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2011年9月26日 (月)

野分

 先日、乗り換えの横浜駅でご飯を食べていたら、電車が止まった。

 すでに駅のまわりにはあきらめムードの人達が、意外と元気にたむろしていた。
 
 昔、電車が遅れたり止まったりすると、もっと悪態をついたり困っている人を多く見かけたような気がしたが、今回、そういう人を一人もみかけなかった気がする。
 
 駅員さん達は頑張って動いていた。
  
 停電も断水も電車復旧も。
 
 自然に直るわけではなく、本当はどこかで誰かが頑張って働いているのだ。
 
 待っている側でいることに、後ろめたく思うほど。

 なんというか、申し訳ない。感謝しかない。
 
 多かれ少なかれ皆がそういう気持ちになっている気がした。


 これを震災の影響といったら誤解があるかもしれないけれど、いい影響かとは思いつつ。
 
 木が倒れたり窓が割れたり大変な騒ぎになっていた自宅から、わざわざ迎えにきてくれた家族に、自分はまず、感謝をしてみる。ありがとう。

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2011年9月25日 (日)

複刻世界の絵本館―オズボーン・コレクション

複刻世界の絵本館―オズボーン・コレクション

絵本だけじゃありません

 全35冊中、20冊ほどを知り合いの知り合いから、いただきました。
 
 これは、絵本の蔵書数としては有名なオズボーン・コレクションから35冊を選んで、ほるぷ出版が復刻したもの。
 
 「おとぎのアリス(不思議の国のアリス)」や「長靴をはいた猫」のような有名なだけではなく、わらべ歌や風景の絵だけだったりする絵本はみているだけで楽しい。
 
 しかも絵本だけでなく、挿絵がグリーナウェイのカレンダーや、使い方がよくわからないボードゲーム、1777年版の世界地図まで。
 
 英語なので、いちいち読んではいませんが、うっとり眺めています。日本語解説書がついていてよかった。
 
 これは、どう考えても子供向きではなく、大人向き。わかっていてもやられちゃう。
 
 こういう復刻ものには本当に弱い。素敵すぎる。
 
 
 80年代の発売で、今は絶版のようです。
 
 バブルの頃だからこその企画。そういう意味ではバブルってよかったんだなあ。

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2011年9月24日 (土)

告白

告白 【DVD特別価格版】 [DVD]
原作を読んでもなおすばらしい

 名女優とよばれる方々の中には、しぐさは完璧なのになぜかセリフが棒読みに感じる人たちがいます。
 
 私にとって松たか子さんは、その一人です。
 
 けれど、その棒読みに聞こえるセリフまわしが、この映画では大変ひびきました。
 
 ある決意を胸に、感情を全て消している。抑えている。そんな役柄に彼女の語り口調はぴったりで、そしてその分、言葉がない動作での演技部分がとてもすばらしかった。
 
 
 告白は、何人かの目線で一つの事件が語られる。
 
 松さんはキーマンですが、最初の教室での長台詞。彼女のセリフで、皆の一挙一動が変わる。それでも彼女は淡々と話す。
 まるで良質な舞台劇をみているようだった。
 
 また、別のシーンで、雪の中、彼女は嗚咽をこらえて歩く。彼女の気持ちはみているこちらもわからない。そしてわからなくていいのだ。
 きっと松さんが演じた教師自身、複数の感情が入り混じって、わからなくなっていたに違いない。
 それが言葉なしなのにわかる。
 
 そしてラスト。ある生徒に浴びせる容赦ない言葉。少し微笑みを浮かべて話すような易しい話し方に、心の底から震えてしまう。
 
 
 湊かなえさんの原作も、映画の後に読みました。「藪の中」形式の文章で、大変面白かった。
 けれど原作ではない、映画の方を、私は勧めてしまいたくなる。
 
 この映画、松たか子さんをみる為だけに何度も観てもいい。そう思ってしまうほど、彼女の演技はすごくて、そして面白かったから。

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2011年9月22日 (木)

初恋 -中原みすず

初恋 (新潮文庫)
3億円事件そのものは重要ではない

 女の子はおそらく誰でもそうかもしれないけれど、大切な人との思い出は、何度も何度も反芻するものだ。
 
 反芻するうちに、美化してしまったりもするだろう。
 
 繰り返す度に、追加情報として周りの景色やお店の雰囲気なども一緒にイメージするだろう。
 
 そして、反芻するから、思い出も自分の気持ちも、ずっと忘れられず鮮やかになってゆく。
 
 私もそうだった。
 
 大事な大事な思い出を、何度も繰り返した。そのうち、思い出すたびに感じる痛みまでもが大事に思えて、痛む気持ちがなくならないように思い出すのを控えたほど。
 
 でも忘れてしまうのは怖いので、思い出すのを控える代わりに、それを文章にした。
 
 日記ではなく、記録風に。ただ、自分が感じた事は克明に。思い出を書くわけではなく、それを読んで、思い出がよみがえるように書いた気がする。
 
 
 「初恋」は、著者と同じ氏名の「中原みすず」さんが、「3億円事件を実行した経緯」も含めた高校時代から大学時代までの手記です。
 
 女子高校生が3億円事件の実行犯だった、というこの内容は、出版した当時話題になったようですが、当時は読んでいませんでした。
 
 同名で映画化されていて、そちらを観て興味を覚えて読みました。
 
 彼女が本当に実行犯かどうかは兎も角、ここにつづられている内容はほとんど実際にあった出来事であろうと、私は感じました。
 
 だって文章の雰囲気が、私が書いた思い出の記録によく似ている。何度も反芻した思い出である事が、はっきりわかる。
 
 「B」での仲間との出会い。「岸」さんとのやりとり。事件実行までの経緯。その後の事。その全てに彼女は感じた事をはっきりと残してるから。
 
 
 ただ、読んであんまり切ないので、彼女が書いたとおり、この手記を上梓した事を機に、「私から解放されている事」をひたすら願ってしまう。
 
 彼女が書いているとおり、心の時効はないにせよ、思い出を反芻するのはそれはもう麻薬のようなもので、愛しくて、次に進む根性を奪うものだと私は思うから。
 

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2011年9月20日 (火)

ソーシャル・ネットワーク

ソーシャル・ネットワーク 【デラックス・コレクターズ・エディション】(2枚組) [DVD]
天才であるがゆえ

 facebookに参加して、他の人のプロフィールをみて、思いました。
 
 「これはリア充の人がやるものだ」
 
 2chほどではないけれど、mixiは匿名性を保ったまま、こそっと友達とやりとりをする。または仲間を作りもする。
 
 けれど、facebookは今までの経歴をさらしてこそ意味がある。そんなイメージをうけました。

 私のように、自信のない経歴を持つ人や、今とは違う自分を知る人に会いたくない、なんて過去を持つ人にはちょいとむかない。
 
 その後参加したgoogle+も同様な気がします。
 

 だから、作った人がそもそもリア充なのだろう、と思っていました。自分の経歴に誇りをもつ、明るく前向きな人なのだろうと。
 
 違いました。

 創設者のマーク・ザッカーバークは確かに経歴はハーバード大。でも、明るくも、前向きでもありませんでした。むしろプライド高い皮肉屋で、人を上から見下げるタイプ。
 
 ただ、間違ってない。
 
 そもそものfacebookが「女の子と知り合いたい」という素敵にくだらない、でも皆が本気で願う事を目的としているところも。
 
 彼相手に訴訟を起こした相手に対し、「負けたことがないから悔しいんだ」と評するところも。

 親友が会社でどなる際に、言い訳をほとんどしていないところも。
 
 彼はいつも決して間違ってはいないのだ。 引き起こした結果は間違っているにせよ。
 
  
 新人弁護士がマークに話しかけるラスト。
 
 「あなたは悪い人じゃないわ、そう振舞っているだけ。」
 
 マークは席につきながら、facebookのとある人のプロフィールページをみて申請しようか迷っていた。
  
 それをみて、私はある友人を思い出す。
 
 頭がよくて、自分勝手で、他人の意見を聞かず、好きな子には猪突猛進で誤解をうけていた友人。彼は、でも、心を許した相手には本当に素敵な笑顔で話しかけていた。本当に、なんでもした。
 
 彼も、マークもおそらく同じ。
 
 性格の不器用さを頭脳でカバーできてしまった人たちだ。

 
 元気かな。笑ってくれているといいな。そう思う。

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2011年9月19日 (月)

練習

 末っ子なので、姉や兄がいるときは、甘えてしまってあまり家事も手をださない。
 
 でも昔、つきあっていた人に、甘える事になれていない、と言われた。
 
 おそらく私のなかで、甘えていい人と甘やかしたい人が別なのだと思う。
 
 尽くしタイプとよく言われたが、尽くすというよりは甘やかしたいのだ。相手の嬉しい顔がただ見たい。
 
  

 だから今、困る。
 
 甘やかしたい相手が、私を甘やかす。自分にとって役割違いの事をされると、どうしていいのかわからない。
  
 電車での最寄り駅まで車に迎えにきてくれる。朝ごはんを代わりに作ってくれる。

 そんな些細な事にびっくりして、嬉しいどころか、申し訳ないくらいの気持ちになってしまう。
 
 上手く笑顔で態度で喜べない。甘えられるのも才能だ。
 

 でも。
 
 相手にきちんとご褒美を。嬉しいと、ありがとうと、笑顔で伝えてなんぼだと。
 
 才能ない人は、練習しないと。

 そう思って、一生懸命喜んでみる。 

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2011年9月14日 (水)

ファンキーモンキーベイビーズBEST -ファンキーモンキーベイビーズ

ファンキーモンキーベイビーズBEST
心がきゅっとする
 
 名前は知っているけれど、曲も聴いたことあるかもしれないけど、曲名は知らない。
 
 私にとってファンキーモンキーベイビーズは、その程度の認知度でした。
 
 このアルバムもツタヤで連れが選んだものです。まあ、いいか、くらいで借りました。
 
 聴いてみたら、どの曲も耳にした事があるフレーズばかり。自分がこんなに彼らの曲を記憶しているとは、思いませんでした。
 
 その後は、ヘビーリピートです。youtubeでも動画をあさりまくりました。
 
 
 彼らの歌は優しい。メロディも歌詞も。

 それは、肩を抱いてあげるような優しさではなく、見守る優しさ。

 何も言わず態度も変えず、ただ心の底で気にかける、励ましのエールを送る。そして相手が笑ったら、ほっとして微笑む。そんな毛布のような優しさを感じてしまう。
 
 歌う内容は、私にとって懐かしいテーマがおおけれど、その懐かしさに涙ぐむ。

 涙ぐみながらも顔は笑ってしまって、笑いながらまた泣いちゃうような、でもその涙は悲しい涙では決してない。前を向くための涙に、いつの間にかなっている。
 
 
 「桜」と「告白」「希望の歌」が私のお気に入り。

 でも動画としてのお気に入りは「ラブレター」。

 残念ながらこのBESTには入っていないけど、期間限定で公開中みたいです。
 【期間】FUNKY MONKEY BABYS「ラブレター」FULL【限定】
 

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2011年9月13日 (火)

クライング・ゲーム

◆現品限り◆【中古】【洋画DVD】クライング・ゲーム※吹替なし/スティーヴン・レイ/Le948[レンタル落ち]【メール便OK】
ヒロインが妖しい魅力なのは当たり前

 「クライング・ゲーム」という名前を知ったのは、この映画より曲名としてでした。
 
 ラジオでボーイ・ジョージが歌っていました。古い曲のカバーだという事、そして、この曲と同名の映画のサントラとして使われている事を知りました。
 
 当時はカルチャークラブの勢いは全くなかったといえど、かつてカルチャークラブに心底のめりこんだ一ファンとしては、ボーイ・ジョージつながりのものは何でも気になる。
 
 だからずっと、日本にこの映画が来るのをわくわくして待ちました。しかも「ぴあ」で、尊敬する淀川さんが褒めていたからなおの事です。

 
 そのせいで、実際に見たときに少しがっかりしたのは仕方ない。秀作だったけれども、期待が大きすぎたから。

 
 この映画は、友情映画。そして恋愛映画。
 IRAに捕まったイギリス軍傭兵の黒人は、見張りの男にしつこく話しかける。

 逃げる為の糸口なのかもしれないけれど、その話し方が本当に人懐っこい。必死というよりかわいらしい。
 
 見張りの男も冷たくなりきれない人で、いつの間にか彼と仲良くなり、情が移り、ついには黒人の彼女にメッセージを渡す約束をさせられてしまう。
 
 その黒人さんの、彼女を思い出すように自慢する口ぶりが、本当に色気がある。目隠しされているからだろうか。口元だけで、彼が彼女を思うだけで幸せになっているのが本当にわかる。
 
 見張りの男は、その後、その彼女に会うのだけど、ただ会うのじゃなくて、とりあえず彼女のお店へ、客として髪を切りに行く。

 客として会った時点で、もう彼女を好きになってしまっているのが、よくわかる。 目だった会話も、大げさな視線も向けてないのに。

 
 この映画にはある秘密というか、どんでん返しがあって、公開当時は確かに驚いたのだけど、今となってはそれはあんまり重要じゃない。
 でもその秘密をとりのぞいても、この映画は素敵だ。むしろ、そんなこと、重要じゃないと思う今の方が、素敵に感じるかもしれない。

 思想も恋愛も友情も。
 頭で考えているものは、感情には決して勝てないものなのだ。

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2011年9月 9日 (金)

我が人生最悪の時 ― 私立探偵 濱マイク シリーズ 第一弾

我が人生最悪の時 ― 私立探偵 濱マイク シリーズ 第一弾 [DVD]
第一弾だけモノクロです

 「探偵はBARにいる」の予告編をTVでみてたら思い出しました。
 
雰囲気のある場面、小物たち、魅力的なキャスト、これは多分面白い!と思いつつ、ふと思い出したのが、この「私立探偵 濱マイク」シリーズです。
 

 はじめて観たのは仕事についたばかりの時でしょうか、シリーズ物だとは知らずにパッケージで選んでレンタルビデオでチョイスしました。
 
 横浜の、しかも実際にある映画館の2階に住んでる私立探偵、濱マイク。
 
 そのシチュエーションだけで、すでに私のツボだというのに、出てくる俳優さん達が主演の永瀬正敏さんはかっこいいし、タクシー運転手の南ちゃんはかわいく面白いし、悪者役の佐野四郎さんは迫力あってこれまたかっこいい。

 名前の由来は「探偵マイク・ハマー」。タイトルの由来は「我等の生涯の最良の年」。そんなところもまたお茶目で、それがわかるとまた楽しい。
 
 少し異国めいた横浜の風景と、マイクのかっこよさがまたぴったりあっていて。

 横浜は私にとって「濱マイク」が住む町になりました。

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2011年9月 8日 (木)

桂よ。 わが愛・その死 -三宅 一郎

Amazonへのリンク

 森村 桂さんの著作は「天国に一番近い島」が一番有名だと思います。
 
 でも私が森村さんの名前を知ったのは、それを読む前。
 
 よく行く本屋にあった、森村さんの自作のケーキの本が好きで何度も立ち読みしたのが最初です。
 
 よくあるきれいなケーキじゃない、素朴なケーキ。シンプルきわまりないお菓子の写真と、読みやすいエッセイがついたその本を、何度も立ち読みして、とうとう最後は買いました。
 
 その後、あちこちの本屋、図書館で、森村さんの本をみかける度に読みました。当時はもう森村さんブームは一度すぎていたから、古本屋で昔の本を見つけると小躍りして買った覚えがあります。
 
 彼女の書く内容は、すごく素直で読みやすい。頭の中を直結しているのかと思うくらい、思うがままを書いている。そう思っていたけれど。
 
 後年、「続・天国に近い島」を読んで、そうではなく、むしろ、一生懸命みなに気を使って書いていたのだと知りました。
 
 そして森村さんが亡くなられてから数年後、夫のM・一郎さんこと、三宅氏がこの本を出版した事を知り、読んで、やはり、森村さんが一生懸命、たくさんの事に気を使ってきたことを知りました。自分の身どころか、精神を削ってまで気を使ってきたことを。
 
 
 夫だから、全てを書いていいかというと違うとは思います。
 
 この本は、ファンには知りたかった事が多く書かれているけれど、当事者だったら、ちょといたたまれなくなってしまう内容にまで触れています。
 
 ただ、きっと三宅さんは、恨み言を言いたかったわけではなく、桂さんに伝え切れなかった沢山の気持ちが、あふれてきてしまってどうしようもなかった。そんな気持ちで書いたのではないか、読みながらそう思いました。
 
 
 この本を読んでから、あらためて森村さんの本を読むと少し、せつない。
 
 残された人たちはいつだって、さみしいものだけれど。悲しいものだけれど。

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2011年9月 7日 (水)

水曜の朝、午前三時 -蓮見 圭一

水曜の朝、午前三時 (新潮文庫)
タイトルでサイモンとガーファンクルを思い出す人たちの物語

 大阪万博は、私の生まれる前の話です。「20世紀少年」でとりあげられてもありますが、いまいち、その熱狂はわかりません。
 
 わからないのに。この小説の大阪万博の記述を読んだ時、気持ちの中でかすめる記憶がありました。
 
 それは長野万博。実家の近所で開かれた事もあり、記憶に新しい。その人ごみと非現実さが、小説の中の風景とぼんやりとかさなりました。
 
 実際はその、何百倍の規模だったでしょうが。
 
 語り手である彼女が京都の町並みを歩く。その当時とは全く違うだろうに、自分の中の大阪の記憶とだぶる。夜の、京都ならではのいかがわしい闇が、やっぱりぼんやり浮かびます。

 テープに残された主人公の義母の告白が大半のストーリー。その生き方は身勝手で、奔放で、全く共感できません。
 
 共感できないのに、でも彼女の記憶の描写には共感してしまう。
 
 彼女が語る思い出は、はなはだ個人的なものなのに、なぜか普遍的な記憶として、自分の中の記憶を呼び起こす。まるで「となりのトトロ」のようだ。

 
 泣いたりもしなかったし、ストーリーに感動もしなかった。彼女の子供が、夫の子供ではないかも、と匂わせるあたりは、個人的に嫌いな展開ですらあるのに。
 
 なのに読み終わってから1週間、ちらほらと彼女の語った万博の記憶、恋の話が蘇える。
 
 食べ終えて、お会計をすませて店をでて、角を曲がった頃に、「おいしかった」と感じる。そういうお店を本当の名店と言うそうだ。
 ならばこの本は、名作と言ってもいいのだろう。

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2011年9月 4日 (日)

ヤマアラシのジレンマとも違う

 もう会わない方がいい、と思う相手が男も女も何人かいる。

 会わない理由はひとつだけ。
 会うと、しんどい。
 
 未練、嫉妬、同属嫌悪。 相手によって感じる中身はそれぞれ違うけど。
 どの人も、顔をみると、そのしんどい気持ちに押しつぶされそうであえいでしまう。
 でも近くにいる限り、眼が離せない。どきどきしたり、むかついたり、イライラしたり、一挙一動が気になって仕方ない。
 しかも会ってしばらくは、動揺した気持ちがしばらく後遺症のごとく続くので、困ってしまう。

 これは「ヤマアラシのジレンマ」とは、少し違う。
 近づきすぎて、お互いの体の針を刺しているわけでは、決してない。
 私の針も、もちろん彼らの針も、今、長いとは思えない。

 おそらく、これはアナフィラキシーショックだ。

 昔、私は近づきすぎた。ヤマアラシのジレンマだったのはきっとその時。
 おそらく、相手の針に刺されすぎたのだろう。
 もう免疫ができてしまい、きっとこれ以上刺されたら、死んでしまう。
 つまり、そういう事だ。
 そういう事だと、思う事にする。

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2011年9月 2日 (金)

天と地の守り人 -上橋菜穂子

天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)
とうとうシリーズ最終話
 
 「よその子供を守るために戦う女性」というテーマは、「エイリアン」しかり、「依頼人」しかり、映画ではよくありますが。

 小説では、ありそうでなかった気がします。しかもファンタジー。
 
 そして、守る理由が決して母性だけではない。それは、映画でも少ないんじゃないのだろうか。

 
 主人公の短槍使いバルサは女用心棒。
 
 皇子チャグムを暗殺者から守る「精霊の守り人」からはじまって、どのシリーズでも、いつでも、確実にか弱き者達を助けるのだけど、彼女の冷静っぷりは本当にかっこいい。
 
 ただただ無茶をするわけでなく、決して情にはおぼれない。冷たくみえるようなその行動は全て、守るべき者を守るとおすためにある。
 
 そんなクールなバルサも、シリーズを読みすすめてゆくうちに、ゆっくりとだけれど柔らかさを持ってゆく。それもまた心地よい。
 
 
 この「守り人」シリーズは、姉に薦められて読みました。
 
 「守り人」としての話が主題であるけれど、けれどそれ以外に各王国との派閥争い、精霊の世界(ナユグ)とのつながりが関わってくる。
 
 しっかりとした世界観があるからこそ、複雑な話でもすんなり読める。「守り人」にのめりこめる。
  
 シリーズ最初の「精霊の守り人」はNHKで原作に忠実なアニメになっているけれど、できたら原作を読んでほしい、と思います。
 
 ファンタジーはまず自分の頭の中に世界を作ってこそ楽しくて、
 
 このシリーズは、世界をつくるのに慣れていない人でも作りやすい、視覚表現豊かなファンタジー初心者向きだと思うから。

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