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2011年7月22日 (金)

ザ・ビートルズ・ボックス -THE BEATLES

ザ・ビートルズ・ボックス
こんな豪華なセットは実は持ってませんが

 小学校高学年で洋楽にはまりはじめた頃、頭でっかちの私は「基本としてビートルズくらい知っていないと」と思っていました。
 
 小学生が気軽にレンタル屋を利用できる時代でもなく、まわりにビートルズを持っている人もいない。
 
 考えた末、何をちまよったか、ほとんど会話したこともない、しかも15歳は年上の従兄弟に電話をかけて、貸してくれ、とお願いしました。
 
 優しい従兄弟は驚きつつも、友達からわざわざ借りて、私にカセットテープを貸してくれました。 
 
 そこまでして借りたビートルズ。
 
 80年代のマドンナやワム!になれた耳で聞くと、シンプルというよりはチープに感じるほどのメロディ。

 「ひらけ!ポンキッキ」で流れる曲が多くあったことで、失礼にも「なーんだ」と思いました。
 
 後年、ウォークマンに常備するほど気に入る事になるとは思いもせずに。
 
 

 あまり良い耳を持っていないので、デジタルリマスターズ版を聞いても、あまり違いはわかりません。
 
 けれど、従兄弟から借りたカセットテープに入っていたレコードのノイズ。あれが、今思うと味わいぶかかったなあ、と思います。
 
 ただの郷愁だとはわかっているけど。

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2011年7月21日 (木)

オスの目線

愛情と欲望は別物だ。と、書物の中ではよく書かれている。

だから、頭ではわかっているつもりだけれども。

それでも、悲しい時は悲しい。

オスの目線で見られる事がない事が。

そして、その目線で見られることがある女の人が心の底からうらやましい。

うらやましくて、みじめで、泣けてくる。

 
かつて逆の立場にいて、愛情をうける女の人がうらやましい、そう思った。そんな自分への、なんて皮肉なあてつけだろう。

どちらも望むのは、わがままなのかとも思うけど。

決してそんなはずないと、怒る自分もいるけれど。

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2011年7月20日 (水)

魔女ファミリー -エレナー・エスティス

 魔女ファミリー 復刊したから、まだましなんでしょうが。

 子供の頃に読んで大好きだった本を、大人になってからどうしても欲しくて買うことがよくあります。

 でも児童書は意外と絶版されていることが多くて、そういうときは図書館で眺めるしかありません。
 
 古本でもいい!と思える場合もありますが、「子供の頃ほしかったから」という理由の場合、新刊が基本です。憧れのあの本を手に入れる、というシチュエーションが大事です。
 
 
 この本、私が読んだ時には「ガラス山の魔女たち」というタイトルでした。

 7歳の女の子の一言で、ガラス山に追放されてしまう大魔女と、彼女と一緒に住むちび魔女の話。
 
 7歳の女の子側の現実と、魔女達の現実が交じり合っているのに、不思議と違和感を感じない。
 そのうえ、女の子のお絵かきが魔女の世界に反映するのなんて、むしろ、女の子が魔女みたいなのに、それが普通に感じてしまう。
 マルハナバチのマルチが魔女と現実の境目にいるのが、またいい感じ。こんなハチが自分の庭にいればいいのに、と本当に思う。
 
 
 大人になって絶版なのを知り、がっかりしましたが、復刊ドットコムにすでに登録され、かつ、得票数の規定に達しているのをみたときは嬉しかった。
 
 同じように、この本を好きな人が多いのだなあ、ということもわかって、二度嬉しい。
 
 タイトルは変わってしまったけれど、もう手には入れたけれど、細々とでいいから、売り続けてほしいな、と思います。

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2011年7月15日 (金)

ぬいぐるみを檻に入れられて -ジェニングズ・マイケル・バーチ

 ぬいぐるみを檻に入れられて


ぼろぼろ泣きました


 「暮らしの手帖」がなぜか家に一冊だけありました。
 
 古めかしい色合いの料理の写真は、興味をそそられなかったけれど、書いてある文章にはどれも惹かれました。
 
 今、思うと、品のある、上質なエッセイばかりだったと思います。
 
 この本は、その「暮らしの手帖」社から出されているもの。
 
 広告が載っていて、タイトルをずっと覚えていました。
 
 
 高校生の頃、図書館で見つけました。けれどその時読んだのは私ではなく、私の友達。
 
 私は読んだ事もないのに、「絶対おすすめだから」と彼女にこの本を斡旋しました。
 
 今思うとなんであんなに自信ありげに薦める事ができたのだろう。
 
 おそらく、「あの本が薦めるのだから間違いない」という変な自信があったのだと思います。
 
 はたして彼女は、「ボロ泣きした」と、絶賛してくれました。
 
 
 この本は、アメリカのある少年、というか筆者の身の上話。
 
 てんこもりで不幸がおそいつつも、彼はどこまでも無邪気でせつない。
 
 そして不幸の中でも必ず彼を守ってくれる温かい人たちがいて、うれしくて泣けてくる。
 
 ただのお涙ちょうだいの不幸話ではありません。
 
 何より、悲しい目にあっただけじゃないということを、彼が覚えている事が何よりうれしくなる。温かな気持ちになる。

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2011年7月12日 (火)

有頂天家族 -森見登美彦

有頂天家族 (幻冬舎文庫)
弟がかわいったらありゃしない

 実家の近くでは、何度も狸をみたことがある。
 
 大抵の場合、それは夜。ヘッドライトにてらされつつ道路を横切る姿。

 立ち止まってこちらをちらりとみるのは猫と同じだけれども、猫と違ってあせらない。いや、あせっている場合は、はなから立ち止まったりしない。

 立ち止まってこちらを見る場合、 「せっかくだから顔みとこうか」なんて風情を感じてしまうのは、やっぱり狸だからなのだろうか。
 
 
 
 「有頂天家族」は狸と天狗と人間の物語。
 
 真面目な長男、ひきこもりの次男、のほほんの三男に、弱虫な末っ子。
 
 狸鍋になった父親にはとてもかなわないけれど、全員、母親を愛し、家族を愛し、そして傑物だった父親を尊敬しているのには変わらない。
 
 他の狸の一族といさかいしたり、天狗の先生の世話をみたり、カエルに化けて戻れなかったりするけれど、それは全て「阿呆の血のしからしむるところ」だからしょうがない。
 
 
 森見さんが、非京都人が憧れる「ありえない京都」をみせてくれるのは相変わらずだけれども、それに今度は家族愛がプラスされている。しかも狸の。

 それは兎にも角にも、「楽しきことは良きことなり」なのだ。

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2011年7月10日 (日)

何もしていない

終始、旅行気分だった。それくらい、明るい雰囲気の場所だった。

たかだか3時間ほどの作業は、実家の手伝いより短い。

私にとっては何もしていないのに等しい。

なのに、「お疲れ様」といってもらえ、たちよった温泉場所で感謝される。

日帰りボランティアはボランティア側の満足感の方が、実績よりもはるかに大きいと思う。

本当に。申し訳なくなるほど。

だから。

作業させてくれてありがとう、そう思う。本当に。

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2011年7月 6日 (水)

SONY ネックストラップヘッドホン ブラック MDR-NWN33S/B

SONY ネックストラップヘッドホン ブラック MDR-NWN33S/B
売ってなかったんだよな…

 久しぶりに実家に帰省したところ、父が言いました。
 
 「ヘッドホンが壊れたんだが、どうしたらいいか?」
 
 それはネックストラップタイプのヘッドホン。
 
 6年も前に私が持っていたウォークマンを父が妙にうらやましがり、それでは、と、電機屋さんに一緒に行って、MP3プレーヤーを買ったときに選んだものでした。
 
 パソコンどころか携帯をやっとの事で使う父にとって、当時、MP3プレーヤーは、同僚に自慢できる最新機器です。
 
 そして、付属のイヤホンでなくそこそこ音質のよいイヤホンをわざわざ買った、というところが、父の自慢ポイントでした。
 
 実のところ、音質がものすごくすぐれているわけではありません。

 購入時、私が使用しているものと同等の音質がいい、と言われたのですが、こちらの方が父には使いやすい、との判断で、音質無視でストラップ型をチョイスしてあげました。

 でも、そんな事は父は知らない。
 
 壊れたヘッドホンを私にみせながら、
 「これをみなに聞かせると、’音が全然違う’と褒められたんだよ」なんていう父に本当の事は、なお言えない。
 
 
 新しいのを買うために電気屋さんに行ったところ、そのお店にはストラップ型は一種類しかなく、かつ、それは正直、おすすめできない代物でした。
 
 
 値段を払うとき、「そんなに安いのか」といった父の、ちょっと失望した声が頭に残ってしょうがないので。
 
 このレベルの品を買いなおして送ってあげようかな、と思っています。
 
 遅ればせながらの、父の日のプレゼントとして。

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2011年7月 1日 (金)

積極‐愛のうた‐ -谷川史子

積極―愛のうた― (クイーンズコミックス)
ストレートに心にくる暖かさ

 優しい気持ちも、悲しい気持ちもどれも暖かく、でもまっすぐに心に入る。
 
 谷川史子さんの漫画はいつもそうだ。 そのまっすぐさといったら、槍にさされたよう。
 
 なのに、ソフトだ。鋭すぎない。
 
 女の子の投げるボウリングの球のようだ。ゆっくりコロコロ転がるくせに、きれいにパタパタとピンがくずれてゆく。
 
 同じように感情がパタパタと倒されて、いつのまにか、号泣してしまう。
 
 
 この漫画は短編集ですが、タイトルにもなっている「積極 -愛のうた-」が一番のお気に入りです。

 それは亡き妻を愛する老教授と、彼を慕う助手の話。

 物腰柔らかな教授の、でも頑固に自分をつらぬくところも、
 
 そんな教授になんども挑戦する助手の、自分をきちんとみつめる素直さも、

 どこまでも奥ゆかしくて、泣けてきます。

 
 
 この物語は河野裕子さんの短歌がキーになっています。
 
 漫画も歌も、ずっと覚えていたい、

 そう思える、素敵な歌でした。
 
 
 そう思わせるほどに、この歌にぴったりマッチした、素敵な漫画でした。

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