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2011年11月 2日 (水)

森に眠る魚 -角田光代

森に眠る魚 (双葉文庫)
誰も悪くない
 
 ドラマ「名前をなくした女神」を見たとき、その恐ろしさにはまりました。
 
 よくあるママ達の対立かと思ったらそうじゃない。誰もが普通の人なのに、「お受験」をめぐり、皆が少しずつ壊れていき、その壊れた部分で悪意が生じる。
 
 最近のドラマは、善人悪人がはっきりわかれていない。そこがものすごくリアルで怖い。
 
 
 それはさておき。
 
 この「森に眠る魚」。内容を知らず借りてきて、読んで、あれ?っと思いました。
 
 あのドラマによく似ている。
 
 でも、筋書きが似ているわけではない。「ママ友」としての仲間作り、お受験。そして、その壊れ方が、とても。
 
 ただ、こちらの方が、より怖い。
 
 ママ友一人一人の心理がより深く書かれている。そのどれもが、確かに、思いつめたら自分もしてしまいそうな、思い込みで、震えがくる。
 
 子供を生んでいない自分でさえ思うのだもの。実際に子育てまっさかりの方が読んだら、どんなに怖いだろう、と感じました。
 
 
 もしやドラマの原案だろうかと思ったけれど、違うみたい。でも、脚本の方はこれ、読んだのじゃないかなあ、と思わずにはいられない。

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2011年11月 1日 (火)

多重人格探偵サイコ  -田島 昭宇,大塚 英志

多重人格探偵サイコ (1) (角川コミックス・エース)
ペンでさらりとかかれた画がなお、えぐい

 「パタリロ」の最初の方のコミックスには、巻末にパタリロとは全く異なる短編がついていて、不思議怖いその短編が、私は結構好きでした。
 
 その中のひとつに、誰も真似できないほどの花を咲かせる花屋の話がありました。
 
 「サイコ」の一巻を読んだとき、その話を思い出しました。
 
 ぎょっとなりました。
 
 ぎょっとした理由は、「人間を含む生き物を養分にして花を咲かせようという考えを思いつく人が他にもいるんだ」ではありません。

 「この作者はもしかして、パタリロのあの話を読んだのかもしれない。そして、ちょっとやってみたい、なんて思ってしまったのかもしれない。私のように。」と、感じたからです。
 そして、やってみたい、なんて思ったかつての自分を思い出したからです。
 
 
 そのエピソードは「サイコ」の本筋とはあまり関係はありません。
 
 「サイコ」は、多重人格の果てに生まれた特別な人格「雨宮一彦」をめぐる物語です。
 
 でもこの、規制がかからないか心配になるような思想や、エグいシーンのはずなのに綺麗にみえてしまう画はどうしても、パタリロのあの話を思い出さずにはいられない。
 
 
 
 
 

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