2011年11月 2日 (水)

森に眠る魚 -角田光代

森に眠る魚 (双葉文庫)
誰も悪くない
 
 ドラマ「名前をなくした女神」を見たとき、その恐ろしさにはまりました。
 
 よくあるママ達の対立かと思ったらそうじゃない。誰もが普通の人なのに、「お受験」をめぐり、皆が少しずつ壊れていき、その壊れた部分で悪意が生じる。
 
 最近のドラマは、善人悪人がはっきりわかれていない。そこがものすごくリアルで怖い。
 
 
 それはさておき。
 
 この「森に眠る魚」。内容を知らず借りてきて、読んで、あれ?っと思いました。
 
 あのドラマによく似ている。
 
 でも、筋書きが似ているわけではない。「ママ友」としての仲間作り、お受験。そして、その壊れ方が、とても。
 
 ただ、こちらの方が、より怖い。
 
 ママ友一人一人の心理がより深く書かれている。そのどれもが、確かに、思いつめたら自分もしてしまいそうな、思い込みで、震えがくる。
 
 子供を生んでいない自分でさえ思うのだもの。実際に子育てまっさかりの方が読んだら、どんなに怖いだろう、と感じました。
 
 
 もしやドラマの原案だろうかと思ったけれど、違うみたい。でも、脚本の方はこれ、読んだのじゃないかなあ、と思わずにはいられない。

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2011年10月20日 (木)

オカマだけどOLやってます。完全版  -能町 みね子

オカマだけどOLやってます。完全版 (文春文庫)
私よりもはるかに「よくいるOL」な気がする
 
 ずっと以前から、オカマさん、オナベさんは、水商売や芸術関係くらいしか、受け入れられる職業はないのだろうかと思ってました。
 
 性別が逆転してしまっているだけで、エンジニアになりたい人も、事務員さんになりたい人も、営業をやりたい人もいるだろうに。
 
 でも実際は皆無に等しい。それは性同一障害、という言葉が世間に認知される前も後も、かわりません。 
 
  
 タイトルにひかれて少し立ち読みし、その後、文庫化されているのを知って買いました。
 
 能町さんも、堂々と性別をあかしてOLをはじめたわけではありません。まだ性別が男だった頃、申告欄に「未選択」にて入社しています。現在は実際に性別を変更しているようですが。
 
 彼女のOL風景、それから日々の細々とした生活は、女子的にはすごくささいな事なんだけど言われてみれば、というようなOL独自の世界。
 
 オカマさんだけどあくまで「普通の生活」をしている能町さんにすごく好感を持ち、かつ、同じような生活をしたいオカマさんは多いだろうな、と感じました。
 
 皆、別に派手な生活をしたいわけじゃないものねえ。 
 
 
 昔、勤めていた会社で、おしゃれの為に女物の服をきている男性がいましたが、皆に受け入れられてました。
 
 タイ国では「第三の性」として十分に市民権を持ち、教師とか事務員とか、普通の職業についているそうです。
 
 性を扱った職業でない限り、性別なんてどうだっていいじゃん。という社会に、なってほしいな、と、つくづく思います。

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2011年10月18日 (火)

こびとづかん -なばた としたか

こびとづかん (cub label)
大人向けかと思いました

 伝説の生き物。たとえばコロボックル、フェアリー、北欧のノーム。
 
 いたら嬉しいいです。
 
 それらの生態を書いた本は大抵の場合、同じように「いたら嬉しい」と思った人が作ったであろう感じでちょっと大人向け。絵本であっても実際買うのは大人でしょう。

 こげパン、たれパンダ、ポケットモンスター。
 
 生態は説明されてはいる本があっても、あきらかにこれはフィクションとわかる。ただ絵はとことんかわいいので、大人も子供も買うでしょう。
 

 で、この「こびとづかん」。

 本屋で売られているのをみて、ターゲットが大人なのか子供なのか悩みました。

 これは、自然界の中にいる、さまざまなコビトの生態を説明している、まさに「図鑑」。
 
 コビトは草むらにいたり、抜け殻があったり、きのこのようになっていたり。その生態は昆虫や植物とおきかえれば、そのまま通用するもの。でもコビト。
 
 そしてそのコビトは、決してかわいい絵ではない。キモカワよりも気持ち悪いより。
 
 
 大人だったら、少なくとも私みたいに気になっちゃう人は一冊は買うだろうけど、きっと何冊は買わない。
 
 じゃあ子供はどうだろう。これをみて、かわいい!ほしいと思うのだろうか。むしろトラウマになっちゃうんじゃないだろうか。
 
 ...なんて、思っていましたが、大人気のようですね。大変失礼しました。
 
 そうか、子供ははまるのかあ。
 
 しらない間に、子供のセンスはなくなってしまうのだなあ。しみじみと、大人になった事を感じてしまう、一冊でした。
 

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2011年10月16日 (日)

もしもし下北沢 -よしもとばなな

もしもし下北沢
下北沢に住んでいるのならば

 演劇にはまっていた頃、下北沢はよく行く場所でした。
 
 ネットなんて非日常だった時代、下北沢の雑多な商店街をうろうろしながら、本多劇場やスズナリの場所を探し、ついでにぴあMap片手に、雑誌に載っていた気になるお店を散策したりしてました。
 
 そんな頃にこの本が出ていたら、きっとはまっていたことでしょう。

 
 下北沢が舞台のこの物語は、実在するお店が山ほどでてきます。
 
 通り一遍の紹介ではない。それぞれの店主の人柄や、そのお店が持つ雰囲気が、ふんわりとあらわされている。
 
 しかもその説明がなければ物語はすすまない、というほどに、物語の重要なエッセンスになっていて、そこがまた、たまらない。
 
 京都の丸善に檸檬を置きに行くような、「小説ごっこ」を下北沢のあちこちでしたくなってしまう。
 
 
 関係ないけど、このところ、はまっていた「からくり侍 セッシャー1」と、コンセプトがよく似ています。
 
 似ているけれど、こちらの小説は、ちょっと違う。
 
 地域発展の為、とかではなく、「こんな素敵な場所でこんな素敵な人たちがいる」事を、記憶にとどめておきたかった。
 
 そういう、単純だけど素敵な気持ちがただよってきて。やっぱり、ばななさんはすごいな、と感じてしまう。

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2011年9月25日 (日)

複刻世界の絵本館―オズボーン・コレクション

複刻世界の絵本館―オズボーン・コレクション

絵本だけじゃありません

 全35冊中、20冊ほどを知り合いの知り合いから、いただきました。
 
 これは、絵本の蔵書数としては有名なオズボーン・コレクションから35冊を選んで、ほるぷ出版が復刻したもの。
 
 「おとぎのアリス(不思議の国のアリス)」や「長靴をはいた猫」のような有名なだけではなく、わらべ歌や風景の絵だけだったりする絵本はみているだけで楽しい。
 
 しかも絵本だけでなく、挿絵がグリーナウェイのカレンダーや、使い方がよくわからないボードゲーム、1777年版の世界地図まで。
 
 英語なので、いちいち読んではいませんが、うっとり眺めています。日本語解説書がついていてよかった。
 
 これは、どう考えても子供向きではなく、大人向き。わかっていてもやられちゃう。
 
 こういう復刻ものには本当に弱い。素敵すぎる。
 
 
 80年代の発売で、今は絶版のようです。
 
 バブルの頃だからこその企画。そういう意味ではバブルってよかったんだなあ。

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2011年9月22日 (木)

初恋 -中原みすず

初恋 (新潮文庫)
3億円事件そのものは重要ではない

 女の子はおそらく誰でもそうかもしれないけれど、大切な人との思い出は、何度も何度も反芻するものだ。
 
 反芻するうちに、美化してしまったりもするだろう。
 
 繰り返す度に、追加情報として周りの景色やお店の雰囲気なども一緒にイメージするだろう。
 
 そして、反芻するから、思い出も自分の気持ちも、ずっと忘れられず鮮やかになってゆく。
 
 私もそうだった。
 
 大事な大事な思い出を、何度も繰り返した。そのうち、思い出すたびに感じる痛みまでもが大事に思えて、痛む気持ちがなくならないように思い出すのを控えたほど。
 
 でも忘れてしまうのは怖いので、思い出すのを控える代わりに、それを文章にした。
 
 日記ではなく、記録風に。ただ、自分が感じた事は克明に。思い出を書くわけではなく、それを読んで、思い出がよみがえるように書いた気がする。
 
 
 「初恋」は、著者と同じ氏名の「中原みすず」さんが、「3億円事件を実行した経緯」も含めた高校時代から大学時代までの手記です。
 
 女子高校生が3億円事件の実行犯だった、というこの内容は、出版した当時話題になったようですが、当時は読んでいませんでした。
 
 同名で映画化されていて、そちらを観て興味を覚えて読みました。
 
 彼女が本当に実行犯かどうかは兎も角、ここにつづられている内容はほとんど実際にあった出来事であろうと、私は感じました。
 
 だって文章の雰囲気が、私が書いた思い出の記録によく似ている。何度も反芻した思い出である事が、はっきりわかる。
 
 「B」での仲間との出会い。「岸」さんとのやりとり。事件実行までの経緯。その後の事。その全てに彼女は感じた事をはっきりと残してるから。
 
 
 ただ、読んであんまり切ないので、彼女が書いたとおり、この手記を上梓した事を機に、「私から解放されている事」をひたすら願ってしまう。
 
 彼女が書いているとおり、心の時効はないにせよ、思い出を反芻するのはそれはもう麻薬のようなもので、愛しくて、次に進む根性を奪うものだと私は思うから。
 

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2011年9月 8日 (木)

桂よ。 わが愛・その死 -三宅 一郎

Amazonへのリンク

 森村 桂さんの著作は「天国に一番近い島」が一番有名だと思います。
 
 でも私が森村さんの名前を知ったのは、それを読む前。
 
 よく行く本屋にあった、森村さんの自作のケーキの本が好きで何度も立ち読みしたのが最初です。
 
 よくあるきれいなケーキじゃない、素朴なケーキ。シンプルきわまりないお菓子の写真と、読みやすいエッセイがついたその本を、何度も立ち読みして、とうとう最後は買いました。
 
 その後、あちこちの本屋、図書館で、森村さんの本をみかける度に読みました。当時はもう森村さんブームは一度すぎていたから、古本屋で昔の本を見つけると小躍りして買った覚えがあります。
 
 彼女の書く内容は、すごく素直で読みやすい。頭の中を直結しているのかと思うくらい、思うがままを書いている。そう思っていたけれど。
 
 後年、「続・天国に近い島」を読んで、そうではなく、むしろ、一生懸命みなに気を使って書いていたのだと知りました。
 
 そして森村さんが亡くなられてから数年後、夫のM・一郎さんこと、三宅氏がこの本を出版した事を知り、読んで、やはり、森村さんが一生懸命、たくさんの事に気を使ってきたことを知りました。自分の身どころか、精神を削ってまで気を使ってきたことを。
 
 
 夫だから、全てを書いていいかというと違うとは思います。
 
 この本は、ファンには知りたかった事が多く書かれているけれど、当事者だったら、ちょといたたまれなくなってしまう内容にまで触れています。
 
 ただ、きっと三宅さんは、恨み言を言いたかったわけではなく、桂さんに伝え切れなかった沢山の気持ちが、あふれてきてしまってどうしようもなかった。そんな気持ちで書いたのではないか、読みながらそう思いました。
 
 
 この本を読んでから、あらためて森村さんの本を読むと少し、せつない。
 
 残された人たちはいつだって、さみしいものだけれど。悲しいものだけれど。

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2011年9月 7日 (水)

水曜の朝、午前三時 -蓮見 圭一

水曜の朝、午前三時 (新潮文庫)
タイトルでサイモンとガーファンクルを思い出す人たちの物語

 大阪万博は、私の生まれる前の話です。「20世紀少年」でとりあげられてもありますが、いまいち、その熱狂はわかりません。
 
 わからないのに。この小説の大阪万博の記述を読んだ時、気持ちの中でかすめる記憶がありました。
 
 それは長野万博。実家の近所で開かれた事もあり、記憶に新しい。その人ごみと非現実さが、小説の中の風景とぼんやりとかさなりました。
 
 実際はその、何百倍の規模だったでしょうが。
 
 語り手である彼女が京都の町並みを歩く。その当時とは全く違うだろうに、自分の中の大阪の記憶とだぶる。夜の、京都ならではのいかがわしい闇が、やっぱりぼんやり浮かびます。

 テープに残された主人公の義母の告白が大半のストーリー。その生き方は身勝手で、奔放で、全く共感できません。
 
 共感できないのに、でも彼女の記憶の描写には共感してしまう。
 
 彼女が語る思い出は、はなはだ個人的なものなのに、なぜか普遍的な記憶として、自分の中の記憶を呼び起こす。まるで「となりのトトロ」のようだ。

 
 泣いたりもしなかったし、ストーリーに感動もしなかった。彼女の子供が、夫の子供ではないかも、と匂わせるあたりは、個人的に嫌いな展開ですらあるのに。
 
 なのに読み終わってから1週間、ちらほらと彼女の語った万博の記憶、恋の話が蘇える。
 
 食べ終えて、お会計をすませて店をでて、角を曲がった頃に、「おいしかった」と感じる。そういうお店を本当の名店と言うそうだ。
 ならばこの本は、名作と言ってもいいのだろう。

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2011年9月 2日 (金)

天と地の守り人 -上橋菜穂子

天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫)
とうとうシリーズ最終話
 
 「よその子供を守るために戦う女性」というテーマは、「エイリアン」しかり、「依頼人」しかり、映画ではよくありますが。

 小説では、ありそうでなかった気がします。しかもファンタジー。
 
 そして、守る理由が決して母性だけではない。それは、映画でも少ないんじゃないのだろうか。

 
 主人公の短槍使いバルサは女用心棒。
 
 皇子チャグムを暗殺者から守る「精霊の守り人」からはじまって、どのシリーズでも、いつでも、確実にか弱き者達を助けるのだけど、彼女の冷静っぷりは本当にかっこいい。
 
 ただただ無茶をするわけでなく、決して情にはおぼれない。冷たくみえるようなその行動は全て、守るべき者を守るとおすためにある。
 
 そんなクールなバルサも、シリーズを読みすすめてゆくうちに、ゆっくりとだけれど柔らかさを持ってゆく。それもまた心地よい。
 
 
 この「守り人」シリーズは、姉に薦められて読みました。
 
 「守り人」としての話が主題であるけれど、けれどそれ以外に各王国との派閥争い、精霊の世界(ナユグ)とのつながりが関わってくる。
 
 しっかりとした世界観があるからこそ、複雑な話でもすんなり読める。「守り人」にのめりこめる。
  
 シリーズ最初の「精霊の守り人」はNHKで原作に忠実なアニメになっているけれど、できたら原作を読んでほしい、と思います。
 
 ファンタジーはまず自分の頭の中に世界を作ってこそ楽しくて、
 
 このシリーズは、世界をつくるのに慣れていない人でも作りやすい、視覚表現豊かなファンタジー初心者向きだと思うから。

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2011年7月20日 (水)

魔女ファミリー -エレナー・エスティス

 魔女ファミリー 復刊したから、まだましなんでしょうが。

 子供の頃に読んで大好きだった本を、大人になってからどうしても欲しくて買うことがよくあります。

 でも児童書は意外と絶版されていることが多くて、そういうときは図書館で眺めるしかありません。
 
 古本でもいい!と思える場合もありますが、「子供の頃ほしかったから」という理由の場合、新刊が基本です。憧れのあの本を手に入れる、というシチュエーションが大事です。
 
 
 この本、私が読んだ時には「ガラス山の魔女たち」というタイトルでした。

 7歳の女の子の一言で、ガラス山に追放されてしまう大魔女と、彼女と一緒に住むちび魔女の話。
 
 7歳の女の子側の現実と、魔女達の現実が交じり合っているのに、不思議と違和感を感じない。
 そのうえ、女の子のお絵かきが魔女の世界に反映するのなんて、むしろ、女の子が魔女みたいなのに、それが普通に感じてしまう。
 マルハナバチのマルチが魔女と現実の境目にいるのが、またいい感じ。こんなハチが自分の庭にいればいいのに、と本当に思う。
 
 
 大人になって絶版なのを知り、がっかりしましたが、復刊ドットコムにすでに登録され、かつ、得票数の規定に達しているのをみたときは嬉しかった。
 
 同じように、この本を好きな人が多いのだなあ、ということもわかって、二度嬉しい。
 
 タイトルは変わってしまったけれど、もう手には入れたけれど、細々とでいいから、売り続けてほしいな、と思います。

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