありません。 そんな甲斐性があるはずもなく、知り合いのつてで本物の舞妓さんの、ご出勤前の身支度をみさせていただきました。

 水でといた白粉で器用に襟足に模様をつけ、顔にも塗る。それに紅をほんの少し加えたもので陰影をつける。

 髪結いは週に一度だといいながら、乱れた頭を丁寧にとかしてゆく。飾り布を差し込むとみるみるうちに華やかな日本髪に。

 兄さん、とよばれる男衆(おとこし)の人がやってきて、ものの10分ほどで手際よく着付けてゆくと舞妓さんのできあがり。

 そのあでやかな変身振りにみとれた私たちをなお、圧倒するもの。

 それは、18歳にも満たない彼女達のおしゃべりからみえる、生々しい祇園の世界。 

 OLさん達の戦いよりなお厳しい、女の世界がありました。

 

 「さくらん」は花魁の話。

 舞妓さん、芸妓さんの世界とはまた違うけれど、それでもやっぱり。

 私のような、男の人の多いような職場で働く生ぬるい人間が、たちうちできるようなものではありません。

 

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2007年10月28日 (日)

皮肉な神様

 昨日の台風が嘘の様な快晴のなか、海へむかう。

 ただ単に、散歩するために。

 誰が待つわけでもなく、誰に会うわけでもなく、自分のための散歩。

 

 いい天気にしてくれた。それは私の昨日の願い。 

 あいからわず私の神様は、確実に願いをかなえてくれる。

 願ったことだけは、本当に確実に。

 願わなかった部分が、希望どおりでなくても文句はいえないくらいに。

  

 誰かに会いたい。私は昨日、そうは願わなかった。

 ならばきっと、誰にも会わないだろう。

 皮肉な神様。私の神様はそういうキャラだ。 

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2007年10月17日 (水)

ツイン・ピークス

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最後が救いがないというかなんというか

 大人気のTVドラマ、「24」は、まだまともにみたことがありません。

 観始めたらとまらないに決まってる。ツイン・ピークスもそうだったもの。

 

 「ツイン・ピークス」は、デビッド・リンチのカルトドラマです。当時、レンタルビデオ屋でバイトしていた私は、続きが気になって、毎日3本借りて帰りました。

 はまりにはまって、クーパー捜査官のこよなく愛す、コーヒーとドーナツにもはまって、チェリーパイまで手作りしちゃうほど。

 それなのに、最後はいけてない。最終回のやるせなさったらありませんでした。

 

 

 「24」、観るときはそれこそシーズン毎にまとめて借りて、お休みの日にひきこもって観よう! などと思ったまま、結局まだやってません。

 やっていないまま、中途半端にあらすじだけ知っちゃったりして。シーズンも続いて。

 さすがにもう、一気にみることはできないのだろうな。やる根性もありませんが。

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2007年10月16日 (火)

一千一秒物語 -稲垣 足穂

一千一秒物語 (新潮文庫) Book 一千一秒物語 (新潮文庫)

著者:稲垣 足穂
販売元:新潮社
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モダン、という言葉がぴったり

  童話ともいえない、小説というには短い掌編の数々。

 流れ星、お月様。チョコレート、シガレット。かわいらしく、でもちょっとレトロな感じがするのは何故だろう。

 はじめて読んだときそう思ったのも当たり前。1920年代の作品でした。

 しかも、「こんなささいな話でいいなら私にも書ける」なんて、おこがましいことを思いました。高校生の頃とはいえ、なんて傲慢な。

 今はわかる。

 もし書いたとしてもそれはあくまで足穂「風」。彼のイメージする世界を模倣したにすぎません。

 

 自分の中にある世界。

 それがはっきりしている人が書くからこそひきつけられる。

 そういう事がぼんやりみえてきてからは、とてもとても付け焼刃ではかけません。

 それこそ、流れ星に殴られてしまう。お月様にどつかれてしまう。

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2007年10月13日 (土)

代価

避難所としての役目なのだと。
大事な相手を守るため、もしくは相手を探すために、彼らは休んでいるだけだと。
わかっていても拒めない。
相手の願いが目の前にあるのなら、かなえてあげたい。
喜ぶ相手の姿がみたい。

心根の優しい娼婦。古い映画のそんな役柄みたいだ。
娼婦としてのお仕事に報酬は支払われても
その心根に、きっと望む報酬は得られない。

代価として、彼女はお金を、私は友情を。

心から大事な友達と思ってくれるのを知っている。
いい奴だからと言ってくれ、信頼されてるのも知っている。
彼らはみんな、心の底から願ってる。
誰かが私を幸せにしてくればいいが、と。
でもそれは自分じゃない、他の誰か。それが報酬でない証。
 

避難所としての役目は果たせても、その贅沢な代価が耐えられない。
私の弱さも願いも気づいてる彼らはそっと優しく気づかぬふりをして、
その配慮と優しい目線が、私をますます悲しくさせる。

悲しくなるが、でもそれでも嫌とは私は言えない。
それで彼らが安心することを知っている。
だから、吐くような気持ちで受け入れてきた。

 

代価でも、案外、財産になっていて、
私の周りには、気がつけば厳しく優しい人達ばかりだ。
自分がそれなりに成功者であることに、ふと気づく。

風邪をひいた次の日にまで、心配メールが届いたりする日なんかに。

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2007年10月12日 (金)

悲しみよこんにちは

悲しみよこんにちは DVD 悲しみよこんにちは

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発売日:2007/04/04
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シンプルで残酷

 フランソワーズ・サガンは18歳の時に、この「悲しみよ、こんにちは」を書いた。

 と、いうことを、小説を読んだ後、かつ映画を観る前に知りました。

 おかげで、私の中のサガンは、映画版で主人公をやったジーン・セバーグとイコールです。

 

 ショートカットが似合う、小柄な娘。

 それでいて、優雅なカットのワンピースがよく似合う。そして、少しけだるい夏も。

 18歳といえど大人びているのは、フランスだからでしょうか。昔だからでしょうか。

 みずみずしいとは言い切れない、少しあきらめが入った感情で物語が進むのは、小説も映画もかわりません。

 映画版のラストシーン。

 取り返しのつかない悲しみをもった主人公が、鏡にむかって泣きながら化粧をする。その姿はそのまま、もう子供ではいられない悲しみをも伝えてきて。

 それはタイトルにもなっている小説版の最後の文章、「悲しみよ こんにちは」というセリフとおなじくらいあきらめにみちている。

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2007年10月 8日 (月)

KIWI シューシャインキット

KIWI シューシャインキット SK-20A KIWI シューシャインキット SK-20A

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丸缶だと靴箱にはつらいです...

 子供の頃、ごくたまに、お父さんの靴磨きを命じられることがありました。

 お父さんの革靴は、先は固くて途中がしわしわ。その白くなったしわ部分が目立たなくなるように、と、むやみにチューブ製の靴墨を塗りました。
 正しい靴の磨き方など知りません。古タオルどころか自分の手まで真っ黒けにして磨いたというのに、靴のしわはピン、とはなってはくれず、お父さんの反応もイマイチでした。

 しわ部分にはくつ墨をつかってはいけないなんてしったこっちゃありません。しわ部分は、蝋であっという間にまた白うきしていたと思います。

 

 はじめてしっかり靴磨きの方法を教えてくれた人は、昔ながらの「おじいちゃん」の磨き方を踏襲している方でした。

 ブラシでホコリをとり、革を保湿クリームで柔らかくし、はがれた部分は靴墨で補修する。

 古いストッキングで革靴の先端部分にKIWI製の缶入りクリームを薄くぬった後、いきなりそこに唾をはき、墨とまぜあわせるように丁寧に磨いていきました。

 私の靴にためらいもなく唾をはかれたことよりも、みるみるうちに輝きをとりもどす靴に目をうばわれて、それ以来、自分の靴を磨くときにはこっそり唾をつかいますが。

 この間、友達の靴を磨く機会がありました。さすがに唾は使えずに水を使いました。

 ただの思い入れなのだと思いますが、なんとなく輝きが足りないと感じて苦笑い。

 

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