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2007年11月27日 (火)

チョコレート戦争 -北田 卓史,大石 真

チョコレート戦争 (新・名作の愛蔵版)

チョコレート戦争 (新・名作の愛蔵版)

著者:北田 卓史,大石 真

チョコレート戦争 (新・名作の愛蔵版)

シュークリームが食べたくなる

 クリスマス以外にケーキ屋さんのケーキを食べれる時は、お客様がきた時。

 しかもお客様が食べなかった時に限ります。

 子供のためにケーキを買ってくれる、なんてことは滅多にありませんでした。

 だから、この「チョコレート戦争」に出てくる主人公が、エクレールを食べるシーンは、よだれもの。

 しかもエクレール、なんてケーキは食べたこともない。長いこと憧れでした。

 

 「チョコレート戦争」は、ケーキ屋さんと小学生の戦い。無実の罪をはらそうとする小学生と、かつて夢を大きくもっていたケーキ屋さんとの戦いは、子供側はもちろん、ケーキ屋さん側も、ちょっと子供じみてて楽しい。

 そして仲直りの方法も、ちょっと幼稚でやっぱりかわいい。

 頑固で、でも、甘々。それは理想の甘さ。子供が喜ぶケーキを作る人にふさわしい。

 

 後年、エクレールは、エクレア、という名前で出会い口にしました。でもそれは想像の中の味に似て異なるもの。

 やっぱり「金泉堂」のエクレールは、自分にとってはずっと憧れ。

 味わうために、「チョコレート戦争」を読み返す。

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2007年11月21日 (水)

大正時代の身の上相談

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

いつの時代は悩みはかわらず...

 大人になったらこれだけは言うまい、思うまいと思っていたのに言わずには、思わずにはいられないこと。

 子供の頃から知っている子に向かって、「小さい頃はこうだった」と、思い出話をいう事。

 若い子をみて、将来、大丈夫かと思ってしまう事。

 説教したくなること。

 嫌だ嫌だと思っていたことなのに、やっぱり感じずにはいられない。

 

 同じように、何度も言われたりしても、自分で実感するまではとても信じられなかったこと。

 大人が決して、大人なわけではないこと。

 言わなくてもいいことを言わずにいられるようになること。

 そして、年とともに、恥ずかしい事が少なくなってくること。

 本当に不思議です。

 

 だから思う。

 「大正時代の身の上相談」に乗っている、当時の読売新聞の身の上相談に相談毎を寄せたかつての若者たちも、きっとなんとかなったのだろう。

 人生をなんとか切り抜けて生きていっただろう。

 もう、ご存命な方はほとんどいないとは思うけれど、その、悩み方を少しほほえましく思う。

 

 

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2007年11月19日 (月)

しゃべれどもしゃべれども -佐藤 多佳子

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

著者:佐藤 多佳子

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

落語家の裏もみえてまた楽し

 子供の頃、よく吃音がありました。 

 「おかあさん」と呼ぼうとしているのに、口は「おじいちゃん」、や、「おばあちゃん」と言いそうになり、結果、「おじ、おば、おね、お、お母さん」と言った具合に話していて、兄弟によく笑われました。

 ただし、この本、「しゃべれどもしゃべれども」にでてくる吃音の人のように、緊張のせいではなかったと思います。 緊張してどもるというより、頭の回転に口がついてゆかない、という感じです。別に頭の回転が特別良いわけではないですが。

 そして彼のように、それを恥ずかしいというようには、全く思いませんでした。今でも時折どもることがありますが、全く恥ずかしいとは思いません。

 どもってしまうことが、恥ずかしい事であることだ、治させなければと、誰も言わなかったからでしょう。

 笑われる事はあっても、嫌な笑い方をする人がいなかったからでしょう。

 幸せな事だと思います。

 

 

 「しゃべれどもしゃべれども」は、ちょいと自信をなくしかけてる落語家が、ひょんなことから、ひょんな事から話ベタな人達に落語を教える話。

 どもってしまう人、素直になれない人、口先だけで話すことができない人。悩んでいる人達に接するうちに、主人公が自分自身の悩みにもぶつかってゆく。良くあるベタな話といえばそれまでですが。

 完全に解決しないところがいい。それぞれの悩みが、それぞれに変わっていく、それをほのめかすくらいでとめてあるところが、とてもリアルで納得がいく。

 そうだよね、と、自分の悩みを認めたくなる程度の、励ましをされたような、そんな感じがして、とてもよい。

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2007年11月 7日 (水)

葉桜の季節に君を想うということ -歌野 晶午

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)

著者:歌野 晶午

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)

古風なタイトルがミソ

 やりたい事に、年齢など関係ないと思っている。

 けれど、世間が許さない時がある。大抵の場合、世間が許さないだろう、と自分自身が縛っているだけだけれど。

 不思議な事に、他人がちょっと世間様と外れた事をしているとすぐに非難する人ほど、 自分がやりたい事にためらっている時は背中を押したがってもらう。

 なんだかな、と思いつつ、そういう時には素直に背中を押してあげることにしている。

 やりたい事をやればいい、それが健やかにすごす方法だとも思っているから。

 

 

 この「葉桜の季節に君を想うということ」。ネタばれになってしまうので詳しくは書かないけれど、この主人公の気持ちに賛同します。

 嘲笑われるかもしれない、けれど誰も邪魔などしないのだ。

 やりたい事をやるのが一番いい。いつだってそう思う。

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2007年11月 5日 (月)

Junior Sweet -Chara

Junior Sweet Music Junior Sweet

販売元:エピックレコードジャパン
発売日:1997/09/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

甘い、甘ーい、でも女の子の本音

 チャラさんは、音楽より先に「ピクニック」という映画で先に知りました。

 キュートな笑顔と、色気ある唇。アルバムを聴いてチャーミングな声にやられました。

 ここで競演していた、まだブレイク前?の浅野忠信さんが旦那さんと知ったときは、「なんて素敵な組み合わせだろう!」と思いました。なんの根拠もないけど、ものすごく素敵な夫婦だ。

 

 アルバム、Junior Sweet に入っている「やさしい気持ち」。

 この曲がシングルとして発売され、TVで宣伝していた頃、私は甘い甘い女の子でした。

 年齢が、というわけではなく、心情的に。

 

 「なれない私とあなたの間に、そんなにわがままいいんですか?」

 この歌詞はそのまま私の気持ちで、Charaさんの歌い方はそのまま私の心の表れだった。

 YouTubeでPVをみて、懐かしく思う。思った相手ではなく、あの時の自分の気持ちを。

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2007年11月 3日 (土)

全曲集 -美輪明宏

全曲集

全曲集

アーティスト:美輪明宏

全曲集

本物を実は聞いた事ない

 美輪明宏さんは、「美輪様」と呼んでもいいくらい好きですが、「オーラの泉」バージョンの美輪さんは全く興味はありません。

 三島由紀夫に絶賛されるほど妖しい美貌を持ち、そして毅然とたくましく生きてきた、そういう「美輪さん」が好きです。勝手な理想です。

 「黒蜥蜴」を観にいったときは、演技で、どんどん可愛くみえてくる美輪さんに本当に惚れました。かわいらしすぎる。

 

 歌手「美輪明宏」に接したことはありません。「ヨイトマケの唄」が美輪明宏の曲だということもずっと知りませんでした。

 ただ、一曲。聴きたい曲がある。

 それは大ヒット曲、「メケ・メケ」。

 スネークマン・ショーのアルバムの中で、Dr.ケスラー(加藤和彦)がカバーをしていて、それでこの曲を知りました。

 なんとなく耳について、いつの間にか覚えていて、口ずさんでしまう。ディラン効果満載の歌です。

 美輪さんが日本語バージョンのオリジナルと知ったときには驚愕しました。想像できない。

 

 きっと粋に歌っていたのだろうなあ、と思いつつ、

 みたいような、みたくないような。

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2007年11月 2日 (金)

有閑倶楽部 -一条 ゆかり

有閑倶楽部 (1) (集英社文庫―コミック版)

有閑倶楽部 (1) (集英社文庫―コミック版)

著者:一条 ゆかり

有閑倶楽部 (1) (集英社文庫―コミック版)

ゴージャスと粋とかっこよさが同居する異世界

 小学生の頃、中学生以上は全て大人にみえました。

 当時中学生だった姉も、30代だったであろう叔父も、40代の親も一緒くたです。自分とははるかに違う、頼れる人達。

 実際、自分がなってみると、とてもとても大人なんていえません。

 それは中学生の時はもちろん、恥ずかしながら現在も。

 

 だから、「有閑倶楽部」の主人公たちが高校生なのも、今読むと、ちょいと無理がある。

 いくら賢くたって、いくらハイソな世界の住人だって、それはないだろう、と突っ込みを入れたくなる。

 入れたくなるけど、でもやっぱり、彼らは高校生であってほしい。

 高校生という、制約がありそうなそれでいて責任のない位置で、ありえない程の知識と人脈と交流を持ちながら、彼らはいつもかっこいい。

 有閑倶楽部。それは暇をもてあます、ハイソな世界の最強な高校生。

 こんな高校生、近くにいたら本当に嫌だ。コンプレックスにまみれてしまう。

 そう思いつつも、やっぱり彼らが大好きで、何度も何度も再読してしまう。

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