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2008年4月18日 (金)

誕生日

 年をとっても、性格なんてちっとも変わってない。10代だろうが、30代だろうが全く変わらず進歩もない、と思っていたけれど。

 やはり少し違うようです。

 喫茶店で、本がなくてもとまどわず、ぼんやり物思いにふけるようになりました。

 相変わらず泣き虫だけど、声をあげずにぽろぽろ泣くようになりました。

 

 そして、同じ時間はもう二度と戻ってはこないものだと実感できるようになって、私は私自身を少しだけ、大事にするようになりました。

 愛猫の、喪に服している間に桜は散って、私はまた一つ年をとりました。

 彼女を十分にかわいがる機会をもたなかった事を嘆いていたのだけど、この間、ふと思いました。

 これは愛猫が、最後に私においていった誕生日プレゼント。

 会えて嬉しいと、素直に口に出さないと。相手にちゃんと伝えないと。

 意地をはってる時間などない。伝えられるチャンスはいつだって少ないのだから。

 そういう気持ちを、彼女は私に気づかせてくれました。

 だからしっかりと、目の前の人を大事にしよう。

 そんなことを、考える、春の日、誕生日。 

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2008年4月 2日 (水)

再掲 -長い長いさんぽ

長い長いさんぽ ビームコミックス

長い長いさんぽ ビームコミックス

著者:須藤 真澄

長い長いさんぽ  ビームコミックス

春は別れの季節だと、わかっていても辛すぎる。

 生まれたのは初夏の頃。物置の中でした。

 お母さんはきれいな三毛で、私は黒トラでした。黒と茶トラの兄弟と、時折みかける大きな人から隠れるように遊びました。

 柱で爪とぎしてた時、通りがかった大きな人と眼があって、私はその場で凍りつきまして。怖くて怖くてぶるぶる震えて動けません。大きな人は、どこかへ行った後、白い飲み物をくれました。

 

 ある日、お母さんについて、大きな人のところへ行きました。

 黒と茶トラは平気みたいだけど、私は怖くてたまらない。いつも首をすくめてひるんじゃう。

 でもここにいる大きな人は優しくて、背中の毛をがしがし箒で掃いてくれて、気持ちよくって大好きでした。

 

 黒がいなくなりました。

 探したけれどみつかりません。お母さんは、よくある事よ、と言いました。

 気がついたら、箒で掃いてくれた人も、姿をみせなくなりました。

  

 私がお母さんと同じくらいになった頃。

 お母さんの、声とそれから綺麗な目が、壊れて使えなくなりました。

 おばあさんはそんなお母さんを邪魔にするので、私は怒ってやりました。

 茶トラは旅に出てしまって帰ってこないので、

 私はお母さんといつも一緒にいるようになりました。

 

 ある日、おばあさんは薬の匂いをさせるようになりました。

 ますます嫌いになったけど、その後、すぐにいなくなりました。

 お母さんには何も言わなかったけど、きっと気づいてた。おばあさんの足音に敏感だったのはお母さん。

 

 お母さんが怪我をしました。

 大きな人に抱えられ、薬の匂いをさせて戻ってきた時は、とても心配になりました。

 でもお母さんは元気になって、気配で私を探し当て、見えない目を私にむけます。

 お母さんはすごいです。

 

 でもある日突然。

 お母さんもいなくなりました。

 たくさんたくさん探したけれども、見つかりませんでした。

 たくさんたくさん呼んだけれども、返事はありませんでした。

 

 それから私は一人です。

 

 二度だけ恋をして、二度ほど子供も産みました。

 子供はすぐに連れ去られ、私はお母さんが、よくあることよ、と言ったのが、やせ我慢だと知りました。

 一度大きな人が私を薬の匂いのする場所へ連れてゆき、それから私は恋をしていません。

 

 大きな人たちは、私を時折構うけれど、昔ほどではありません。

 たまにだっこをされるけど、いつもちょっとだけ怖いです。

 時折逃げちゃうけど、そんな時には少しだけほっとします。

 かまってくれる人はいなくなるから。優しいのに慣れるとさみしいから。

 

  

 なぜ、こんなことを思い出してるのでしょう。

 さっきまで背中がいたくって、叫んだ声もかれはてて、それどころではなかったはずなのに。

 今だって、大きな人の膝の上にいて、いつもだったら怖くてびくびくしちゃうはず。

 

 なのになんだかいい気分。

 背中も今は痛くない。いつも眠る、冷蔵庫の上にいるみたいに身体はあったかい。

 気持ちいい、と思った時。春の湿った土の香りと一緒に、お花の香りをかぎました。

 これは梅の木。庭の隅で今、咲いている花。いつも居眠りをすると決めてる場所の香り。

 そしてお花の香りの向こう側に、お母さんの香りがしました。

 お母さん、お母さん、お母さん。

 私、ずっとさみしかったのかもしれません。

 

 今日は暖かいから、いつもの広場で眠ろうかと思っていたけれど、

今日は猫の集会があるけれど。

もう、いいのです。

ふと、そう思いました。お母さんの側のほうがずっといい。

決めちゃったらなんだか眠くなりました。

今年はお母さんと春がすごせる。

梅の木と、お母さんの香りをかぎながら、そう思って嬉しくなって、

幸せな気持ちで目を閉じました。

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2008年4月 1日 (火)

鬼譚草紙 - 夢枕 獏,天野 喜孝

鬼譚草紙

鬼譚草紙

著者:夢枕 獏,天野 喜孝

鬼譚草紙

桜の木の下はいつも甘美で妖しい

 せっかく桜が満開の週末だったというのに、梅もまだ咲かない実家に帰省してました。

 実家には、昔買い揃えた本が何十冊も置きっぱなしです。いい加減に引き取らねばと思いつつ、ふと読み返したくなった本だけを何冊か持ってかえってお茶を濁している状態です。

 この本も、ずっと実家に眠ってました。今回、桜つながりで思い出して持って帰ってきたものです。

 

 恋にうつつをぬかすことが雅だった平安時代が舞台の掌編集。

 人が鬼に代わるほどの想いがあることを、皆、普通に知っていた時代。

 桜の時期にあらわれた鬼は恐ろしく、鬼に魅入られた姫は美しい。

 その二人が桜の木の下でむついでいる姿は、想像するだに妖しく美しい。

 花びら色の姫と桜の木肌のような黒い体の鬼が、桜の木の下でむつぐ姿は、きっとほとんど桜と同化していただろう。

  

 夢枕さんが描き出す平安時代はいつだって、妖しく美しい色気に満ちている。その上、季節は桜まい散る春の話だからなおさらだ。その上、天野さんのイラスト入りなのだから、この本は筋金入りだ。

 桜の下では誰もが狂う。けれどその狂気は、ぞっとするほど美しい。

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