2016年7月31日 (日)

あれよあれよという間に

3年も放置していたとは。

その間になんていろんな事があったのだろう。
期間限定だけど、びっくり穏やかな生活をしている。
その間だけでも書こうかね。

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2013年7月21日 (日)

静かの海

 山育ちなので、海はずっと憧れだった。だからずっと、海は海というだけで素晴らしく、どんな海だって構わなかった。
 
 今は違う。

 泳ぎに行きたい、と思う時、頭に広がる海はあざやかな青。少し高めの波から顔を出すと三方は山にかこまれて緑が広がる。
 
 日常、目にする海はどこまでも小石がしきつめられた海岸で、深い深い青色が私を安心させる。

 でも、海、と言われて思い出す海は、白い砂浜とところどころに見える岩、それを穏やかに洗う波、グリーンの海だ。
 懐かしい思い出を象徴する記念碑のようなもの。私にとっての静かな海。
 実家からみえる、南アルプスのようなものだ。ただ、懐かしい。
 
 どれもが手放しがたく、どれもが私の大事な海だ。
 それはおそらく、ひどく幸せな事なのだろう。

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2011年10月15日 (土)

愛情という名の欲

 全ての感情は欲につながるものだと思うんだけど、どう思う?

 昔、賢すぎて、意見がまるで宇宙人のように突拍子もない友人が聞いてきた。

 その時、私はなんて答えただろう。

 愛情だって、結局、欲の一部だよね?というたたみかけるような問いかけに、

 「というより、そういう欲の種類を「愛情」というのじゃないかな?」 と答えた気がする。
 
 
 
 あなたの為、という言葉が恐ろしく偽善なのはわかっているつもりだ。
 
 あなたの為に、と思って言うせりふは、回りまわって結局自分の為なのだ。
 
 そう思ってすごしてはいるつもりだけど。

  
 「自分と相手、二人の為に」と考えた事も、本当は自分の為でしかないのだろうか。
 
 もしそうならば。
 
 何も束縛せず、何も望まないから、好きにしていいよ。あなたの自由はあなたのものだ。
 
 そう伝える事しか、私にはできる事がない。でもそんな事、できるはずもなく。
 
 
 なら、もう、せめて。

 全ては私のわがままです。私が望むから、こうしてほしい、と、自分名義で伝えるだけだ。

 それこそ、愛情という名の欲の下で。
  

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2011年9月26日 (月)

野分

 先日、乗り換えの横浜駅でご飯を食べていたら、電車が止まった。

 すでに駅のまわりにはあきらめムードの人達が、意外と元気にたむろしていた。
 
 昔、電車が遅れたり止まったりすると、もっと悪態をついたり困っている人を多く見かけたような気がしたが、今回、そういう人を一人もみかけなかった気がする。
 
 駅員さん達は頑張って動いていた。
  
 停電も断水も電車復旧も。
 
 自然に直るわけではなく、本当はどこかで誰かが頑張って働いているのだ。
 
 待っている側でいることに、後ろめたく思うほど。

 なんというか、申し訳ない。感謝しかない。
 
 多かれ少なかれ皆がそういう気持ちになっている気がした。


 これを震災の影響といったら誤解があるかもしれないけれど、いい影響かとは思いつつ。
 
 木が倒れたり窓が割れたり大変な騒ぎになっていた自宅から、わざわざ迎えにきてくれた家族に、自分はまず、感謝をしてみる。ありがとう。

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2011年9月19日 (月)

練習

 末っ子なので、姉や兄がいるときは、甘えてしまってあまり家事も手をださない。
 
 でも昔、つきあっていた人に、甘える事になれていない、と言われた。
 
 おそらく私のなかで、甘えていい人と甘やかしたい人が別なのだと思う。
 
 尽くしタイプとよく言われたが、尽くすというよりは甘やかしたいのだ。相手の嬉しい顔がただ見たい。
 
  

 だから今、困る。
 
 甘やかしたい相手が、私を甘やかす。自分にとって役割違いの事をされると、どうしていいのかわからない。
  
 電車での最寄り駅まで車に迎えにきてくれる。朝ごはんを代わりに作ってくれる。

 そんな些細な事にびっくりして、嬉しいどころか、申し訳ないくらいの気持ちになってしまう。
 
 上手く笑顔で態度で喜べない。甘えられるのも才能だ。
 

 でも。
 
 相手にきちんとご褒美を。嬉しいと、ありがとうと、笑顔で伝えてなんぼだと。
 
 才能ない人は、練習しないと。

 そう思って、一生懸命喜んでみる。 

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2011年9月 4日 (日)

ヤマアラシのジレンマとも違う

 もう会わない方がいい、と思う相手が男も女も何人かいる。

 会わない理由はひとつだけ。
 会うと、しんどい。
 
 未練、嫉妬、同属嫌悪。 相手によって感じる中身はそれぞれ違うけど。
 どの人も、顔をみると、そのしんどい気持ちに押しつぶされそうであえいでしまう。
 でも近くにいる限り、眼が離せない。どきどきしたり、むかついたり、イライラしたり、一挙一動が気になって仕方ない。
 しかも会ってしばらくは、動揺した気持ちがしばらく後遺症のごとく続くので、困ってしまう。

 これは「ヤマアラシのジレンマ」とは、少し違う。
 近づきすぎて、お互いの体の針を刺しているわけでは、決してない。
 私の針も、もちろん彼らの針も、今、長いとは思えない。

 おそらく、これはアナフィラキシーショックだ。

 昔、私は近づきすぎた。ヤマアラシのジレンマだったのはきっとその時。
 おそらく、相手の針に刺されすぎたのだろう。
 もう免疫ができてしまい、きっとこれ以上刺されたら、死んでしまう。
 つまり、そういう事だ。
 そういう事だと、思う事にする。

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2011年7月21日 (木)

オスの目線

愛情と欲望は別物だ。と、書物の中ではよく書かれている。

だから、頭ではわかっているつもりだけれども。

それでも、悲しい時は悲しい。

オスの目線で見られる事がない事が。

そして、その目線で見られることがある女の人が心の底からうらやましい。

うらやましくて、みじめで、泣けてくる。

 
かつて逆の立場にいて、愛情をうける女の人がうらやましい、そう思った。そんな自分への、なんて皮肉なあてつけだろう。

どちらも望むのは、わがままなのかとも思うけど。

決してそんなはずないと、怒る自分もいるけれど。

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2011年7月10日 (日)

何もしていない

終始、旅行気分だった。それくらい、明るい雰囲気の場所だった。

たかだか3時間ほどの作業は、実家の手伝いより短い。

私にとっては何もしていないのに等しい。

なのに、「お疲れ様」といってもらえ、たちよった温泉場所で感謝される。

日帰りボランティアはボランティア側の満足感の方が、実績よりもはるかに大きいと思う。

本当に。申し訳なくなるほど。

だから。

作業させてくれてありがとう、そう思う。本当に。

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2011年6月11日 (土)

ささやかな不幸

思い出すたび胸が苦しくなる思い出を持っている。
 
思い出す度にせつなくなるこの気持ちが、つらくならなくなる日が来るのだろうか、と、その当時は思っていた。
 
今はもう、つらくはない。
 
でも、まだ胸は苦しくなる。切なくてもどかしい、どうしようもない気持ちにはなる。 
 

 
多分、私は今、幸せなのだ。きっと。
 
昔の痛みをひっぱりだしてきて、ささやかな不幸を味わうほどに暇なのだ。
 
そう自分に言い聞かせる。
 
未練があるから苦しいのだ、とは認めたくないから。
 
この苦しみが消えてしまうのが、惜しい、と思ってもいるから。

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2011年5月19日 (木)

就活

 プライベートごとでばたばたしていたら、ブログ更新も滞って早、2年。

 思えばブログをまともに続けたのも2年ほどなのに。やれやれだ。

 続けている時間は長いと思っているのに、続けなかった時間は早い。記憶にも残りはしない。

 引っ越しして結婚して、今度は勢いで会社を辞めてしまった自分を、つくづく無謀だと思いつつ。

 とりあえず転職活動開始。なんとかなるさ、、と楽観的にポジティブにいってみる。

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