2009年10月 1日 (木)

四季 春 -森 博嗣

四季 春 (講談社文庫)

著者:森 博嗣

四季 春 (講談社文庫)

考えなくてはいけないのが悔しい

 普段、会話が弾む相手は、例えば同じ趣味を持っている人、そうでない場合は同じ価値観を持っている人。

 そしてそれ以上に話しやすいのは、知識レベルが同じ事。それは差別するつもりはなく、どうしようもない事。当たり前の事。

 そんな事をこの本を読んで実感しました。

 それまでそんな事を意識してませんでした。気づいたのは森さんのFシリーズを読みすすめてからです。

 主人公の心の動きが、考えないと共感できない、すんなり理解できない。

 それは森さんの書き方のせいじゃない。私と主人公の知識レベルに雲泥の差があるからだ。認めるのは悔しいけれどそう思います。

 ただ、Fシリーズにはまだ遠慮が感じられる。知識レベルが低い、私のような読者にも、考えればわかるように、少しレベルを落としてくれている。

 それはおそらく、楽しい作業ではないでしょう。いい例えではないけれど、大人が小学生にわかるように会話をしてくれている、違う趣味の人に専門用語を説明しながら趣味の話をしてくれている。それと同じ事だから。

 

 でも、この四季シリーズでは、目線を下げてくれる事をしてくれていない。

 それは「スカイ・クロラ」を読んだ時も感じていた。

 ただ、「スカイ・クロラ」が舞台の世界観を「既にわかっている事」としているのに対し、四季シリーズは、主人公の知識レベルを「読者と同じレベル」とみなしてしまっている。

 だから悔しい。

 スカイ・クロラはかろうじて主人公の気持ちによりそう事ができる。

 けれど、真我田四季にはよりそえない。とてもとてもついてゆけない。

 考えてわかるようでは、本当にはついてゆけない。すんなり共感できるには、持って生まれた感覚が優れていないと無理なのじゃないかと思うほど。

 自分がそれを持っていない事を、ほとほと悔しい気分になりながらも、それでも読んでしまう。

 それこそ、大人の話をこっそり盗み聞きしている子供の気分で。

 わからないなりにも、少し背伸びできたような気分で。

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2009年9月13日 (日)

獣の奏者 -上橋 菜穂子

獣の奏者〈1〉闘蛇編 (講談社文庫)

著者:上橋 菜穂子

獣の奏者〈1〉闘蛇編 (講談社文庫)

どの世界でも、痛みは同じ

 なんて、まっすぐに、世界の矛盾にむきあう小説だろう。怖いくらいだ。

 最初に「守人」シリーズを読んだ時には、それはかすかに感じるくらいでしたが、この「獣の奏者」ははっきりと感じました。

 ファンタジーと呼ばれるものを読んで怖い、と思ったのは、荻原規子さんの「空色勾玉」以来です。あの話を読んだ時に感じた不安感。

 世界には、知らずに目をつむっていた矛盾があることを指摘される。安定した世界だと思っていたのに、実はそうではない、と気づかされる。

 知らずに当たり前だと思って行っていることが、相手にとっては残酷であることに気づかされる。それがたとえ、獣であっても。

 

 「獣の奏者」は、一人の少女の話です。

 「闘蛇」と呼ばれる獣を操る村で育ち、後に「王獣」という、誰をも慣らしたことがない獣を心を通わせてゆく。

 その彼女を利用する者がいる。また、彼女の行為を禁忌とする一族がいる。

 彼女はそのどちらも良しとはせず、自分の信じた道をゆく。

 決して、自分勝手ではなく、自身も矛盾を抱えながら、彼女は決めた道を歩いてゆく。どんなの険しくても。

 

 私が感じた不安の正体は、きっと自分の卑怯さ、臆病さ。

 人から与えられている世界を、疑問に思わず受け止めている、その事実に気づいたからに他ならない。

 つむっていた目を開くのは痛いし、怖い。 開いてみえる景色が素晴らしい事は本当に少ない。

 でも、開かないと、美しい景色もみえないのだ。

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2009年5月26日 (火)

ブラック:ティー ー山本文緒

ブラック・ティー
バラの名前です

 小学生の頃、近所の酒屋でお菓子を万引きしていました。

 していました。つまり、一度や二度ではありません。でも10回には満たない回数だったと思います。

 手に入れたお菓子は、100円未満の駄菓子です。小学生にとって、100円以上のお菓子は高価で、恐れ多かった。

 万引きは犯罪ですが、もしお金を払っていたとしても、家にもって帰ってばれたら、買い食いの罪です。つまり、そのお菓子は二重の罪をもつものでした。

 お小遣いをもらっていなかったといえど、駄菓子を買うくらいのお金はありました。スリルを求めていたわけでもありません。

 第一、顔見知りの近所のお店です。もしかしたら、お店の人は知っていたのかもしれません。

 

 この本は、そういう、自分にとって心苦しい罪の数々を思い出させる短編ばかり。

 犯罪になるもの、犯罪ではないもの、そのどちらの場合も、主人公の心の奥底で、「悪いこと」と知っている、もしくは思っているが共通点。

 誰だって、思い出すとチクリと痛い罪がある。それは棘で、決して針のようではないけれど、でも、決して抜けない。

 その棘は皆がもっている。でも、だからといって正当化されはしない、あくまで個人的な痛み。それを抱えて、皆、生きている。

 山本さんの本は、いつもそうだ。やりきれないものを直視させる。

 

 小学生の私はある日、決心して、万引きにいっていたお店にいった。

 そしてお菓子の並ぶ棚のすみに、500円札をたたんで置いてきた。

 罪滅ぼしのつもりのその行為すら、最後まで正直に謝れなかった卑怯な思い出として、今、棘になっている。

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2009年5月13日 (水)

沖で待つ -絲山 秋子

沖で待つ (文春文庫)

友情が生まれる最後のチャンス

 転職をしてしまっているので、職場の同期、というものに縁がありません。

 全くないわけではないです。最初にした仕事の同期とは年賀状のやりとりは、かろうじてしている程度です。

 ただ、その職自体、普段の業務では同期と接触することはゼロに近い職だったので、同期と仕事をする機会はありませんでした。

 今、同じ職場の新人の子が、同期と飲みに行く、という話をしているのを聞くとうらやましく思います。

 学生時代のノリと、社会人、特に同じ空間にいるという立場を同時にかねそなえている相手は、おそらく同期しかないと思うから。

 

 「沖で待つ」はそうした同期との友情の物語。

 プライベートを細かく相談するほど仲がよいわけでなく、仕事の愚痴を事細かく言ってしまえるほど距離が近いわけでもなく。

 なのに、誰よりも心情が、多分「なんとなく」察してもらえる相手。誰よりも仕事について気軽に「お願い」できる相手。

 新卒で入った会社でしか作れない、そんな友情を淡々と、でも丁寧に書かれている。

 同期っていいな。

 新人の話を聞いているよりもリアルにそう思いました。私のように、年賀状のやりとりだけでは、築き上げられない確かな信頼。それを育てられるチャンスを持っている新人が、もっとうらやましく感じてしまう。

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2009年5月 8日 (金)

ねこは猫の夢を見る -ねこ新聞編集部

ねこは猫の夢を見る  /『ねこ新聞』編集部/監修 [本]

持ってはないけど欲しいです

 散歩の途中で見つけた本屋に売っていました。

 月刊 「ねこ新聞」。

 A4版8ページほどの新聞です。何かの特別版で発売されたものかと思ったら、ちゃんと新聞。そのお店ではバックナンバーも扱っていました。

 バックナンバーのうち、「100年目の吾輩ハ猫デアル」特集のものを買って帰りました。理由はその号の表紙の猫が気に入ったから。

 

 手に入れていないので予測でしかないのですが、この「ねこは猫の夢を見る」は、このねこ新聞の毎号の表紙を飾っている画と詩の組み合わせをまとめたもののようです。

 バックナンバーとしてみた表紙はどれも魅力的な画で、そしてその画にふさわしい詩が確実にチョイスされてました。それをまとめた画集なら、猫好きにはたまらないに決まってる。

 

 ところでねこ新聞。私が知らなかっただけで有名なようで、ぐぐったら何千件もヒットしました。

 ねこ新聞の公式HPもありました。(ねこ新聞 HP

 ちなみにねこ新聞も公式HPも、猫が集まってくるような、柔らかく、あたたかく、ひだまりのような印象です。

 これを購読されている方たちが多くいる。そう思う、それだけで世の中まで暖かく感じて嬉しくなる。

 それくらい、ゆったり、のんびり。つまり、猫みたいな新聞なのでした。

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2009年4月17日 (金)

夜は短し歩けよ乙女 -森見 登美彦

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

著者:森見 登美彦

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

黒髪の乙女はいつも愛らしい

 森見さんの書かれる京都、そして大学はいつもいつも魅力的だ。

 「こうあってほしい」と思う京都の、春の夜、夏の夕暮れ、冬の木枯らし。

 「こうでなくっちゃ」とわくわくするような、はちゃめちゃなコンパ、妖しいサークル、学園祭。

 そんななかを、黒髪の乙女は勇敢にてくてく歩き、軟弱かつ硬派な主人公はいつもの森見節で妄想をかます。

 古風なタイトル、古風な文体にまどわされてはならない、だまされちゃいかん、と思いつつ、はまってしまう。

 それにしても、パンとご飯、どちらを選ぶか? の問いに、「ビスコを食べればいいのです!」、なんて、きっぱり答えるような黒髪の乙女。

 こんな女の子がいたら、私だって、あんまりキュートで抱きしめてしまう。

 森実さんはわかってる。こういう女の子こそ、「萌え」の対象だ。

 メイド服で「ご主人様」なんて言われるよりもずっと。

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2009年4月14日 (火)

船を建てる -鈴木 志保

船を建てる 上 (1)

船を建てる 上 (1)

著者:鈴木 志保

船を建てる 上 (1)

一読ではもったいない

 「ぶーけ」という雑誌に連載されていた、この漫画。

 連載当時は、さっぱりわからなかった。

 哲学的というにはあまりにカッコいい。でも、そのカッコよさのお陰で深く考えずに、さらっと読んでいた。

 気になりだしたのは、何年もたってから。

 コーヒーと煙草という名の、二匹のアシカの会話が妙に心に残っていて、単行本をさがしてみたものの、絶版でした。

 気になって気になっていたら、最近、この復刻版をみつけて即決で買いです。大人ってすばらしい。

 

 再読して。でもやっぱり難しい。

 子供の頃と違って、意味を考えてしまう分だけ、おそらくもっと難しい。

 ささいな問題提起や、言葉の意味や、ラストのオチを考えてしまう。考えながら、でも、思う。

 誰かがそばにいるって幸せなことなんだと。

 一話完結の、この話はそれぞれ全く違うのに、何故だかそういう読後感。

 きっと何度も読むでしょう。

 読んであきても、きっと捨てられず、ずっととっておく。

 コーヒーと煙草に会うために。

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2008年5月12日 (月)

あすからの賃貸生活お助けマニュアル

あすからの賃貸生活お助けマニュアル
配信元:電子書店パピレス
提供:@niftyコンテンツ

色んな物件があるんだな、と実感

 今、住んでいるアパートには、もう長く住んでます。

 更新時期にタイミングを逃し、次こそ引っ越そう!と思ってはや2年。

 今年、引越しを決めてはいましたが、うっかりして更新月を一月間違えてました。

 おかげで次の場所を決めるのに、そして契約するのに、引越し準備をするのに、今、ものすごくバタバタしてます。

 ...というのがブログ更新をさぼっていた理由です。はい、ただの言い訳です。

 

 このマニュアル本は、今住んでいるアパートを探す時に買いました。

 漫画でおもしろおかしく体験談を書いてある。普通に楽しく読みました。

 役にたったか?といわれると、答えは「いいえ」。

 買ってよかったか?といわれると、答えは「はい」。

 「せっかくのイベントだから楽しんじゃえ!」。そういう気分にさせてくれました。

 

 今回もバタバタしながらも、イベントとして楽しめました。あちこちの不動産をまわって決めた町は、ほどよく田舎で、海も山も今までより少しだけ近い。

 まだまだ見知らぬ場所だから、その景色はちょっとだけそっけない。

 でも、きっと好きになる。

 自分の足で、大好きな場所をじわじわ広げる幸せをかみ締めながら、今夜もダンボールと格闘する。

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2008年4月 1日 (火)

鬼譚草紙 - 夢枕 獏,天野 喜孝

鬼譚草紙

鬼譚草紙

著者:夢枕 獏,天野 喜孝

鬼譚草紙

桜の木の下はいつも甘美で妖しい

 せっかく桜が満開の週末だったというのに、梅もまだ咲かない実家に帰省してました。

 実家には、昔買い揃えた本が何十冊も置きっぱなしです。いい加減に引き取らねばと思いつつ、ふと読み返したくなった本だけを何冊か持ってかえってお茶を濁している状態です。

 この本も、ずっと実家に眠ってました。今回、桜つながりで思い出して持って帰ってきたものです。

 

 恋にうつつをぬかすことが雅だった平安時代が舞台の掌編集。

 人が鬼に代わるほどの想いがあることを、皆、普通に知っていた時代。

 桜の時期にあらわれた鬼は恐ろしく、鬼に魅入られた姫は美しい。

 その二人が桜の木の下でむついでいる姿は、想像するだに妖しく美しい。

 花びら色の姫と桜の木肌のような黒い体の鬼が、桜の木の下でむつぐ姿は、きっとほとんど桜と同化していただろう。

  

 夢枕さんが描き出す平安時代はいつだって、妖しく美しい色気に満ちている。その上、季節は桜まい散る春の話だからなおさらだ。その上、天野さんのイラスト入りなのだから、この本は筋金入りだ。

 桜の下では誰もが狂う。けれどその狂気は、ぞっとするほど美しい。

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2008年3月23日 (日)

華麗なる一族 山崎豊子

華麗なる一族〈上〉 (新潮文庫)

華麗なる一族〈上〉 (新潮文庫)

著者:山崎 豊子

華麗なる一族〈上〉 (新潮文庫)

ドラマはみてません

 山崎豊子さんの名前をはじめて聞いたのは、NHKの大河ドラマ「山河燃ゆ」でした。

 日系アメリカ人の戦中戦後を描いた話です。小学生の私にもインパクトは強烈でずっと気になっていました。

 原作は「二つの祖国」。この間、図書館でふと思い出し探しましたがみあたらず。代わりにこの「華麗なる一族」を借りました。

 ゴージャス。

 その生活ぶりは確かに今と時代考証が違うことを差し引いてもすごい。でも一番ゴージャスなのは、万俵家の家族の愛憎の度合い。

 「華麗なる一族」の「華麗なる」部分は決してその生活をさしているわけではないことを知りました。

 キムタクのでていたドラマはみてません。ですが、読み始めてすぐ、どの役をキムタクがやったかは想像がつきました。 おかげで彼がでてくる部分は勝手に頭にキムタクがうかびます。おまけにドラマをみていない分、頭の中のキムタクの演技は素晴らしくて。

 DVDを借りて観ようかと思うのに、がっかりするのが怖くて躊躇しちゃいます。

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2008年3月 2日 (日)

トラブル・クッキング -群 ようこ

トラブル・クッキング (集英社文庫)

トラブル・クッキング (集英社文庫)

著者:群 ようこ

トラブル・クッキング (集英社文庫)

おもしろおかしくも冷静。

 群ようこさんは天才だ、と気づくまでしばらくかかりました。

 はじめて「無印OL物語」を読んだときは、ふーん、と思っただけです。当時、学生だったのでOLの実態がわからない。

 同じOL世代が書かれているのなら田辺聖子さんの小説の方が、大阪弁が小気味よくて好きでした。

 

 社会人になって、この「トラブル・クッキング」を読んだときもやっぱりその凄さはわかりません。

 私だって同じような失敗をしてる、同じような思いをしている。特に、絶賛するほどの内容でもなかろうと。

 

 この本を昨年買いなおしたのは、掲載されていた「ほうれん草のチャーハン」の作り方を知りたかったから。

 再読して思いました。群さんは、天才だ。

 料理をする人なら誰もが経験するであろう失敗、誰もが感じる感想を的確に捉え、共感させる。しかも料理本として期待する人ならば誰もが当にしっている情報を、退屈させずに読ませる文章。

 それを、この程度なら、と誰にでも思わせちゃうほどに自然で、巧みにみせれる人はそういない。

 さすが「かもめ食堂」を書いた人だ、とうなってしまう。

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2008年2月 2日 (土)

鏡のなかの鏡-迷宮 -ミヒャエル・エンデ

鏡のなかの鏡―迷宮 (岩波現代文庫)

鏡のなかの鏡―迷宮 (岩波現代文庫)

著者:ミヒャエル エンデ

鏡のなかの鏡―迷宮 (岩波現代文庫)

ウロボロスの蛇のよう...

 ミヒャエル・エンデを知ったのは、映画「ネバーエンディングストーリー」からです。

 映画をみてその世界に憧れ、その原作、「はてしない物語」を中学校の図書館でみつけたのが最初です。

 映画よりさらに深い、卵の中にまた卵があるような、そんな印象の原作にすっかりやられました。

 美しい時間の花に魅了される「モモ」、どこまでも前向きな「ジム・ボタン」シリーズ。

 どれもどこか多重構造や、メビウスの輪のような、めぐるイメージがある。ような気がしてひかれます。

 そして、どこか薄暗い。光と対極の闇ではなく、アジアの混沌ともまた違った、光り続けることに少し疲れた、退廃的な影。

 同じドイツ人のゾーヴァの絵にもそれは感じます。民族性かな?と思うのは偏見かもしれませんが。

 

 「鏡のなかの鏡」はその最もたるもの。

 これは童話ではありません。連作の小説集です。

 正直、はじめて読んだときは、「???」の連続でした。今もはっきりとその意図はわかりません。

 とても読みづらい。読みづらいのだけど、手放せない。

 年に一度くらいは手にとって読み返し、納得のいかないままの読後感。

 サブタイトルは「迷宮」なので、作者の狙いどおりの読者なのかもしれませんが。

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2008年1月30日 (水)

てぶくろ

てぶくろ―ウクライナ民話

てぶくろ―ウクライナ民話

著者:エウゲーニー・M・ラチョフ,うちだ りさこ

てぶくろ―ウクライナ民話

 民話ならではの、シュール

 家から会社までの通勤のうち、外に出るのはほんの5分ほどなので、さほど天気に影響されません。

 けれど帰りに散歩するには、手袋なしでは耐えられない。

 手袋を買いにいって、ふとこの民話を思い出しました。

  

 人間のてぶくろなのに、うさぎやらクマやらがもぐりこもうとする、シュールな絵と話も印象的でしたが。

 話の一番最後。

 動物たちが逃げていった後に、落とした本人が、また手袋を拾って帰る。そのシーンが子供ごころに心配でした。

 てぶくろはのびていないだろうか。普通に使えるのだろうか。

 それ以前の部分がおもしろいというのに、なんでそんな部分が気になっちゃうのだか。

 

 散歩はラフな格好でざくざく歩くのが好みなので、手袋もおしゃれなものでなく、この絵にあるような、しっかり暖かそうな、丈夫なものを望みます。

 落としたら、ねずみもクマもうさぎもよってくるような、丈夫な暖かい手袋。

 そんな手袋があったなら、いっそ私もそのなかにもぐりたい。

 そんなシュールなシチュエーションをうっとりと思いつつ、今日もまだ、手袋、買ってません。

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2008年1月23日 (水)

不倫は家庭の常備薬 - 田辺 聖子

不倫は家庭の常備薬 (講談社文庫)

不倫は家庭の常備薬 (講談社文庫)

著者:田辺 聖子

不倫は家庭の常備薬 (講談社文庫)

名言だと思う

 結婚をしたことないので、結婚して、好きな人と四六時中一緒にいる場合のストレスがどの程度かはわかりません。

 好きだからこそのストレス。

 例えば。

 兼業主婦なら仕事から帰ってすぐ家事をこなしても当たり前と思われる。

 専業主婦なら人と話す機会がなく、旦那さんは仕事で忙しくて、帰ってきてもあまり会話もない。

 旦那さんは仕事でつらくても家庭ではそれをみせられない。

 それでも、相手に優しい顔で「おかえり」をいいたい。明るい顔で「ただいま」をいいたい。そのためのストレス発散。そのために他の人と少しだけ息抜きをすることが、いいことか悪いことか。

 実際にその立場にならないとなんともいえません。

 ただ、相手がそれをした場合にも許せる人ならば「あり」なんじゃないか、と思います。もちろん、相手には死ぬ気で隠すこと、それが第一条件ですが。

 

 この「不倫は家庭の常備薬」は、まさにそういう話ばかり。

 読んだ時には、やっぱり皆、同じことを考えるものだな、と思いました。

 しかも書いているのは、田辺さん。うますぎる。

 どの主人公もあっけらかんとしていて、明るくて、やっぱり、私としては「あり」なんじゃないかと、思ってしまう。

 

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2008年1月18日 (金)

赤毛のアン - モンゴメリ

赤毛のアン

赤毛のアン

著者:モンゴメリ,村岡 花子

赤毛のアン

 白い花と緑ひろがる場所ではねまわる赤い髪

 実家には、「赤毛のアン」が二冊ありました。

 小学生用の少し優しくかかれたものと、中学生用らしい原作をそのまま訳したもの。

 どちらにも少しだけ挿絵がついていて、そのどちらをみても今一歩わからなかったもの。

 それはアンの憧れた「ふくらんだ袖」のドレス。

 挿絵をみると、片方はお姫様のような膨らみ方の袖で、片方は袖が3つに絞られていてまるで芋虫。

 今思うと「膨らんだ袖」とは、最近はやりの「パフ・スリーブ」で、そのふくらみは緩やかなものなのでしょうが、当時の挿絵の人は時代背景などまで考えてはいないのでしょう。

 挿絵をみてもどうしても、かわいい服には思えませんでした。

  

 そして今でも読むたびに感じること。

 アンは確か、赤や水色の服にも憧れていたはずなのに、どうしてリンド夫人は濃い茶色の服を作ってあげたんだろう?

 確かに赤毛の彼女には茶色の方が似合っていたのかもしれないけれど、それでも一度くらい、カラフルな洋服を作ってあげてもよかったんじゃないか、と思う。

 アンのためにマシューががんばるこの章は大好きですが、それだけがちょっと不満です。

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2008年1月11日 (金)

謎ジパング -明石 散人

謎ジパング―誰も知らない日本史 (講談社文庫)

謎ジパング―誰も知らない日本史 (講談社文庫)

著者:明石 散人

謎ジパング―誰も知らない日本史 (講談社文庫)

鵜呑みにしそうでこわい

 京極夏彦さんの「京極堂」シリーズの時折でてくる「明石の先生」。

 何者だろう?そのうちきちんと話の中に、出てくるだろうと思っていたのになかなかでてこない。

 そう思って調べてみたら、現在も執筆されている作家さんのことでした。

 

 そんなわけない。あれは昭和30年代の話なのに。

 どうして今も、小説に書かれているとおり築地に事務所を構えてるんだろう。

 著者近影は老人じゃないのだろう。

 なんて思ってました。

 

 京極堂シリーズで知り、読み始めた私のような人は多いでしょう。

 明石 散人は覆面作家です。

 自らの小説で、もろ主人公とキャラかぶってる。

 内容は、神秘的と痛いギリギリのラインのものが多い。

 覆面作家と知って納得のいくことばかりです。名前からして「散人」 つまり、「いない人」。

 ネットで調べると、「おそらくこの作家さん」という予想はつくけれど、無粋なのであえて追求せず。 

 でもこの人の書く話。荒唐無稽なわりに説得力あり。

 もし中学生頃に読んでいたら丸ごと信じちゃっていたかもしれない。

 今ですら、本当のホントはやっぱり事実はこちらじゃなかろうか?なんてちょっと思ってます。

 そう思わせてくれる材料の数々、説得力。たまに一冊取り出して読んで、もしかして、と思う。そんな読み方がいいようです。

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2008年1月10日 (木)

クワイエットルームにようこそ - 松尾 スズキ

クワイエットルームにようこそ (文春文庫 ま 17-3)

クワイエットルームにようこそ (文春文庫 ま 17-3)

著者:松尾 スズキ

クワイエットルームにようこそ (文春文庫 ま 17-3)

それは最後にたどり着く場所

 ちゃらんぽらんな性格にみえたって、案外根は真面目。

 真面目そうな性格にみえたって、冗談だって言う。

 そういうものだってわかってはいるけれど、それでもやっぱり、基本の性格として、上澄み型と沈殿型はいると思う。

 そして私は、まちがいなく後者だと思う。

 真面目といえば聞こえがいい。けれど度がすぎるとうざったい。

 そして不幸なことに、自分がうざったい事に気づいてしまうほどに、沈殿してしまう場合。

 それでもなお、気づいてはいけないと、目をつぶった時。

 私もクワイエットルームに行く可能性は十分ある。

 

 クワイエットルームはそういう場所。

 それでも目をつぶり続けるよりは全然いい。

 だからどうか、目をつぶり続ける強さをどうぞ自分はもっていませんように。

 耐えられず、悲鳴をあげる程度の弱さをどうぞもっていますように。

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2008年1月 8日 (火)

魔術はささやく -宮部 みゆき

魔術はささやく (新潮文庫)

魔術はささやく (新潮文庫)

著者:宮部 みゆき

魔術はささやく (新潮文庫)

誰もが弱くて誰もが優しい

 ネットやTVでニュースのうち時折、動機がよくわからない、でも解決済みではある事件や出来事が報道されることがあります。

 そういうニュースの続報はめったにお目にかかりません。よほど大事でないと動機だけではニュースにはなりません。そういうとき、不謹慎な言い方ですが続きが気になります。

 動機を知っても理解できないものに関しては、当事者達の過去や背景や思いが知りたくなる。加害者と被害者とその両方のを。

 自分が当事者でないからこその、この無責任な好奇心。それが相手をどれだけ傷つけるかが、私には本当にはわかってないのでしょう。

  

 宮部みゆきさんは、そのへんがよくわかってる。

 わかってて、私の無責任な好奇心をみたすような描写をする。そのくせ、どんな登場人物にも共感してしまうほど、優しい目線で表現する。

 おかげで誰のことも、嫌いになれない。理解してしまう。

 「無限に続く言い訳を聞くつもりか?」。登場人物の一人はそういうけれど。「その行為は自分の魂を削ることだ」というけれど、それでもやっぱり。

 聞いてあげてもいいや、なんて思うほどに皆、弱い。受け入れたくなるほどに、皆、弱くて、優しい。

 

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2007年12月27日 (木)

間宮兄弟 -江國 香織

間宮兄弟 (小学館文庫 え 4-1)

間宮兄弟 (小学館文庫 え 4-1)

著者:江國 香織

間宮兄弟 (小学館文庫 え 4-1)

この兄弟を支持します

 木登り、ざりがに釣り、とんぼとり。屋台の金魚つり、ヨーヨーすくい、三角くじ。 

 漫画を歩きながら読む。歌いながら歩く。買い食いをする。

 今でもやりたいそのどれもが、今やると変わり者扱い。

 すごく不思議です。

 興味があった事に興味がなくなる。楽しいと思わなくなるタイミングは一体なんなのだろう?

 かつて同じ趣味を持っていた友達が、いつの間にか趣味からとおざかっている。

 「時間がなくて」とみな言うけれど、興味そのものもなくなっているのがはっきりわかる。

 なくなったのは、時間が先か興味が先かわからないけど。

 彼らはいつ、どんなタイミングで遠ざかってしまうのか。

 私にはどうしてそのタイミングがこないのか。

 

 ずっとそう思っていたので、この「間宮兄弟」を読んだとき、彼らの生活をとてもうらやましく思いました。

 それと同時にちょっと怖くなりました。

 変わり者に拍車をかけることを許されちゃった気がして、間宮兄弟にみならって、自分も同じ生活をしてしまいそうになってしまう。

 

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2007年12月18日 (火)

贅沢な恋人たち -村上 龍 他

贅沢な恋人たち (幻冬舎文庫)

贅沢な恋人たち (幻冬舎文庫)

著者:村上 龍

それぞれの選んだホテルに個性がでてる

 森 瑶子さんの「ホテル・ストーリー」が好きでした。

 各国のホテルでくりひろげられる男女の世界。とてもゴージャスで、けれど、そのホテルの中ならばおきそうな出来事。

 この「贅沢な~」シリーズは森瑶子さんの話が最初にあり、そこから企画があり、作られた、というような話をどこかで聞いた気がします。違うかもしれませんが。

 村上龍、山田詠美、林真理子。大好きな作家さんたちの短編集はそれだけでお得感満載なのに、同じテーマでそれぞれの素材で。

 個人的に好きなのは、森瑶子さんの「東京ステーションホテル」と藤堂志津子さんの「乾いた雨」です。

 どちらも女の人が一人。ラストは全くちがうけれど、どちらも惑い、どちらも決断するところは同じ。

 どちらの主人公を、自分が望んでいるのかはわからない。けれど「東京ステーションホテル」と「ハイアット・リージェンシー」には泊まってみたくなりました。

 贅沢な恋人たちになりたいわけではなく、ただの「ごっこ」遊び。

 贅沢すぎてとてもできませんが。

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2007年12月 4日 (火)

大きい1年生と小さな2年生 -古田 足日

大きい1年生と小さな2年生 (創作どうわ傑作選 1)

大きい1年生と小さな2年生 (創作どうわ傑作選 1)

著者:古田 足日

大きい1年生と小さな2年生 (創作どうわ傑作選 1)

ホタルブクロの花にあこがれました

 小学校にあがってはじめての家庭訪問だったと思います。

 担任は、おじいちゃん先生、でも決して好々爺タイプではありません。キビキビと話す、むしろ厳しいタイプの先生でした。

 自転車に乗ってやってきた先生は、出迎えた私に無地の、茶色の紙に包まれたものを、「ほら。」とぶっきらぼうに渡しました。

 わけがわからないまま、受け取りました。それは一冊の本、この「大きい1年生と小さな2年生」でした。

 お母さんにはもちろんすぐに報告しました。お母さんが先生にお礼を言っていたかどうかは覚えがありません。

 ただ、お母さんに、「この事は友達にいっちゃいけない」と口止めをされたことを覚えています。

 だから、本のお礼をいえぬままでした。先生は、3年生まで担任をしてくれた後、転任されてゆきました。

 

 いまだに何故、本をくれたのかわかりません。

 ただ、この担任の先生に限らず、小学生の頃、何故か私は年配の先生に受けがよかった。

 転任式で去るときに、全校生徒のみているなかで、私に握手を求めてきたクラブの顧問の先生。

 教わってもいないのに、声をよくかけてきた、隣のクラスの先生。

 贔屓というのともちょっと違う。

 今でもすごく不思議です。

 先生達は、私をみて、私の何を気に入っていてくれていたのだろう。

 あの頃の私に、一体何をみていたのだろう。

 

 この本のなかで主人公が、今まで怖かった道を通れるようになった後、仲がよい友達に、「大抵の道は(いつかの)はじめての道なんだ。」というシーンがあります。

 この本の登場人物のように頑張れと、そういう意味であの先生がくれたとしたら。

 深く感謝します。

 今でもこの言葉は私に根付いてる。

 「大抵の道はいつかのはじめての道。だからきっとそのうち、もっと遠くまでいけるようになるに違いない。」 

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2007年11月27日 (火)

チョコレート戦争 -北田 卓史,大石 真

チョコレート戦争 (新・名作の愛蔵版)

チョコレート戦争 (新・名作の愛蔵版)

著者:北田 卓史,大石 真

チョコレート戦争 (新・名作の愛蔵版)

シュークリームが食べたくなる

 クリスマス以外にケーキ屋さんのケーキを食べれる時は、お客様がきた時。

 しかもお客様が食べなかった時に限ります。

 子供のためにケーキを買ってくれる、なんてことは滅多にありませんでした。

 だから、この「チョコレート戦争」に出てくる主人公が、エクレールを食べるシーンは、よだれもの。

 しかもエクレール、なんてケーキは食べたこともない。長いこと憧れでした。

 

 「チョコレート戦争」は、ケーキ屋さんと小学生の戦い。無実の罪をはらそうとする小学生と、かつて夢を大きくもっていたケーキ屋さんとの戦いは、子供側はもちろん、ケーキ屋さん側も、ちょっと子供じみてて楽しい。

 そして仲直りの方法も、ちょっと幼稚でやっぱりかわいい。

 頑固で、でも、甘々。それは理想の甘さ。子供が喜ぶケーキを作る人にふさわしい。

 

 後年、エクレールは、エクレア、という名前で出会い口にしました。でもそれは想像の中の味に似て異なるもの。

 やっぱり「金泉堂」のエクレールは、自分にとってはずっと憧れ。

 味わうために、「チョコレート戦争」を読み返す。

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2007年11月21日 (水)

大正時代の身の上相談

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

大正時代の身の上相談 (ちくま文庫)

いつの時代は悩みはかわらず...

 大人になったらこれだけは言うまい、思うまいと思っていたのに言わずには、思わずにはいられないこと。

 子供の頃から知っている子に向かって、「小さい頃はこうだった」と、思い出話をいう事。

 若い子をみて、将来、大丈夫かと思ってしまう事。

 説教したくなること。

 嫌だ嫌だと思っていたことなのに、やっぱり感じずにはいられない。

 

 同じように、何度も言われたりしても、自分で実感するまではとても信じられなかったこと。

 大人が決して、大人なわけではないこと。

 言わなくてもいいことを言わずにいられるようになること。

 そして、年とともに、恥ずかしい事が少なくなってくること。

 本当に不思議です。

 

 だから思う。

 「大正時代の身の上相談」に乗っている、当時の読売新聞の身の上相談に相談毎を寄せたかつての若者たちも、きっとなんとかなったのだろう。

 人生をなんとか切り抜けて生きていっただろう。

 もう、ご存命な方はほとんどいないとは思うけれど、その、悩み方を少しほほえましく思う。

 

 

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2007年11月19日 (月)

しゃべれどもしゃべれども -佐藤 多佳子

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

著者:佐藤 多佳子

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

落語家の裏もみえてまた楽し

 子供の頃、よく吃音がありました。 

 「おかあさん」と呼ぼうとしているのに、口は「おじいちゃん」、や、「おばあちゃん」と言いそうになり、結果、「おじ、おば、おね、お、お母さん」と言った具合に話していて、兄弟によく笑われました。

 ただし、この本、「しゃべれどもしゃべれども」にでてくる吃音の人のように、緊張のせいではなかったと思います。 緊張してどもるというより、頭の回転に口がついてゆかない、という感じです。別に頭の回転が特別良いわけではないですが。

 そして彼のように、それを恥ずかしいというようには、全く思いませんでした。今でも時折どもることがありますが、全く恥ずかしいとは思いません。

 どもってしまうことが、恥ずかしい事であることだ、治させなければと、誰も言わなかったからでしょう。

 笑われる事はあっても、嫌な笑い方をする人がいなかったからでしょう。

 幸せな事だと思います。

 

 

 「しゃべれどもしゃべれども」は、ちょいと自信をなくしかけてる落語家が、ひょんなことから、ひょんな事から話ベタな人達に落語を教える話。

 どもってしまう人、素直になれない人、口先だけで話すことができない人。悩んでいる人達に接するうちに、主人公が自分自身の悩みにもぶつかってゆく。良くあるベタな話といえばそれまでですが。

 完全に解決しないところがいい。それぞれの悩みが、それぞれに変わっていく、それをほのめかすくらいでとめてあるところが、とてもリアルで納得がいく。

 そうだよね、と、自分の悩みを認めたくなる程度の、励ましをされたような、そんな感じがして、とてもよい。

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2007年11月 7日 (水)

葉桜の季節に君を想うということ -歌野 晶午

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)

著者:歌野 晶午

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫 う 20-1)

古風なタイトルがミソ

 やりたい事に、年齢など関係ないと思っている。

 けれど、世間が許さない時がある。大抵の場合、世間が許さないだろう、と自分自身が縛っているだけだけれど。

 不思議な事に、他人がちょっと世間様と外れた事をしているとすぐに非難する人ほど、 自分がやりたい事にためらっている時は背中を押したがってもらう。

 なんだかな、と思いつつ、そういう時には素直に背中を押してあげることにしている。

 やりたい事をやればいい、それが健やかにすごす方法だとも思っているから。

 

 

 この「葉桜の季節に君を想うということ」。ネタばれになってしまうので詳しくは書かないけれど、この主人公の気持ちに賛同します。

 嘲笑われるかもしれない、けれど誰も邪魔などしないのだ。

 やりたい事をやるのが一番いい。いつだってそう思う。

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2007年10月31日 (水)

だれも知らない小さな国

だれも知らない小さな国 Book だれも知らない小さな国

著者:佐藤 さとる
販売元:講談社
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ひっそりときっと今も存在する

 小人の話としておそらく最初に意識して読んだのは、小学校の教科書にのっていた「チックとタック」。

 夜中にいたずらをし、最後にわさび入りにお寿司を食べちゃう彼らも好きでしたが。

 一番、長い付き合いで思い入れのある小人といったら、この佐藤さとるさんの書く、コロボックルのシリーズです。

 

 

 主人公のせいたかさんは、小山に住んでいる彼らと子供の時に出会い、けれどその時は交流をもたない。

 一度きりのその体験。普通なら不思議な思い出としておわるところですが、せいたかさんは違う。

 忘れずに大人になって、しかもその小山に住み、とうとう小人たちの信頼までかちえてしまう。

 その、じわじわとした話の進み具合や、もどかしさ。

 コロボックルではないか?というせいたかさんに、小人たちが、自身の先祖を「スクナヒコナ」だと言っているところ。

 おまけに作者は「これは自分の話ではなく、せいたかさんは自分ではない、知り合いだ」なんていっている。

  

 だから信じたい。彼らが実在することを。

 おそらくは神奈川県、横須賀の地域の小さな小山に、今でもひっそり暮らしてることを。

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2007年10月16日 (火)

一千一秒物語 -稲垣 足穂

一千一秒物語 (新潮文庫) Book 一千一秒物語 (新潮文庫)

著者:稲垣 足穂
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

モダン、という言葉がぴったり

  童話ともいえない、小説というには短い掌編の数々。

 流れ星、お月様。チョコレート、シガレット。かわいらしく、でもちょっとレトロな感じがするのは何故だろう。

 はじめて読んだときそう思ったのも当たり前。1920年代の作品でした。

 しかも、「こんなささいな話でいいなら私にも書ける」なんて、おこがましいことを思いました。高校生の頃とはいえ、なんて傲慢な。

 今はわかる。

 もし書いたとしてもそれはあくまで足穂「風」。彼のイメージする世界を模倣したにすぎません。

 

 自分の中にある世界。

 それがはっきりしている人が書くからこそひきつけられる。

 そういう事がぼんやりみえてきてからは、とてもとても付け焼刃ではかけません。

 それこそ、流れ星に殴られてしまう。お月様にどつかれてしまう。

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2007年9月27日 (木)

少年 -ビートたけし

少年 (新潮文庫)

少年 (新潮文庫)

著者:ビートたけし

少年 (新潮文庫)

目線が既に映画

 北野武監督作品は、気が向いたら観る程度のファンですが、結構好きです。

 叙情的なものはもちろんヤクザ系の作品にも、北野さんの映画にはいつも、いい感じで隙間がある。

 それはただ、セリフがない、とか、風景が映し出されているということではなく、観ながら何か個人的な思いにひたることができる、絶妙な間。

 本人も忘れていた何かを引き出すことができる。やはり北野さんってすごいのだな、と感じる瞬間です。

 

 今まで小説の方は読んだことがありませんでした。

 たまたま本屋で、この「少年」を手にとりました。

 読みやすい文体ですが、少しだけ書きなれていない雰囲気を感じます。最初の小説だからでしょう。

 文章が、まるでシナリオのノベライズ化のように感じるのは先入観かもしれません。

 けれど、最初の短編のこの表現。

 「光がダンスをしているような一日だった」

 秋のうららかな日をあらわす文章の中の、この一文に、なぜだかすごくハッとしました。

 ありそうで、ない文章。

 そして小説全体の雰囲気も、ありそうでない優しい目線のものでした。

 

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2007年9月15日 (土)

京都人だけが知っている -入江 敦彦

京都人だけが知っている

京都人だけが知っている

著者:入江 敦彦

京都人だけが知っている

京都だから許されるようなタイトル

 姉が住んでいるので、京都は身近です。

 だからでしょうか。何度行っても行きたいところしか行きません。それ以外は普段から自分がするような事しかしていない。

 普段からすることといえば、散歩。

 町屋が並ぶ小道を歩くだけで、旅行気分が味わえるといえば味わえますが、それは京都だからではなく、どちらかというと、いつもの散歩コースの一本外れた道を歩く。その気分と同じもの。

 つくづく、旅行にはむいていない性格です。

 

 「京都人だけが知っている」は、京都との本屋で購入。ここで売って意味があるのだろうか?と思いつつ、平積みになっているこの本を手にしました。

 これは京都人である入江さんがこっそり教えてくれる、京都人の生活と性格の秘密。

 おばんざいとは、「ケチ」な節約家庭料理であるだけのこと。売っているようなお漬物は決して日常の食べ物ではないこと。京都の人は実は「パリ」に憧れていること。

  不思議なものですが読んで少しだけ、散歩する目線がかわりました。大好きな人が生まれ育った街をはじめてたずねてみたような、そんな親近感。

 

 シリーズ化されてますが、京都でバカ売れだそうです。入江さん曰く「京都人は自分たちが大好きだから」だそうですが、そうでなくてもわかるような気がします。

 自分の生まれ育ったところの話を友達に聞かせる、そんなイメージの本だから。どんな風に言われているかは知りたくなるのは当たりまえだもの。

  

 今度、友人と珍しく「旅行」として京都に行くことになりました。桂離宮がめあてでしたが、予約とれなかったので、おそらくまたふらふらと散歩が多くなるでしょう。

 この本、姉に贈呈してしまったのでまた買ってしまうかもしれないです。

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2007年9月14日 (金)

沙門空海唐の国にて鬼と宴す -夢枕 獏

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ1

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ1

著者:夢枕 獏

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ1

好い漢たちばかり

 夢枕さんの本はどれもこれもが上手すぎる。

 すごくすごくファンですが、十年以上続いているシリーズ、多すぎます。

 「陰陽師」のような、一話完結もののシリーズならばともかく、キマイラシリーズのようなものは、続きが気になって仕方がない。

 結果、完結しているものばかり読み漁ることになります。

 この本、 沙門空海唐の国にて鬼と宴す(しゃもんくうかい とうのくににて おにとうたげす)は完結してます。安心して今読んでます。

 若き日の空海が、遣唐使として唐の国へ行く。密を教えてもらうでなく、盗むために、と公言してしまうあたり、大物です。

 空海と、同じ遣唐使である橘逸勢(たちばなのはやなり)は、「陰陽師」の清明と源博雅のようなコンビ、読んでいて気持ちのいい二人組みです。

 その当時、世界的にも大都市だった唐の国を、飄々として歩いていく空海の姿が目に浮かぶ。その隣を、ちょっと虚勢をはりながらも根は素直な逸勢が、驚きをかくさずに目をみはる姿があらわれる。

 宗教も時代もその世界観も関係なく。そのキャラクターに強烈にひかれて、簡単に唐の国へ行けてしまう。

 完結しているから安心して読むけれど、終わりがくるのがもったいない。でも読まずにはいられない。

 そういう魅力的な本は貴重です。やはり夢枕さんは偉大だ。

 

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2007年9月 1日 (土)

太陽の塔 -森見 登美彦

太陽の塔 (新潮文庫)

太陽の塔 (新潮文庫)

著者:森見 登美彦

太陽の塔 (新潮文庫)

男の妄想、女のファンタジー

 同性には人気だけど、女性にはイマイチ、という男の人がたまにいます。

 女の人でこういうタイプはあんまりいません。

 何故だろう?と思うとき、男同士の連帯感を感じます。

 そのロマンティスト、ヘタレぶり、そしてスケベ心を全開にするからこその、本音のつきあい。

 それは男同士にしかみせられない、かわいらしい男心。

 

 「太陽の塔」は、そのロマンティストが妄想にまで発展している、むさくるしいまでに愛らしい男同士の世界のお話。

 どうしてこれが「ファンタジーノベル大賞」なんだろう、と思いましたが、読み薦めるうちに納得しました。

 真面目に苦悩する、むさい男達の妄想とかわいらしいまでの意地と、スケベ心と戦うリアルな日々。

 女の人にとってはファンタジーです。 

 この本の、最後の方。

 主人公が、かつての恋人、「水尾さん」との思い出を淡々とつづる。散々笑った内容の後のその部分で、まさか涙ぐんでしまうとは思わなかった。

 

 まったくもって本当に。  

 男の人はロマンティストでシャイなくせに、女の人の前ではええかっこしいなんだから、と。

 愛しく思わずにはいられません。

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2007年8月22日 (水)

エロティシズム12幻想

エロティシズム12幻想 (講談社文庫)

エロティシズム12幻想 (講談社文庫)

著者:津原 泰水

エロティシズム12幻想 (講談社文庫)

どの幻想にエロティシズムを感じるか...

 エロ、と略すと、スケベったらしいのに、エロティシズム、と言うと退廃的な雰囲気を感じるのは何故だろう。

 ということはさておき。

 エロティシズムを感じるポイントは人それぞれだと思います。

 飲みの席でどんな異性がやっても「ドキッとする仕草」「ドキッとする格好」は何か、という話をしていたとき。

 男の人全員がみとめた仕草は女の人が「うなじがみえるように髪の毛をまとめてるところ」で、

 格好はダントツで「だぶだぶの男物着た格好」でした。

 けれど女の人の意見はさまざま。

 「ドアを片手でおさえてる」「バックするために助手席に片手をおいて後ろをみる」「髪の毛を両手で一気にかきあげる」等々。

 格好にいたっては、該当なしでした。

 男の人より、女の人のほうが、幻想の種類は多いのかもしれないです。

 

 「エロティシズム12幻想」。

 エロティシズムではなく、エロを期待して読むとつまらないと思います。

 これはあくまで幻想小説の短編集。その幻想の質はどれも上質。

 どれにエロティシズムを感じるかは人それぞれでしょう。

 私自身は、有栖川有栖さん、菅浩江さん、皆川ゆかさん、の短編を面白くよみました。が、エロティシズムを感じたのといわれたら、どうだろう。菅浩江さんかな。

 

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2007年8月19日 (日)

避暑地の猫 -宮本 輝

新装版 避暑地の猫 (講談社文庫)

新装版 避暑地の猫 (講談社文庫)

著者:宮本 輝

新装版 避暑地の猫 (講談社文庫)

人間が何より怖い

 軽井沢。

 同じ県に生まれているくせにほとんどいった事はありません。

 日帰りで行ったときも、お土産やさんを覗いたけれど、どれも特に買いたいとも思いません。

 観光地独特の、妙に明るいペンキで塗られたお店の壁に、むしろ嫌悪感を感じてしまいます。

 そのペンキの色がはげてしまった姿を想像してしまう。寂れた観光地、というのがまわりに多いからかもしれません。

 だからああいう場所はお店めぐりをするのではなく、本当に「避暑」として、せめて一週間は滞在しないと私には良さがわからないのではないかと思います。

 

 「避暑地の猫」は中学の数学の先生から、おもしろいよ、と薦められました。

 たしかにおもしろかった。何が面白いかわからないままにひきつけられて何度も再読しました。

 これは別荘番としてやとわれた一家が、壊れてしまうまでの話。

 普通、家庭が壊れるのは異常なことかもしれないけれど、この小説においては、この家族が普通に生活を営んでいることのほうが異常。

 主人公をとりかこむ状況そして行動の全てが、冷静に考えると異常なのかもしれないけれど、読んでるうちに誰が悪いとか何がいけないのかがわからなくなる。

 壊してしまった主人公も、全てを麻痺させないと生きてはいけなかった家族のことも、許しそうになる自分が怖い。

 

 自分が避暑としてどこかへ滞在できるとしても、軽井沢は選ばないでしょう。

 単に海がないから、という理由です。せっかくどこかに滞在するなら、普段と違う場所へ。それだけです。

 と、いいつつも、もしかしたら、この小説を読んでしまったからかもしれません。  

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2007年7月26日 (木)

On The Beach -喜多嶋 隆

On The Beach (角川文庫 き 7-29) Book On The Beach (角川文庫 き 7-29)

著者:喜多嶋 隆
販売元:角川書店
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夏のきもちいい風がふく

 思い出というものは、やっかいです。

 ありとあらゆるものに染み込んで、離れることは滅多にありません。

 音楽プレーヤーの、ランダムに曲を流してくれるシャッフル機能をよく使うのですが、これが思い出とタッグを組むと、ますますやっかいです。

 300曲近くある曲のなかから、偶然、思い出がしみついた曲たちが、思い出がもつ時間軸と同じ順で流されたりなんかすると、もう頭の中は、記憶に支配されてしまいます。

 仕事中にBGMとして流すとき、シャッフル機能は危険すぎる、と、つくづく思います。

 

 そんな神様の粋なはからいなのか、皮肉ないたずらなのかわからないような偶然を、読書でも味わってしまいました。この本、「On The Beach」で。

 喜多嶋さんの作品はコバルト文庫を読んでいた頃に好きだったので、本屋でみつけたときに懐かしくて手に取りました。

 あいかわらず、どこまでも爽やかな文体。主人公たちはいつもまっすぐで、前をむいている。タイトルにふさわしい、夏の海岸での物語達。

 本当ならば、読後感は爽やかなものなのでしょう。

 けれど、私にはこの小説を純粋には味わえませんでした。きっと再読しても同じでしょう。

 私の思い出を刺激するキーワードが、偶然というには多すぎるほどこの小説にはあふれてて。

 読みながらも、頭の中でサイドストーリーのように展開する記憶に、気持ちは支配されて。

 少しだけ息がくるしくなる痛みを感じてしまうから。

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2007年7月22日 (日)

幻想図書館 -寺山 修司

幻想図書館 Book 幻想図書館

著者:寺山 修司
販売元:河出書房新社
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 かいまみえる異世界

  異常といってしまえばそれまでの、怪奇な本ばかりを紹介している、寺山さんの図書館シリーズは大好きです。

 自分では手に入れることもできない洋書の数々。実際、それを愛読している人達がどれだけいるのかわからない奇行本ばかり。

 挿絵とその中身だけが少しのっていて、実物はどんなのだろうと想像するのもまた楽しい。

 

 少しだけ不思議な世界、というのはいつも魅力的です。

 でも、そこには入れない。不思議と思っている人には、入る資格はないのです。

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2007年7月16日 (月)

姫椿 -浅田 次郎

姫椿 Book 姫椿

著者:浅田 次郎
販売元:文藝春秋
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悔しくなるほど、まっすぐにせつない

 自分のことをわかってもらいたい。

 その願いは例えば、お金持ちになりたい、とか、綺麗になりたい、というような願いより、ささやかに感じるのに。

 実のところ、どんな願いよりもかなえるのは難しく、正直、不可能なのだろう。

 頭ではわかっていても。気持ちはまだ諦めがつかないでいる。

 どこかに、自分をまるごとわかってくれる人がいてくれたら、と、願う自分がやはりいる。

 だから、今の一番の願い。

 わかってもらいたい、その病的なまでの望みを抑えられるようになること。ひねくれるわけではなく、その子供じみた願いが無理であることを、悪い意味ではなく、あきらめたい。

 それをあきらめたら、きっと、自分以外の人の気持ちがみえるだろう。

 その時、私は、本当に大人になれるのだ、と思う。

 「姫椿」のなかの、「獬(xie)シエ」を読んで泣いてしまうほどに、まだ不幸がる自分よりも、もっと大人に。

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2007年7月12日 (木)

リミット -野沢 尚

リミット Book リミット

著者:野沢 尚
販売元:講談社
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息もつかせぬとはこのことだ

 「おかあさんみたい」、と、よく言われるほどに、私は日本のお母さんの雰囲気があるらしいです。

 おせっかいな性格だからかもしれませんが。

 甥だろうが、友達の子供だろうが、子供は大好きで、そして好かれるほうです。

 でも実際には母になった事はないので、わが子への愛情がどれだけ深いものなのかはわかりません。

 自分の命を顧みずに子供を守ろうという母性本能が、このエゴイストな性格に勝てるかどうか。

 正直、自信はありません。

 「リミット」は、わが子を守るために戦う女性刑事が表の主人公です。

 そして、母性本能のない女が裏の主人公です。

 二人の関係は、見えるところでは戦う相手で、見えないところではほとんど恋愛、しかも三角関係にちかい。

 互いにひかれるものはあるが、けれど、片方には、もっと大事なものがある。

 ネタばれになってしまうかもしれませんが、勝負の結果はあきらかです。

 守るものを持つほうが、いつだって強いに決まっているのです。

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2007年7月 6日 (金)

しゃばけ -畠中 恵

しゃばけ Book しゃばけ

著者:畠中 恵
販売元:新潮社
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この素敵な妖怪たち

 本屋に行って、新しい作家さんを発掘するとき。

 平積みなっていたりポップをあてにするときもありますが、基本的には地道に自分で探します。

 背表紙をただ眺める。手に取る。後ろに解説がちょろっと書いてあったりするとそれを参考にする。

 ぱらぱらとめくり、その隙間から感じるもので判断して買う。

 そんな感を頼りにすることがほとんどですが、それでも知らない間に好みはあります。

 私の場合だと出版社。新潮社と講談社の本は当たりが多い、気がする。なんとなくですが、後々作家買いをしていくような本になることが多いです。

 それから受賞作品。特にファンタジーノベル大賞と文藝賞。これに選ばれるものは大抵私の好む作品が多いです。

 

 「しゃばけ」は、シリーズ化して平積みで売られているのを横目で気にしつつ、ずっと買っていませんでした。妖怪はやっているからなあ、そう思って意固地になってました。

 妖怪ものは京極作品をこよなく愛しているため、ただの偏見です。

 でもこの間、ふと手にとってそれがファンタジーノベル優秀賞だと知り、即、購入。

 やっぱり、今回も間違いはありませんでした。

 おもしろい。

 主人公を守る犬神と白択。主人公になついてる、各種妖怪。

 けれど、当の主人公といったら、金持ちのボンボンのうえ、身体がむやみに弱くて、ろくに生活もおくれない。

 ただ、この主人公、自分の甘さ、恵まれた環境をよく理解していて、いばりも、逆に卑屈にもならない。弱音を吐けない環境にためいきをつきながら、ただ芯だけが強くなっていく。

 そんな主人公を見守る妖怪たちが本当にキュートで、まわりの人達もみな、いい人で。

 誰も彼もが人がいい。優しい目をして笑っている。そんな雰囲気をもつ世界は、本当にファンタジーという言葉にふさわしい、上等な世界でした。

 

 

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2007年6月22日 (金)

散歩のとき何か食べたくなって -池波 正太郎

Book 散歩のとき何か食べたくなって

著者:池波 正太郎
販売元:新潮社
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何かどころではなく美味いもの

 上野、浅草、銀座。

 そこにひそむ、古きよき東京の、「粋」に憧れます。

 だからこの本を読んで、池波 正太郎さんの生活が私の勝手な「昔からの東京人」のイメージそのままで、驚きました。

 そしてそれ以上に、池波さんの、食べ物と、それを作り出す職人さん、それを包んだお店への愛情が素晴らしい。

 お店には入らなくても、仕事をしている姿がみたくてお店をのぞく。

 二代目になり味が変わったということを指摘したうえで、なおかつ、二代目の味が好きだと主張する。

 辛らつに批評するでもなく、無駄に誉めるのではなく、シンプルに、各お店の、そこで味わえる幸せを教えてくれている。

 この本には、各お店の料理の写真も載っているのだけど、どれも過剰に飾られた料理ではなく、民芸品のような、渋い味わいのものばかり。

 粋な料理には粋なお客がつくものだ、と感嘆してしまいます。

 

 私が行ったことのあるお店もありました。まだ存在するお店も多いようです。

 ただ、行こうとは思わない。

 わざわざ行く時点で無粋だと思ってしまう。これはあくまで散歩の範囲内に作者がいるからこそ、意味がある。

 そこに古くから住んでいるからこその雰囲気は真似しようとして、できるものではありません。 

 かわりに本で疑似体験をし、私は私の住む街で、私の粋をつくりましょう。

 

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2007年6月17日 (日)

チョコレート革命 - 俵万智

チョコレート革命 Book チョコレート革命

著者:俵 万智
販売元:河出書房新社
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なんて鮮やかに端的に気持ちを切り取るのだろう

 この間、友達に言われました。

 「なんでいつも、勝ち負けにこだわるの?」

 その時、私と彼女は、他の友達の話題をしてました。私はその友達を誉めるようなセリフを言っただけでした。そのつもりでした。

 私、今、勝ち負けにこだわってた?、と彼女に聞くと、彼女曰く、

 「だって、今、’勝てないなあ’って言ったじゃない。」

 

 そこではじめて気づきました。

 何故、人が私を「すぐ戦おうとする」というのか。何故、「負けず嫌い」というのか。

 私は相手を誉める際に口癖で、「勝てない」とか、「悔しい」を使います。

 それは決して勝ちたいわけでなく、「すごいなあ」の意味で使っていたのですが、周りにはそのままの意味で受け取られていたようです。

 

 実際、私は負けず嫌いだけれども、そこまで勝ちたがっているわけではないです。

 でも本当に勝ちたいとき、戦ってる時に、「なんで勝ち負けにこだわるの?」といわれると悲しくなります。

 悲しくなって、この「チョコレート革命」にあるこの句がいつもうかびます。

 - 「勝ち負けの問題じゃない」と諭されぬ問題じゃないなら勝たせてほしい (俵万智)-

 勝ちたいとき。

 それはその相手に認めてもらいたいとき。受け入れてもらいたいときだからです。

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2007年6月14日 (木)

シナン -夢枕 獏

シナン (上) Book シナン (上)

著者:夢枕 獏
販売元:中央公論新社
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それは天上に昇る無数の泡

 イスラム圏の建築物、あの特徴あるドーム型の屋根は、アラビアン・ナイトのアニメ世界のイメージしかありませんでした。

 大人になって、内部の幾何学模様やさまざまなタイルを、芸術品として「美しい」と感じる今も、あの建物に特別な感慨がないのは、実物をまともにみたことがないからかもしれません。

 

 モスク。正しくは、ジャーミーとよばれる神殿のあの形は、神をより完全にとらえるためだ、と、シナンはこの小説の中でいっています。

 偶像崇拝を禁じている宗教ならではの心理だと思います。

 700以上の建築をてがけた、天才、シナンは、夢枕風味がついたこの小説のなかで、ロマンティックに神を語ります。

 聖ソフィアを超える建物を、そう願ったシナン。生き延びるための権力を、そう願った親友、そしてその恋人。

 原色鮮やかなラストの風景は目の前にひろがるほどに視覚的な文章でつづられて、そしてその文章はラストにいたるまでの長い年月をも、実感させる。

 神が完全に感じられる、ジャーミー。そこにあるという赤い、さかさチューリップのタイル。

 それを、この眼でみたい。どうしても。

 アッラーの神の完全さをとらえきったシナンの建築物。それをみたくてたまらない。

 

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2007年6月 8日 (金)

木かげの家の小人たち -いぬい とみこ

木かげの家の小人たち Book 木かげの家の小人たち

著者:いぬい とみこ,吉井 忠
販売元:福音館書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

けして甘くはありません

 小学生の頃、図書館の常連でした。

 同じように本好きの友達と毎日のように本を借りに行ったわりには、休み時間に校庭で遊び、教室で騒いだ覚えがあるのが不思議です。

 子供の時間に、惑う暇はありません。やりたいことにまっすぐむかっていったからでしょう。

 

 図書館司書の先生とも仲良くなりました。

 「ほしい本があるのなら、本屋さんにいかなくても注文してあげるわよ。」

 ある日、先生は、私と友達にそうこっそり、言ってくれました。

 そうはいっても小学生です。おこづかいももらっていません。お年玉だけで生きてた自分にとってはハードカバーは、自分だけの本は、憧れ以外の何物でもありません。

 でも先生がせっかくそう言ってくれるのだから、と、さんざん悩んで選んだのがこの本です。

 何度も何度も繰り返し読んでそれでも欲しくて欲しくて仕方なかった。

 私のはじめての、ハードカバーの本でした。

 

 「木かげの家の小人たち」は、タイトルに似ず、厳しい話です。

 第二次大戦前に、イギリス人から小人の世話をひきうけた男の子。彼が育って家族をもって、家族全員が小人を守っていく。

 小人には、毎日、人間が運ぶ一杯のミルクが必要です。それは掟です。それ以外、小人は「大きい人たち」に頼ることはありません。基本的には彼らは彼らの家族だけで立派にくらしています。

 小人の生活と、彼らを守る「大きい人たち=人間」の生活が、戦争によって大きく変化してゆく。それでも、大きい人は守り、小人は信じる。

 なぜこの本を選んだのかはわからないです。民話のような泥くささに、心ひかれたのかもしれません。小人という魅力的な題材と、戦争中のリアルな生活感。暗い世界。それは他の子供むけの童話とは、ちがう魅力をもっていました。

 今でも大事にもっています。続編の「くらやみの谷の小人たち」とセットで、きっとずっと、大事にするでしょう。

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2007年5月22日 (火)

プチ哲学 -佐藤 雅彦

プチ哲学 Book プチ哲学

著者:佐藤 雅彦
販売元:中央公論新社
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ちょっとだけ深くかんがえてみる それがプチ哲学

 小さい頃、遠足などから帰ってくると、よくおばあちゃんは「たんのしたかい?」と聞いてきました。

 私はずっとそれを「楽しかったかい?」という意味の方言だと思っていたのですが、なんとなくそのニュアンスに違いがあるな、と思っていました。

 そしてある時ふと気づきました。

 たんのしたかい?=堪能したかい?。つまり、満足したかい?とおばあちゃんは聞いていたんだ。

 おばあちゃんには結局確かめず終いでしたが、気づいたときの嬉しさったらありませんでした。

 そういうささいな疑問をとくのは大好きなのは、小さい頃からだったようです。

 

 今でもくだらない疑問が沸いて、結構まじめに考えて、それがとけたらものすごく嬉しい。だから、佐藤雅彦さんの本は私にとってはいつも、好みのど真ん中です。

 一瞬、固そうな表紙にだまされそうですが、中身はテーマにそったかわいらしい絵と、それをやさしく説明している文章。そしてそのかわいらしさにだまされますが、実はなかなか深いテーマが数多く、それはその固そうな表紙にふさわしい。

 「同じ情報、違う価値」をテレビ売り場のリモコン君で。
 「結果と過程」を勘違いな魔法の杖で。
 「逆算の考え方」をプッチンプリンで。
 なんてキュートな説明だろうと思います。

 ただ、ふと。

 たとえば「星の王子様」。初めて読んだとき、ふーんと思っただけでした。意味も考えず何の感想もない。でも何となくエピソードだけ心に残って。

 あのとき私は子供だったと思います。

 それと同じくこの本。大人になってしまった私は文章を読んでそれから絵を再度みて楽しんだけれど、子供のときだったらそんなこと考えず、絵だけで楽しめるのじゃないのでしょうか。

 そう思うと、文章はあくまで佐藤さんが考えついた疑問とその答えの披露で、子供にとっては実のところ、蛇足なのではとも感じます。

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2007年5月 8日 (火)

ザ・ゴール -エリヤフ ゴールドラット

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か Book ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

著者:エリヤフ ゴールドラット
販売元:ダイヤモンド社
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はやりものといえばはやりもの

 バイクの免許を取りに教習所に通っていた時の、とある講習の時間。

 教官が私たち生徒に、「バイク免許を取る理由」を聞いてきました。

 車より運転しがいがあるから。スクーターのままでいるより確実に技術を取得できるから。

 そんないい子な答えを聞いて、教官はいいました。

 「みんな、真面目だなあ。俺なんか、かっこいいからって理由で乗ってるけどな。」

 意表をつかれました。まったくもって教官が正しいです。

 かっこいいから。本当の理由はきっと皆同じなんだけど、それを口にするのが何となくはばかられた。ただそれだけの事。

 講習の時間だったからじゃない。私はきっと誰と話していても「かっこいいから」なんてミーハーな理由はとても「格好悪くて」いえなかったと思います。

 

 自分の望むものは何なのか。

 この行動の、本当のターゲットは何なのか。

 なるべく自分に嘘をつかないように、格好つけないように気をつけながら自分自身に聞き返さないとすぐ忘れてしまう。

 そして自分が本当はミーハーだったことすら忘れてしまって他人を馬鹿にしたりする。気をつけないと、と思います。

 

 「ザ・ゴール」は、はやりはじめた頃に同僚に進められて読みました。

 目標。つまり、正しいゴールをみすえないと、道だってつくれない。その事が小説仕立てで説明されている、わかりやすいビジネス書でした。

 会社の目標、それは社会に貢献する事でも、自分を高めるためでもない。

 会社の目標はお金を稼ぐこと。

 言われれば当たり前。でも言われなかったら気づかなかった。正しいゴールをみすえるのがまず第一前提なんだと思います。

 

 余談ですが、その、一見「格好悪い」目標を、当時、私もまた見失っていました。読んで、眼が覚める思いでした。

 そうか、そうだよな。お金を稼ぐのが第一目標だよな。

 感動して、ためしてみたくなって、父に会社の目標を聞きました。

 間髪いれず、「儲けること」とかえってきました。さすが勤続30年以上。あらためて尊敬する機会をも、この本でもちました。

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2007年4月29日 (日)

小さな貝殻 -母・森瑶子と私 -マリア ブラッキン

森瑶子と伊藤雅代

 作家と作品は別だと、理性では思っていますが、どうしたって好きな作家さんの私生活は気になってしまいます。

 私生活、というより、何を考え、何を好み、どういう行動をしていたかがすごく知りたい。週刊誌的興味なのはわかっていますが。

 

 この本は、森瑶子さんの次女であるマリアさんの、鎮魂の思いをこめた小説です。

 副題には「母・森瑶子と私」とありますが、どちらかというと純粋に「母と私と私の家族」の話であり、その母「伊藤雅代(マサヨ ブラッキン」が森瑶子であっただけのこと。

 単に小説家森瑶子の思い出話ではなく、お父さんの事、三姉妹それぞれの話、そして自分自身の現在の悩み、生活についても描かれているところが、小説としてはもう一つなのかもしれないけれど、逆にマリアさんの気持ちに触れているような気がして、好感を持ちました。

 女性としての自分、森瑶子としての自分を大切にしたい伊藤さんと、家族との生活を愛して大事にしている森瑶子さんは、まるでマリリン・モンローとノーマ・ジーンのよう。

 そして家族全員が、彼女のそのパワーと環境に負けまいとあえいでいるような、そんな印象をうけました。せつなくなる。

 

 森瑶子さんの私生活に興味を持って読んだ本ですが、読んだあとは、マリアさんのその後が気になりました。

 元気で、がんばれ。一人の女性としてただそう思います。

 

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2007年4月20日 (金)

琥珀枕 -森福 都

琥珀枕 Book 琥珀枕

著者:森福 都
販売元:光文社
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由緒正しい、妖怪譚

 むかしむかしあるところに...とはじまるような、不思議な話がすきなのは、小さい頃、祖父に毎日、寝物語として聞いていたせいだと思います。

 でも正直に言うと、その話の内容をさっぱり覚えてはいません。何一つ。けれど、まるでみてきたかのように語る祖父のイメージだけが残っていて。

 だから、おじいさんが子供に語るというシチュエーションは、それだけで私の郷愁を誘います。

 この「琥珀枕」の先生のように、ほんとうに、「みえているもの」を語っているならなおのこと。

 

 「琥珀枕」は、中国が舞台の妖怪話。村の中で起こるありとあらゆる出来事を、すっぽんが変化した先生とその弟子が、文字どおり、「高みの見物」をしているところからはじまります。

 先生は何が起こっても手出しはしない。無駄に解決もしない。ただ、弟子である男の子に何かが起こることだけをつげるだけ。弟子はそれを聞いて、自分なりに考える。「高みの見物」は弟子である男の子への、授業の一環だから。

 つまり二人はこの本の狂言回しの役どころなのだけれど、その立ち位置がなんともいえず昔話めいていて、とてもいい。

 すっぽんであることを知られながらも、先生として雇われちゃう。妖怪が妖怪として存在を認められている、というところも、とてもいい。

 弟子である男の子は、金田一シリーズの小林少年のような優等生。そのお父さんとお母さんもまた、素敵にいい人。それが全く嫌味でないところも、またとてもいい。

 一話完結のそれぞれにでてくる妖怪は人間味にあふれ、でてくる人間はなぜか少し妖怪じみてる。そのバランス加減も、とてもいい。

 つまりこの本、私のとてもお気に入りになりました。しばらくは、森福 都さんの本を買いあさることになるでしょう。

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2007年4月16日 (月)

これは王国のかぎ -荻原 規子

これは王国のかぎ Book これは王国のかぎ

著者:荻原 規子
販売元:中央公論新社
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タイトルは、マザーグースの一文です

 アラビアン・ナイト、「千夜一夜物語」をはじめて読んだのは子供の頃。子供向けの物語として、何冊かおいてありました。

 見知らぬ世界のわくわくするような魔法の話は、本によって微妙に納められているものが違っていて、みかけるたびに、まだ読んだことのない話が載っていないか期待をしては読みました。でも大抵は同じ話ばかりが載っていて。

 千夜一夜というならば、もっともっと読んでいない話があるはずだ。全部載っている本がどうしてないんだ、と、不満でした。

 まさか閨で語られる話をまとめたものとは思いもしませんでした。当たり前ですが。

 

 荻原 規子さんの本は「空色勾玉」を読んだのが最初です。その日本的な、しかも甘くないストーリーに、少々こわさまで感じました。

 「これは王国のかぎ」にはアリババもシンドバッドもでてきやしません。そして日本の中学生「だった」女の子が主人公です。

 主人公は失恋のショックから異世界へ、しかも魔法の壺からよびだされるジンになってしまいます。

 あらゆる冒険をしながらジンとして成長し、元の世界のことも思い出しながら心の成長もする。

 この話の内容を、そんな一文で片付けるにはもったいなさすぎます。

 

 だって、砂漠があって魔法があって色気があって、最後は素敵な大団円で終わる。

 王様が、満足して眠りにつくのにふさわしい、間違いなく、千夜一夜語られる夜伽話に加えていいお話だと思います。 

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2007年4月 3日 (火)

はるかな国の兄弟 -アストリッド・リンドグレーン

はるかな国の兄弟 Book はるかな国の兄弟

著者:アストリッド・リンドグレーン
販売元:岩波書店
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そこは桜が満開の国

 タイトルは失念しましたが、とある読みきりの漫画でこの物語のことを知りました。

 その漫画では、桜の花の精に会う夢をみる病弱の女の子と、その女の子のために桜の写真を集めているお兄さんがでてきます。

 主人公はお兄さんの友達で、その妹さんのことを知ったときに彼を励ますように穏やかに、この物語の話をするのです。

 ネタばれになってしまうので書けませんが、その主人公と同じく、私もこの「はるかな国の兄弟」の世界、シチュエーションには意表をつかれました。

 それで気になって、探して読みました。

 ありそうでなかった物語で、そしてラストはシチュエーション以上に衝撃的でした。

 実際、発表当時は賛否両論だったようです。

 

 リンドグレーンは「ながくつしたのピッピ」が有名。でもこの「はるかな国の兄弟」もピッピと同じくらい私は好きです。

 勇気のあるお兄さんと、そのお兄さんの庇護の下で、勇気を出そうとがんばる男の子。

 常に満開の桜が咲き乱れるその国での、勇敢で、悲しくて、でもそれを悲しいと思ってはいけない物語。

 二人は次の国できっと幸せに仲良くくらしてる。そう思う。だから、悲しむ必要はない。

 そう思いつつも。

 やっぱり悲しいのは、この兄弟がもうこの世界にはいないから。もっと遠く、はるかな国にいってしまったからなのかもしれません。

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2007年3月29日 (木)

おもしろくても理科 -清水 義範,西原 理恵子

おもしろくても理科 Book おもしろくても理科

著者:清水 義範,西原 理恵子
販売元:講談社
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シリーズで社会科、算数、国語なんかもでています

 年々、くだらない質問にくらいついてきてくれる人が減ってきます。

 トリビアの泉、平静教育委員会等のTVが人気でる割りに、どうして通常の会話では、あまりのってくる人がいないのでしょう。とても不思議です。

 ある日、TVで数学の先生が、「コンパスでもパソコンでも描けない、正七角形、正13角形が、折り紙でなら作れる」と言っていました。

 心の底から驚いた私は次の日色んな人にいいふらしましたが、くいついてきたのはわずかな人数。しかも女の人では姉だけでした。さすが姉妹。

 

 「おもしろくても理科」は、タイトルどおり、学校で習ったであろう理科の内容を、もう少しネタに近い形で教えてくれている本です。しかもわかりやすい。

 東京ドームを太陽にみたてて、各惑星は日本のどの辺にあるのか。

 慣性の法則があっても空気が邪魔しているのに、何故、インディ・ジョーンズは電車の屋根から屋根へ飛び移れるのか。

 語り口調でそんな内容が語られる。でもそのわかりやすい文章すら、ずっと読んでくるとさすがにくらくらする。その絶妙なタイミングで入ってくる西原さんの挿絵および漫画もナイスです。

 何度も再読してから姉にあげました。姉はやはり何度も再読しているようです。

 そして私は最近また再読したくなって、また買ってしまおうか検討中。やはり姉妹としかいいようがありません。

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2007年3月22日 (木)

四日間の奇跡 -浅倉 卓弥

四日間の奇蹟 Book 四日間の奇蹟

著者:浅倉 卓弥
販売元:宝島社
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失礼ながら予想外

 著者、朝倉 卓弥さんの「ライティングデスクの向こう側」という本を人から薦められました。

 その本は文章を書く上での上質の指南本なのですが、その中で、小説の構成を説明するための見本としてこの本が使われています。

 不幸なことに私はその時「四日間の奇跡」は未読で、そして浅はかなことに、そこで説明された内容をみて、読んだ気になっていました。

 

 この間、電車に乗る前に読む本がなくて、本屋で手に取りました。

 意外でした。

 女の子二人と主人公の青春もののような、もっと大甘な話だと思っていました。

 なんて失礼な、なんてもったいないことを。早く読んでいればよかった。

  

 「四日間の奇跡」は甘くありません。誰もがしんどい思いを抱えたまま、それでも優しくただ生きている。

 その人達におこった、それは本当に奇跡としかいいようのないもの。甘くもあって辛くもある。

 奇跡。それ自体は幸せでも不幸でもない。どううけとるかは本人次第。

 それでも。

 彼らにそれがおこったことを、感謝したい。

 そう思える、素敵な奇跡の物語。

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2007年3月10日 (土)

いじめの時間 -江國香織、角田 光代 他

いじめの時間 Book いじめの時間

著者:江国 香織,角田 光代,稲葉 真弓,野中 柊,湯本 香樹実,大岡 玲,柳 美里
販売元:新潮社
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どちらももがきくるしんでる

 小学生の頃、クラスの女の子がいじめにあっているらしい、お前たちは何かしていないか、と、母親から言われました。

 晴天の霹靂です。だって彼女は違うグループで、そのグループ内のいざこざなんてしったこっちゃなかった。

 どうやら、件の彼女の母親が教師に訴え、教師が同じグループの母親にたずねた結果、母親たちは積極的に自己防衛に走り、最終的な結論として矛先を私たちにむけた。

 彼女が今のグループでの居心地が悪くなっているのに、私たちは邪険にあつかって一緒に遊んであげない。だから私達のグループが一番悪い、というように。

 なんのこっちゃ。と思いました。一緒に遊びたいというそぶりをみせるだけで、口にしない彼女を積極的に誘うほど、子供は優しくありません。
 いじめられたという彼女の事を好きかといわれると、答えはNoです。でも嫌いかといわれても微妙です。好きではない、がただしい。

 ただ、クラスでグループが3つあったのは確かで、そこからはじきだされた彼女がいじめられている、と悩んでいたのも確かです。本人がいじめられた、と感じていたのなら、やっぱりいじめがあった、というしかないのでしょう。

  

 彼女が書いた日記を、担任の先生が読み上げたことがありました。確かに悩んでいるのが伝わった。でもちょっと自己陶酔に入ってた。

 だから正直、好きじゃない度がましただけだった。

 なのに彼女と同じグループの女の子達はそれを聞いて泣いていて、私にはそれが信じられなかった。

 女子全員が加害者だと彼女の日記は訴えているのに、何故この人達は泣けるのだろうか。
 反省して泣いているのならばともかく、まるで人事のように、彼女がかわいそうだといって何故なける?

 私は私が加害者扱いされていることを自覚し、バツの悪い気分になったというのに。

 

 その後、彼女はもともといたグループに快く受け入れられ、卒業するまですごしていました。

 意地悪な私は今でも思ってます。あの泣いていた女の子達、かわいそうな彼女を再度グループに受け入れた彼女達は、反省したんじゃなく、哀れんでいただけじゃんって。

 哀れむより嫌ったほうがまだましだ。そうも思ってもいましたが。

 

 この本を読んで、たとえ哀れみでも一緒にトイレにいける仲がほしかったんだろうな、と、彼女のことを思い出し、好きにはなれなかった事ではなく何もしなかったことに、ごめんなさいと、思います。

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2007年3月 8日 (木)

日輪の遺産

日輪の遺産 Book 日輪の遺産

著者:浅田 次郎
販売元:講談社
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どこまで本当?

 史実を基にした小説、しかも実在の人物が登場してくる小説を読むたびに不思議に思います。

 そのセリフは、どこまで根拠があるのか。

 どの登場人物までが本物か。

 そしてどこまで本当か。

 いくら小説とはいえ、実在の人物を書くにあたって、あんまり嘘八百は書くわけにもいかないだろうに。

 もし嘘八百ならば、ゴシップ記事と同じ。時間軸がずれていれば許されるというわけでもないでしょう。

 

 だから、この「日輪の遺産」も気になる。

 同じく浅田次郎さんの「シェラザード」も史実が元だけど、船の名前等かえているからまだいいだろうに。

 こちらはマッカーサーがでてきちゃってる。そして戦犯になった方々の名前も。

 同じく終戦のごたごたを白州次郎関連の書物でも読んでいたため、余計に気になる。

 それくらい、この小説は真実味がある。おもしろい。

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2007年3月 3日 (土)

夜啼きの森 -岩井志麻子

夜啼きの森 Book 夜啼きの森

著者:岩井 志麻子
販売元:角川書店
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全員が病んでいるから気づかない

 あまり認めたくないことだけど、やはり田舎に住む人と都会に住む人の、意識は違います。

 田舎に住む人の最大の関心毎は、ご近所さんの動向です。

 畑の手入れをいついつやったというような些細なことから、結婚毎のような大きな話題まで、ありとあらゆる近所の話題をおかずに、夕ご飯を食べるのが、小さい頃から常でした。

 小さな頃は恐ろしいことに、他人を批評するその姿勢をみて、父はそれくらい偉いんだ、というような誤解までしていました。

 ある時期から、そういう世界の狭さを嫌悪するようになりました。大分たつまでそれがいやでいやでたまらなかった。

 今は単に、情報量の差なんだろうな、と思っています。

 近所のゴシップが芸能人のゴシップにかわっているだけで、噂話がすきなのはみな同じ。辛らつに批評するのは田舎だからではなく、ただの性格。

 そして、それをいやでたまらないと思っても、馬鹿にするほど、私も聖人君子なわけではないことを、もう知ってます。

 

 「夜啼きの森」は、閉鎖的な村に住んでいる、様々な人の心のうちを書いてます。彼らは最後に殺される。これは「津山35人殺し」をモチーフにしたサイドストーリー的な小説です。

 実際の殺しのシーンは最後に少しあるだけです。

 けれど、田舎特有のダークサイドな感情があらわになっていて、そしてその感情は私にもあることがひしひしと感じられて。

 それが嫌で今一人暮らしをしている私にとっては、何より恐ろしいホラー小説でした。

 私の大嫌いな思想が、私の中にもあることを、自分で知っている。よそ様と自分を比べては自分の位置を確認する。一生懸命理性で抑えてはいるけれど、瞬間的に感じてしまう。

 それを再確認してため息をつきました。

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2007年2月27日 (火)

あんず林のどろぼう -立原えりか

あんず林のどろぼう Book あんず林のどろぼう

著者:安田 隆浩,立原 えりか
販売元:岩崎書店
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この泥棒は幸せだ

 小さい頃、向かいの家の入り口に、大きな大きな杏の木がありました。

 7月、道に山ほど落ちてくる杏を拾って、小さな蟻をよけながら食べるのは毎年の当たり前の行事でした。

 花よりだんごとはよくいったもので、あの頃、杏の花をみた覚えがありません。

 

 大人になってから勤めた場所の近くは、「杏の里」として観光地化されているところでした。

 遠くからみると林檎の花に似ているような、でも近くでみると全然違う。淡い色がついた杏の花が一面に咲いている景色は、圧巻でした。

 

 だから、「あんず林のどろぼう」が、あんず林にまぎれこんでうろたえる気持ちはよくわかる。

 桃源郷は桃の花、グリーンゲイブルズは林檎の花にかこまれているけど、それに負けないくらい、あんずの花も強力だと思う。

 それこそ、どろぼうが泣きむせぶほどに。

 どろぼうが、どろぼうでなくなってしまうほどに。

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2007年2月23日 (金)

ためらいもイエス -山崎 マキコ

ためらいもイエス Book ためらいもイエス

著者:山崎 マキコ
販売元:文藝春秋
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きもちがわかってつらい

 山崎マキコさんの小説の主人公は誰も彼もが生きるのに不器用で、私には痛い。

 不器用さにもいろいろあるとは思うけど、不器用になる理由。その根っこにあるものが私と同じだからだ。

 

 「ためらいもイエス」は一見、キャリアなOLさん。でも中身はバリバリの不器用さん。

 仕事はなんでもそつなくこなす彼女が、おそるおそるふみだすプライベートな生活。

 ためらう気持ちをふりほどくようになんでもイエス。

 失敗も馬鹿な行動もなんでもイエス。

 そう教えてくれる相手に出会えた彼女はラッキーで。それでもやっぱり不器用で。

 そしてそれでも、イエスと言い続けるのだろう。

 どの感情もどの行動も自分だから。だから大丈夫。

 自分にもそういってあげたくなる。山崎さんの本はいつも自分がいとおしくなる。

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2007年2月16日 (金)

百鬼解読  -多田 克己

百鬼解読 Book 百鬼解読

著者:多田 克己
販売元:講談社
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挿絵が京極夏彦さん

 小学校の頃、水木しげるさんは、ゲゲゲのきたろうよりも、図書館にあった妖怪辞典なるものの作者として知っていました。

 妙にリアルな妖怪と、反比例するような漫画タッチで書かれている人間の挿絵は、その妖怪にまつわる不思議な話と同じくらい印象的で、知らないうちに妖怪に詳しくなりました。

 高校生くらいの頃、水木しげるさんの妖怪辞典をまたみつけて、嬉々として買いました。

 嬉しくてまわりに自慢したら、普通にひかれました。

 今ならひいた人の気持ちがちょっとわかるけど。でもやっぱり好きなので仕方ない。

 

 この本も、妖怪を紹介している本です。

 けれど水木さんのと違うのは、民俗学?的に説明しているところ。言い伝えと、歴史と、土地固有の習慣を重ねて、この妖怪の出所を推理している。

 京極夏彦さんの「京極堂シリーズ」の、妖怪解説部分をまとめたような本です。

 やっぱり好きです。でもやっぱり人にみせたら「なんのために読むんですか?」といわれました。

 なんのためって言われても...。娯楽のためだよ。

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2007年2月12日 (月)

タンノイのエジンバラ -長嶋 有

タンノイのエジンバラ Book タンノイのエジンバラ

著者:長嶋 有
販売元:文芸春秋
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タイトルも上手い

 読んだときには全然印象に残っていなかったのに、読んでから何年も何年もたって、とあるフレーズを思い出す本があります。

 読んだことすら忘れていたりするので、一体どんなあらすじの小説のどんな場面にあったのか思い出すのに苦労します。

 ようやく思い出し再読してみると大抵そのフレーズは本編とは全然関係ないことが多くて、そして本編は一度読んだことを忘れたかのような気分で読めることがほとんど。

 不思議なことに何年もたってから、違うフレーズを思い出したりします。

 まるでその小説が、再読を促すように私にメッセージを送っているかのようです。

 

 長島有さんの芥川賞受賞作、「猛スピードで母は」もそうでした。

 そしてきっとこの「タンノイのエジンバラ」もそうでしょう。

 短編のどれもが、とてもささやかな話。けれどちょっとしたエピソードがひっかかる。ある一文が心にピンとくる。

 それはすごくすごく薄めた毒薬のように、知らないうちに私の身体をむしばんで、知らずに中毒をおこさせて。

 きっと私はこの作家さんの本は必ず手に取るでしょう。そんな気がします。

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2007年1月28日 (日)

お父さんは時代小説が大好き -吉野 朔実

お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き Book お父さんは時代小説(チャンバラ)が大好き

著者:吉野 朔実
販売元:角川書店
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シリーズ化して現在4冊でています

 本好きな友達を探すのって結構難しい。

 本を読む人がまず少ない。いてもジャンル違いが多い。同じジャンルでも語りあうのが好きかどうかがわからない。

 だからこの本にでてくる人達と、ぜひお友達になりたい。

 あーでもないこーでもないといいながら、本の話が、ああ、したい。

 

 この本は「本の雑誌」に連載されていた、本をネタにした漫画です。

 漫画家としての吉野朔実さんが好きでしたが、いまや彼女の好むもの全般が好きです。

 漫画、エッセイ、映画批評、等、幅広く活動されていますがどれもこれもが私の好み。

 だから、正直、この本をここで紹介するのはちょっとネタばれになってしまいます。

 なぜならこの本で存在を知って読んだ本はかず知れず。そして気に入って、ここでとりあげたものもあるからです。

 これも盗作というのかどうかは知らず。でもやっぱり薦めずにはいられない。

 この本はシリーズ化していて、「お母さんは「赤毛のアン」が大好き」「弟の家には本棚がない」「犬は本よりも電信柱が大好き」まででています。

 どれもおすすめです。

 既に読んだ本についての話だと嬉しく、読んだことのない本だと興味をそそられる。

 昔、「新潮文庫の100冊」一覧で何冊読んだことがあるかチェックした、あの少しマニアな楽しみ、マニアな感覚をくすぐってくる。

 「本の雑誌」。やるなあ。

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2007年1月25日 (木)

月の扉 -石持 浅海

月の扉 Book 月の扉

著者:石持 浅海
販売元:光文社
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誰も悪くないと、いってあげたいけど

 良き指導者を、心のどこかで願っているときがありました。

 指導者、という言い方は正しくないかもしれません。指図されたいわけではなく、ただ、うなずいて、大丈夫。そういってほしい。

 それを言ってくれるその人は、誰より自分が信じられる相手でないと。

 そして自分に弱音はいわない人でないと。

 四六時中、安心して頼っていい相手。そんな人がほしい、と、自分勝手にも思っていました。

 よくも宗教にはまらなかったと思います。

 

 「月の扉」には、カリスマ性をもった人物がでてきます。彼自身はどうというわけではありません。

 ただ、そのカリスマ性ゆえに、人を混乱させる。

 信頼しきっている人は、彼名義で堂々と、悪意を持つ強さを手に入れる。

 依存する人達は、彼のためのようで、実は自分たちのために事件を起こす。

 恐れる人達は、その恐れ故に彼の行動を監視する。

 これは全ての人達が自分の望む幸せを彼に求めた結果、起こってしまった、やるせない事件。

 自分が幸せになりたい、と、なりふりかまわず思っているという点で皆同じ、弱い人達のお話。

 

 幸か不幸か宗教にもはまらないまま今にいたってます。もうそんな指導者はいらないし、むしろ出会いたくありません。

 この「月の扉」を読んで、その気持ちは強くなりました。

 自分は虎の威をかる狐に簡単になる。それを知っている。

 私もまた、彼にむらがる一人に簡単になるでしょうから。

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2007年1月24日 (水)

裁判長!ここは懲役4年でどうすか - 北尾 トロ

裁判長!ここは懲役4年でどうすか Book 裁判長!ここは懲役4年でどうすか

著者:北尾 トロ
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

不謹慎といわれれば返す言葉もないですが

 裁判というものは、映画や本やドラマ以外に縁がないです。

 だから、誰でも傍聴できるとはいえ、世の中に裁判マニアさんがいるなんて思いもしませんでした。

 いるんですね。

  

 この本は、やはり裁判初心者の北尾さんの、裁判ウォッチャーとしてのルポの数々。

 有名人やオウム関連の裁判だけでなく、一般人の裁判風景。詐欺や麻薬所持、わいせつ行為に、殺人事件。

 もちろん許可とったり少々内容を変えたりしてるのだろうけど、書いちゃっていいんだろうか?と思うくらい、実際の裁判の内容および状況が書かれてて興味をそそる。

 傍聴してみたいけど、こういうところがわからない、としり込みしてしまう初心者向けに、こういう裁判をおすすめとか、スケジュールの見方なんていうアドバイスもある。

 裁判を受けている人および関係者からみたら、不謹慎もはなはだしいのですが、この本を読んで、ちょっと行ってみようかなと思ってしまうくらいにそそられてしまいます。

 

 一番、興味深かったのは交通事故の裁判。

 北尾さん自身も「交通事故の恐ろしさのビデオに裁判の様子を流せばいい」と書いています。

 この本を読んだだけでも、安全運転するようにしよう、としみじみ思ったくらいなのだから、実際に傍聴した日には、二度と運転できなくなるかもしれないな、と感じました。

 注意一秒、怪我一生、どころではないのです。 

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2007年1月21日 (日)

yom yom Vol.1 -新潮文庫

Yom

新潮社 yomyom 公式HPへ

 年末に本屋でみかけて買いました。

 A5版の大きさ、厚さは2cmくらい。赤い表紙のシンプルな装丁がかわいらしい。

 裏表紙も同じ構図のパンダ。ただし、本を読んで感動したのか涙一粒追加されています。

 このパンダなのだから新潮社だろうけど、なんだろう? 

 と思ったら、小説新潮の別冊として創刊された(でも新潮文庫扱いの)文芸雑誌でした。

 

 中身は女性がわりと好きな作家陣の読みきり小説と、エッセイ。少し興味をそそられる特集。連載だけど一話完結のコラム。

 文芸雑誌によくあるような二段組でもなく、上下スペースをゆったりとったレイアウト。

 少しでも「小難しい」という印象をうける内容や、段組あるものには必ず写真かイラストが。

 広告は今のところ最初と最後にしかついていないし、それだって上手な載せ方で邪魔じゃない。

 新潮文庫の応募マークまでちゃんとついてます。

 

 これは人気がでそうな気がします。間違いなく女性にうける。

 本を読み始めた人にすごくプレゼントしやすいし、ちょっと固い文芸雑誌よりも断然、電車でも読みやすい。

 私もしばらくは購読するでしょう。久しぶりに「買い」の雑誌の創刊号に出会いました。

 どうか願わくば、この素敵なイメージのままがんばってほしいと思います。
 

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2007年1月13日 (土)

飛ぶ夢をしばらく見ない -山田 太一

Book 飛ぶ夢をしばらく見ない

著者:山田 太一
販売元:新潮社
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男女どちらの気持ちも、なんとなくわかる...気がする年になる

 山田太一作品の映像化がはやった時期があったようですが、その頃を知りません。

 だから、本を読んで驚きました。

 こんなにファンタジーがらみの作品が多いとは思わなかった。

 

 「飛ぶ夢をしばらく見ない」は、一人の男と一人の女の話です。

 女は、変化する。外見的に。

 その変化によって、男は、変化する前ならば嫌悪するだろう、その女の行動を受け入れるようになる。

 同じ行動なのに、身勝手な。そう思いたいところですが本能なので仕方ない。

 男も微妙に変化する。

 その変化は女とは違って内面の変化。女はそれを知ってか知らずか受け入れる。

 それはきっと、男への想いがあるから。相手がどんな風に変わろうが、彼が彼であるだけでかまわない。きっとそうだろうと、勝手に私が感じてる。

 

 飛ぶ夢は、どんなに爽快であっても不思議と目覚めはすっきりしない。

夢判断では「空を飛ぶ夢」のは現実逃避にあたる。

そんなことを知っているからかもしれないが。

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2007年1月12日 (金)

何冊かの本 -何人かの作家

おこがましくてここにあげられませんが...

 盗作、というのはよくない事、というより、情けないことです。

 すごい好きなものに対しての本歌取りやオマージュならばともかく、オマージュという名のパクリも最近はおおいようで。

 そういう、意図的なものとは別にして。

 同じ時期に、偶然、同じ題材に目をつけた、という事はあるのだと思います。

 

 何年かに一度、ふと、頭をよぎる。大抵の場合、それは映像。

 映画のワンカットのようで、それでいて、その背景にあるものもぼんやり浮かぶ。

 それをどうしていいかわからないまま、なんとなくただ覚えている。

 そして何年もたって、本屋で出会う物語に驚く。

 もちろん私が頭で作った世界とは全然違う。けれども、どうしても、元ネタが同じように感じてならない、その世界。

 

 シェルドレイクの仮説。

 シンクロニシティ。

 集合的無意識。

 どれにあてはまるのかは、知りません。ただの勘違いかもしれない。

 けれど、私には神様が「新しい物語」の種を時折ぱあっとまいているような気がしてならない。

 私は職業として物を書いているわけではないけれど、

そして趣味としても頻繁に書いているわけでもないけれど。

 何年かに一度、幸運にもその種が私にもまかれている。

 そんな気がしてならない。 

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2007年1月 9日 (火)

モンテロッソのピンクの壁 -江国 香織,荒井 良二

モンテロッソのピンクの壁 Book モンテロッソのピンクの壁

著者:江国 香織,荒井 良二
販売元:集英社
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意味なんて求めちゃいけません

 主人公、ハスカップ(という名の猫)のように、強い意思がもちたいな、と思う。

 強い意志をもてるくらいの強い願いがほしいな、と思う。

 ただ、強い願いは、周りの人を少しだけ不幸にするのだな、とも気づく。

 ハスカップは、モンテロッソへ行くという強い願いを持っているから、

 ハスカップの事が大好きな人達をかろやかに切り捨てる。

 「何かを手に入れるためには何かをあきらめなきゃいけない」ことをよく知っている、とハスカップ自身、言っている。

  

 願いをかなえるのには才能がいる。

 薄情さをもてることを含めて才能とよぶならば、ということだけど。 

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2007年1月 8日 (月)

青山 二郎の話 -宇野 千代

青山二郎の話 Book 青山二郎の話

著者:宇野 千代
販売元:中央公論新社
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通称、じいちゃん

 装丁家、青山二郎さんのことは白州正子さんの書籍で知りました。

 東京の青山という地名の元になっている青山家の息子。稀代の目利きで、白州さんの師匠筋。

 ミーハーなので、昔の金持ちで奔放に暮らしていた人に弱いです。その上、自分の意見を言い切ってしまう自信を持つ人にはなおのこと。

 白州正子さんの旦那さん、白州次郎さんも同様。この書籍の記事でも書きましたが素敵です。ただ、白州次郎さんと青山二郎さんは、似て異なる、また違った魅力です。

 

 ただし青山二郎さん自身の魅力をさぐるならば、白州正子さんの「今、なぜ青山二郎なのか」より、宇野千代さんのこの「青山二郎の話」の方がより楽しめました。

 宇野さんは、青山さん自身の記録とゆかりある人の証言をからめて、青山さんの思い出を語っている。その色気ある目線で青山さんをみる、調べる。

 女性らしい、でも作家の冷静な目で語られる青山さんは、決して立派な人でなく、近くにいたら大変迷惑なキャラクター。そのくせ近くに寄らずにはいられない魅力がある、大きな子どものような人。

 青山さんの話を読みながら、宇野さんの気持ちをもかすかに感じるこの本は、評論というよりは私小説。

 魅力ある人には私は弱い。

 そしてきっと、宇野さんも弱かったのだろうな、と、文章のはしばしから感じてしまう。

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2007年1月 5日 (金)

イッツ・オンリー・トーク -絲山 秋子

イッツ・オンリー・トーク Book イッツ・オンリー・トーク

著者:絲山 秋子
販売元:文藝春秋
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やられた...

たしか、林真理子さんのエッセイだったと思いますが、「小池真理子さんが悪女としての女の本音部分を暴露した」というような事を書かれていた覚えがあります。

 小池真理子さんの著作は未読なのでわからないけれど、林真理子さんのことは「東京に憧れる、半田舎の人間の気持ちを暴露した」と思ってます。

 森瑶子さんは「女にも欲望があること」を、山田詠美さんはその欲望を「女にも楽しむ権利があること」をそれぞれ暴露したと思ってます。

 どの方の才能も、私の憧れです。読んだとき、その的確さにリアルさに、本音の気持ちの表現力に、脱帽しました。

 

 絲山秋子さんのこの「イッツ・オンリー・トーク」を読んで、久しぶりにその気分を味わいました。

 彼女は、自分の感情を、感情のままに外にだせない女性がいることを暴露した。

 女性にも冷めた目線があることを、傍観者としてみれる冷静さを持っていることを暴露した。

 それはあんまり冷静で、冷静すぎて、逆にかくされた感情をあらわにする。

 そのかくされた感情に共感してしまう。理解してしまう。主人公の行動を私は全く否定できないまま、その潔さに強さにうたれる。

 こんな強い文章は、みたことがない。

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2006年12月31日 (日)

ムーミン谷の冬 -トーベ・ヤンソン

ムーミン谷の冬 Book ムーミン谷の冬

著者:Tove Jansson,トーベ・ヤンソン
販売元:講談社
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ムーミンが一人ですごす暗くて長くて、じわじわ暖かい冬

 年末年始のため、実家に帰省中です。

 ここの冬は、肌を切る寒さではなく骨が凍る寒さで、東京のぬるい寒さに慣れてしまった私には、ちょっとつらい。

 朝早くて夜が早い農家の生活体系は、一人暮らしで怠惰にすごしてる私には大変つらい。

 家族が寝静まっている夜中、寒さにふるえながら一人でごそごそ動いているのは、なんとなく取り残されたような気分で、冬眠中に眼が覚めてしまったムーミンをふと思い出す。

 

 ムーミン谷の住人は十一月になると、おなかに松葉をどっさりつめこんで春になるまでぐっすり眠る。(ただし、スナフキンをのぞく。彼は冬には旅にでるから。)

 「ムーミン谷の冬」は、そんな冬眠から眼が覚めてしまったまま、眠れなくなったムーミントロールが、一人で冬をすごす物語です。

 冬のムーミン谷は、冬の住人たちが歩きまわる。ムーミンは自分たちの家やボート小屋に、おしゃまさんやご先祖さまがいることを知る。

 太陽が顔をみせない冬の間にあらわれる、モランや氷姫のことを知る。

  暗いくらい冬ではあるけれど、決してつらいわけではない。

 最初はお日さまを待ち焦がれるだけだったムーミンも、気がつけば、冬のムーミン谷を好きになっちゃってる。

 そう思ったころに、ムーミンママも眼をさまして、春が来る。

  

 寒くて一人コーヒーをいれる夜中。

 一人だけれど、同じ屋根の下に私以外に誰かがいる。取り残された気分と同時に、そんな安心感もある。

 ムーミンのように、歩き回るご先祖ではないけれど、ご先祖さまも間違いなくここにいて。

 春まで待たなくても、明日確実にお日さまはあがる。

 ただし、皆が眼を覚ますころ、私の方が眠ってしまっているけれど。

 

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2006年12月24日 (日)

天球儀文庫  -長野 まゆみ

天球儀文庫 Book 天球儀文庫

著者:長野 まゆみ
販売元:河出書房新社
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昔、4冊にわかれて発行されていたものが1冊に

 ぬいぐるみは、もともとほしいと思ったことがありませんでした。かわいいとは思うのですが、あえて買おうとは思わない。

 なのにこの本を読んでその後、バイト先のおもちゃ屋にあったぬいぐるみを、一目ぼれして買いました。

 それは、オペラピンクのうさぎのぬいぐるみ。

 この本の、「銀星ロケット」という話にでてきます。

 かつて子どものときにほしかったウサギのぬいぐるみに、父親になってからおもちゃ屋で再会して、古い友達にであった気分になって購入するという映画。

 その映画が大好きな伯父さんのために、「銀星ロケット」の主人公の一人はおもちゃ屋で、オペラピンクのウサギをかかえて、伯父さんをでむかえる。

 「オペラピンク」という、ちょっと古めかしい表現、かつ派手な色彩のイメージが、妙に心にのこっていて、気になって。

 ピンクというには少し赤みの強いウサギをみたとき、ああ、これだ、と勝手に決めつけて、買いました。

 ピンクもぬいぐるみも好まないのに、今でもそのウサギは部屋にいます。

 その子以外にもぬいぐるみはあるけれど、自分からほしくて手に入れたのは、この子以外には一つだけ。

 正式に、おもちゃ屋で買ったようなぬいぐるみとしては、この子だけ。

 もちろん、もとになった「銀星ロケット」と一緒に、まだまだしばらくはこの部屋にいることでしょう。

 なんせ、名前までつけちゃっていますから。

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2006年12月22日 (金)

恋は底ぢから -中島 らも

恋は底ぢから Book 恋は底ぢから

著者:中島 らも
販売元:集英社
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ときおりある、まじめな話が胸をうつ

 いわゆる「世間一般にほめられるいい子」でいるように育てられた私の、眼をあけてくれた作家さんが何人かいます。

 景山民夫さんの辛口エッセイ。 林真理子さんの自虐的なエッセイ。吉野朔実さんの冷静なマンガ。山田詠美さんのクールな小説。夢枕獏さんの哲学的な思想。

 中島らもさんもその一人、目をあけた後半で出会った人の一人です。

 そのふざけたエッセイはジャンルの幅がめっぽうひろく、社会派ネタ、老人ネタ、大阪ネタ、下ネタ、ドラッグネタまで様々ですが。

 実はふざけたようで、すごく深い。

  

 「恋は底ぢから」も、そんなエッセイの一つです。

 ふざけたネタのなかで、ぽつりと真面目な話が入る。

 それはとてもとてもロマンティストな恋に対する、ロマンティストで照れ屋な男の無様な思想。

 うっかりドアをあけるとそこに突然やってくる。そういう意味で恋はNHKの集金によく似ている。

 恋ははじまった瞬間からめそめそと先細っていく。そういう意味で恋はヤマイモに似ている。

 そんな文章にうっかり笑って、その後で、気づかされる。なんて真面目なエッセイだろう。

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2006年12月21日 (木)

サンタクロースっているんでしょうか? -東 逸子

サンタクロースっているんでしょうか? Book サンタクロースっているんでしょうか?

著者:東 逸子
販売元:偕成社
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本当は、著者は東逸子さんではありません。

 昔、「詩とメルヘン」という雑誌を買っていました。

 「詩とメルヘン」はやなせたかしさんが編集長をつとめ、読者投稿の詩にプロのイラストレーターが絵をつける、甘いタイトルとはうらはらに良質な雑誌でした。(現在は休刊されているようです。)

 この雑誌でこの本がリニューアル出版された、と、紹介されていました。購入したのは東逸子さんの絵にひかれたからです。

 それが私が中学生の頃。

 今日、本屋でみかけました。こんなにロングセラーの本だとは知りませんでした。

 

 タイトルの質問は、1897年、8歳の女の子がアメリカの新聞社に手紙で問いかけたものです。

 新聞社は、彼女への質問にこたえ、その返事を社説に書きました。

 この本は彼女の手紙と、後に「アメリカでもっとも有名な社説のひとつ」と言われたその返事を掲載したものです。

 8歳の女の子には少し難しい言葉かもしれないけれど、でも一生懸命、彼女に話しかけるように書かれた返事はとてもあたたかい。

 サンタクロースがいるのかどうか? 新聞記者はなんと答えたのだろう? 下世話な言い方をすれば、どう、言い含めたのだろう?なんて、読む前に思ってしまった自分を少し恥じたくらいです。

 

 私が一番好きな部分は最初のところ。

 「この手紙のさしだし人が、こんなにたいせつなしつもんをするほど、わたしたちを信頼してくださったことを、記者いちどう、たいへんうれしくおもっております」(本文抜粋)

 全編にわたって誠実に答えている文章ですが、ここが一番じんわりきます。

 説明すると、陳腐になるので書きませんが。

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2006年12月19日 (火)

人のセックスを笑うな -山崎 ナオコーラ

人のセックスを笑うな Book 人のセックスを笑うな

著者:山崎 ナオコーラ
販売元:河出書房新社
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タイトルで敬遠してはいけません

 純文学、と言われるものを読むとよく、主旨となる話でない、側面の話に魅力を感じることがあります。

 魅力的な人達、魅力的な人間関係の近くにある、平凡でささやかな事柄が題材になっている事が、純文学では多いようなような気がするのです。

 

 この、「人のセックスを笑うな」もそうです。

 中身はとてもシンプルです。直木賞ではなく、芥川賞の候補作になったのもうなずけます。

 これは19歳と39歳の恋愛話。

 料理もしてあげて相手を心配して。こんなに俺は相手を思いやれるのに、と、19歳。

 自分に一生懸命で、自分のしたい事だけ口にし行動する39歳。

 はたからみれば、大人びた19歳と幼い39歳に感じるのは理由がある。

 恋愛を、まだはすにかまえてみてしまう子ども。

 恋愛だけに、かまけていられないことを知っているからこそ、無邪気に真剣にそれを楽しむ大人。

 「人のセックスを笑うな」は、その事に気づかない19歳の「この俺の恋愛を笑うな」という言葉に置き換えられる。さわやかな恋愛小説なのだと思います。

 

 しかし私は、39歳のユリの旦那とユリの出会いが気になる。19歳のオレの親友二人の動向が気になる。

 気になって、主人公オレとユリの恋愛など、どうだっていいと思えてしまう。

 私は多分、純文学は好みではないんだな、と思う瞬間。

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2006年12月17日 (日)

ペンギンのペンギン -トム カレンバーグ,デニス トラウト

ペンギンのペンギン Book ペンギンのペンギン

著者:トム カレンバーグ,デニス トラウト
販売元:中央公論新社
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彼らが大好きです

 何のはずみか知らないけれど、ペンギンが好きです。

 一度はまじめに飼おうかと思ったほど。

 けれど、この本を読んであきらめました。

 彼らはジョガーで、

 世界のあらゆる法則をみいだし、

 くしゃみからジャズを生み出し、

 愛の表現に、われわれとは違う言葉をつかう。

 彼らのあまりの偉大さに敬意を払って、置物で我慢することにします。

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2006年12月15日 (金)

おしゃべりな映画館 -淀川 長治,杉浦 孝昭

Book おしゃべりな映画館〈3〉

著者:淀川 長治,杉浦 孝昭
販売元:マドラ出版
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お気に入りの作品がテーマだとつい、二人の意見が気になってしまう

 おすぎさんこと、杉浦孝昭さんのトークショーには行った事がありますが、残念ながら淀川さんのトークショーを行く機会にはめぐまれませんでした。

 仕方がないので、淀川さんの著作で我慢するしかありません。

 語り口で書かれているたくさんの映画批評、どれも大好きです。

 映画にまつわるものとして、淀川さんがすごした大正の時代の話なんかは、明治、大正話の好きな私にとってはダブルで楽しめて最高です。

 何がいいって、どれも愛があふれている。

 以前ここにのせたこともある、「十皿の料理」の著者、コート・ドールのシェフ、斉藤氏の料理を語る口調につうずるものがある、その、優しいまなざしがみえるような、暖かく大きな口調。

 時にはもちろん辛口なのだけれど、辛いからって食べにくい話であるわけでもなく。ただ、そういう時だけちょっと頑固じいちゃんが入っていてそれもまた可愛いなあ、と感じてしまいます。

  

 おしゃべりな映画館は、淀川さんと杉浦さんの対談集。

 毎回、1,2本の映画をとりあげて、二人であーでもないこーでもないと話します。

 二人して監督をさんざんけなすこともあれば、二人の趣味が全く違って、片方はこきおろし、片方は何処吹く風とうけながすこともある。

 例えば友達同士で映画の話をするとき、意見が食い違えばケンカになることもあるでしょう。相手をおもんばかって口ごもったり、あわせちゃうこともあるでしょう。

 それがこの二人にはない。全くないわけではないけれど、最低限自分のスタンスだけはしっかり守る。

 プロなのだから当たり前。それをいったら身もふたもないけれど。

 この二人の会話に参加したかった、というのは多分、夢見すぎでしょうが、

せめて、近くで聞いてみたかった、と思うのは私だけでは絶対ないはず。

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2006年12月 5日 (火)

夢十夜 -夏目漱石

夢十夜 他二篇 Book 夢十夜 他二篇

著者:夏目 漱石
販売元:岩波書店
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黒澤明の「夢」とは違います

 色つきの夢ではありませんが、大抵毎日、夢をみたことは覚えています。

 起きた直後から、するすると内容を忘れることがほとんどですが、目が覚めて、しばらく現実と区別がつかないほどリアルなものも多いです。

 忘れていても、起きてから1時間後くらいにフラッシュバックのように夢の内容を思い出すときもあり、そういう時はちょっとあせります。

 そういう夢は忘れません。いつまでも覚えていて、いつか記憶と混ざってしまいそうで怖いです。

 

 「夢十夜」は六夜目が学校の教科書にのっていました。確かに、教科書に載るにふさわしい、しごく夏目漱石らしい話です。「坊ちゃん」のような素朴な感じがただよいます。

 映画的なのは、二夜目と三夜目。二夜目の武士のあせり具合、三夜目のしんしんとした夜の感じが気に入っています。

 一夜目のロマンティックな女と、五夜目の情熱的な女は、どちらも甲乙つけがたい。これはとても小説的でしょう。

 この話の夢を本当に夏目漱石がみたかはわからないけれど、自分の昨日のリアルな夢を思う限り、夢のなかでもやっぱり夏目漱石は夏目漱石で、私は私なのだな、と思います。 

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キッパリ! -上大岡トメ

キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法 Book キッパリ!―たった5分間で自分を変える方法

著者:上大岡 トメ
販売元:幻冬舎
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案外楽しい

 いわゆる自己啓発本は、買ったことがありません。

 参考書やダイエット本と同じく、買っただけで満足して続くとはとても思えないのと、ただ単に買うのがなんとなく恥ずかしいから。

 絵本系だろうが、癒し系だろうが、なんとなく気恥ずかしい。なんというか、18歳未満禁止の本を買うより恥ずかしい、と思ってしまうのは性格なんでしょう。

 この本も買ってはいません。平積みになって売られているのをみて、表紙の絵にひかれて立ち読みしただけです。

 中身は案外、シンプルでした。

 掃除はやろうとか、とにかく動いてみようとか、前向きに動くためのシンプルな生活方法。

 そして前向きになるために、まず、表紙にもあるポーズをしてみましょう。そういう本です。 

 家でこのポーズ、やってみました。案外有効です。床に座り込んで動けないとき、とりあえず立ち上がってこのポーズすると、すっきりして動く気になる。

 もし、自己啓発系の本を何か選んで買えといわれたら、多分これを買います。でもこの表紙の絵だけで、十分かもしれないです。 

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2006年12月 2日 (土)

放浪記 -林 扶美子

放浪記 Book 放浪記

著者:林 芙美子
販売元:新潮社
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ひりひりする

 例えば、重い気分のときにあえて悲しい映画をみて泣いたり、昔にひたるために懐かしい音楽を聴いたりすることは、ちょっと変化球はいってるとはいえ、前向きさ加減を感じられますが。

 落ち込んでるときに「人間失格」を読んじゃったり、失恋したときに中島みゆきを聴いたりするのは、前向きというより自虐的行為かと思います。

 自虐的にとことんどんぞこまでいけば、這い上がるのは早い、と、思いたいところですが、 太宰やら、中島みゆきなどは強烈すぎて、逆にとりこまれてしまいそうにもなったりするので要注意。

  

 などという事を、林扶美子さんの「放浪記」をうっかり久しぶりに手にとって読んで、取り込まれている私が言うな、と思います。

 自伝的小説、というか、私小説であるこの「放浪記」は、彼女の貧乏な生活、淋しい心持をふんだんに、おおっぴらに明かしていて、読んでいて本当に痛いです。

 貧乏はともかく、淋しいという気持ちについては、時折、元気な日の心持が書かれているだけに余計痛々しくて、自分にはねかえってきてつらい。

 これはいけない、と思いつつ、それでも最後まで読んでしまって。

 「嫌われ松子の一生」あたりならば、自分を省みて落ち込むくらいですみますが、「放浪記」は強烈すぎる。

 自分の薄っぺらな前向き加減は、見事なほど叩き潰されて。おかげで意味なく、ちょっとうつ状態に入るほど。 

 せっかくの週末に何をやっているんだと、自分につっこみをいれずにはいられません。

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2006年11月28日 (火)

ドラゴン・パール -シリン・パタノタイ

またもや画像なし...

 「ワイルド・スワン」を読んでからというもの、近代中国史ものにはつい手がでてしまいます。

 けれど「ワイルド・スワン」に描かれた文化大革命があまりに生生しかったため、逆に当時が舞台の小説、「中国の小さなお針子」を読んだときは、そののんびりさにあまりリアリティを感じませんでした。 

 そういう時には、小説よりノンフィクションを好む人達の気持ちがちょっとだけわかるような気がします。

 「ドラゴン・パール」もノンフィクションです。

 「ワイルド・スワン」は共産党の幹部の娘の目線でしたが、こちらは国賓という名の人質の目線。

 作者、シリン・パタノタイはタイの新聞記者の娘ですが、幼い頃、兄弟と一緒に「生きた架け橋」として中国へ送られます。

 タイの、明るい色彩の世界から中国へ。しかも保護者代わりは周恩来。

 毛沢東を間近でみるような立場でいながら、それでも学校へ行ったり恋愛をもするけれど。

 文化大革命はやはり彼女たち兄弟を巻き込みます。

 自己批判だけでなく、父や、保護者となってくれていた周恩来をも批判しなければならなくなり、兄弟は国外追放になり、彼女は一人になってしまいます。

 それでもくじけず、あきらめない。

 彼女は、自身の人脈でイギリスに亡命し、後々にはタイと中国の国交を深める際の通訳になり、真実「生きた架け橋」となりました。

 正直、もっと読まれていい本だと思うのですが、図書館で見つけた以外、本屋で売っているのをみたことがありません。

 「ワイルド・スワン」とセットで是非、読んでみてもらいたい本だと思います。

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2006年11月25日 (土)

100万回生きたねこ -佐野 洋子

100万回生きたねこ Book 100万回生きたねこ

著者:佐野 洋子
販売元:講談社
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「100万回死んだねこ」が最初のタイトルだったようです

 100万回生まれ変わっている猫の話。

 この本が持つ意味を問い始めたら千差万別だと思います。

 哲学的な意味をもたせる人、愛の意味をもたせる人、因果応報なんて意味をもたせる人だっているでしょう。

 けれど、この本の読後感はきっと皆同じだと感じます。

 誰かをすごく好きになりたくなる。

 大事な人がそばにいたら、きっと抱きしめたくなる。

 そういう本です。

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2006年11月24日 (金)

テムズとともに - 徳仁親王

 ひょんなことから、手に入れた本です。知り合いが偶然、紀伊国屋書店で数百部のみ販売していたのを買い、それをいただきました。

 「学習院 教養新書」というところから出版されており、そちらに問い合わせれば手に入るようですが、基本的には非売品です。Amazonにも情報がありませんでした。

 これは、徳仁親王自身が書かれた、オックスフォード大学へ留学した二年間の英国滞在記。皇室の方の目線で語られる、海外留学。自分とは縁のない二つが同時に楽しめる貴重な本です。

 女王陛下自ら入れたティーを味わい、他国の皇太子とスキーにでかけもするが、洗濯機に洗濯物をつめこみ、泡をあふれすぎたり、「生まれてはじめて」銀行へ行ったりクレジットカードを使ったりもする。

 英語どころかラテン語の史料に苦戦し、深夜まで勉強する日もあれば、テニスのコレッジ対抗試合に出る日もある。

 同じ学者目線での英国滞在記としては、林望さんのエッセイの方に軍配をあげます。やはり林さんのユーモアを交えた文章よりは、はるかに固い。

 けれど、決してユーモアがないわけではありません。

 「 日本からの観光客、若い女性に目の前で「ウッソー!」と言われた時は、「ウッソー!」の本義を知らず、どう反応していいか迷った。」

 「 ディスコにジーンズでいったら、ドレスコードにひっかかって自分は断られたが、一緒にいた警護官は許可された」

 なんていう、自分の立場をあえて若干ちゃかしているエピソードを読むと、ほんの少しだけ、人となりがわかったような気がして嬉しくなります。

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2006年11月22日 (水)

子どものための美しい国 -ヤヌシュ・コルチャック

タイトルからして儚い

 「コルチャック先生」という映画にもなった、ヤヌシュ・コルチャックは、「子どもの権利条約」の基盤を作った方です。彼は孤児院の院長として子ども達と共に生き、ユダヤ人収容所に連行される子ども達を最後まで見捨てず、彼らともにガス室にて生涯を終えました。

 彼が書いた「子どものための美しい国」は児童文学ですが、決して甘い夢物語ではありません。

 それは、子どもが持つ美しい理想を現実にしようとがんばった、少年の物語。

 主人公は、お父さんの後を継いで国王になったマット少年。「大人と子どもの理想郷」としての国をつくろうと、子ども議会を作ったり、大人相手に、きちんと子どもの意見を伝えるマットは本当に勇猛果敢で行動力抜群です。

 けれど、自分の理想が、他の人にとっても理想とは限らない。理想を同じくしていたって具体的なその中身は大きく違うことを、マットはじわじわ味わうことになる。

 子ども達の無邪気な願いが、権力によって、大人の邪気だらけの欲望とイコールになる後半。その怖さは、ホラーどころではありません。

 それでも最後まで、マットは完全には絶望はしない。せめてもの救いです。

 理想を現実にするのは本当に難しい。けれど、理想を現実にしようとチャレンジすること、それ自体は決してあきらめちゃいけない。

 つらい本ですが、重い本ですが、おすすめです。

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2006年11月20日 (月)

KIDS! -伴田 良輔

写真集なのに、Amazonにすら写真がない...

 

 絶版なのかわかりませんが、「KIDS!」は大好きな写真集です。

 60人ほど写っている子供達は、ただの子供じゃありません。あらゆるジャンルの有名人達です。

 ユングにエジソン、リンドバーグ。カフカ、アステア、ヘミングウェイ。ジーン・ケリー、ガルボ、ウォーホールから、美智子皇后まで。 

 アインシュタイン6歳の写真は妹と一緒。二人して、挑むような目つきが只者ではない。

 5歳のピカソは、やんちゃ、生意気をとおりこして、ふてぶてしい態度が満載。

 バーグマンの瞳は8歳にして憂いを帯びて、0歳のモンローは愛想のいい笑顔をふりまき、三輪車にのったフランク・ザッパはすでに貫禄十分で。

 知っているからそうみえるのか、そういう片鱗をみせている写真ばかりを集めたのか。 それは半々かと思います。

 ただし、この写真のなかで唯一、片鱗がみえるどころかむしろ意外な写真、と言われたら、ダントツでジョン・トラボルタ。

 1歳の彼に今の「あご」はどこにもみあたりません。とんがり頭に大きな丸い目。カエルの口みたいに閉じられた口もと。キュートな宇宙人のようなその姿からトラボルタは全く想像できません。

 できるものなら、ここに写真を載せたいくらい。「写真」の写真もいけないんだよなあ、と思いつつ、この写真集の復刊を願わずにはいられません。

 別世界にいるように感じている多くの偉人たちは、でもやっぱり同じ世界の住人で、そしてかつては小さな子供だったことを気づかせてくれる。素敵な写真集だと思います。 

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2006年11月18日 (土)

風味絶佳 -山田詠美

風味絶佳 Book 風味絶佳

著者:山田 詠美
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

映画は結局みてません...

 
 大抵の、おもしろい小説というのは、夢中で読んで、読み終わってから、時間があっという間にすぎた事に驚きます。
 ところが、山田詠美さんの小説は違います。
 何故なら、体内時計が小説内の時間の流れと同じく動くから。
 小説の中で何日かすぎた章にさしかかったりすると、あわてて時計をみたくなって、まだ15分ほどしかたっていない事に驚いたりします。
 彼女の小説は時間をも凌駕するのか、と思います。
 
 「蝶々の纏足」以来の大ファンです。
 「ベッドタイムアイズ」「ジェシーの背骨」「指の戯れ」あたりは中学生の頃に読んだので、その小説の持つ、深い意味は本当にはわかっていませんでした。何年もたって再読して、つくづくわかっていなかったと感じずにはいられません。それでも読まずにはいられない不思議な魅力がありました。
 
 「風味絶佳」は短編集。映画になったものはタイトルと同じ「風味絶佳」という、「アメリカかぶれ」の素敵なグランマ、不二ちゃんを持つ、ちょいと途方にくれがちな男の子の、やはり途方にくれた恋物語です。
 シチュエーション的にも、内容も、エイミー節が全開で、不二ちゃんは、どう考えても未来の山田さんを想像させて、にんまりします。

 「風味絶佳」は間違いなく、誰もが気に入る物語だと思いますが 個人的には「夕餉」「春眠」もお気に入りです。
 どの話も一見、お気楽にみえている人が、決してお気楽だけでいきているわけではないという事を、そっと示してくれます。そしてそういう人達は、お気楽だからと誤解され、非難されやすいという事も。
 
 滋養豊富なのは森永ミルクキャラメルだけじゃない。彼女の書く小説もどれもこれもが本当に、風味絶佳で滋養豊富だとつくづく感じます。

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2006年11月16日 (木)

だから、あなたも生きぬいて -大平 光代

だから、あなたも生きぬいて Book だから、あなたも生きぬいて

著者:大平 光代
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

その強さに、あこがれる

 自分の性格は、たいへんに「甘ちゃん」だと思います。

 末っ子なせいか、上のやることをみて上手にまねて、無駄によろいだけは厚くなっていたので、中身はへろへろに弱いです。

 それでも、学生のうちはごまかしもききますが、社会人になって、ひとりで戦おうとおもったとき、その弱さに愕然としました。

 弱さを認めたくないとき、いじめっ子になります。

 弱さに卑屈になってしまっているとき、いじめられっこになっています。

 そしてどちらの場合も、その時点では気づいていないということが問題でもあり救いにもなっています。本当は気づいたほうが、そこで戦った方が、強くなるのだろうな、とも思います。

 だから大平 光代さんのように、自分の甘さ、弱さを克服した人は、弱さを知っている分だけ、誰より強いと感じます。

 

 大平さんは中学の時のいじめが原因で自殺をはかり、友達と距離をおかれ、極妻にまでなった経験のある方です。

 彼女は20代すぎに中学生程度の学力もろくにないところからスタートし、まわりにはげまされながら大検をうけ、司法試験をうけて弁護士という職につきました。

 だから、あなたも生きぬいて。

 読んだあとは、この、一見、陳腐とも思ってしまうタイトルに重みが加わります。

 ここのところのいじめの話題に対して、いじめる側の気持ちもいじめられる側の気持ちも、わかるようで本当には私にはわかりません。私が持っている体験はあくまで私個人の体験で、それぞれがみな、違う痛みを持っているだろうと思います。

 ただ、生きてさえいれば何だってできる。それはまわりへのリベンジだけでなく、償いも。少なくとも、大平さんがここにその一例を証明してくれています。

 だから、読んでもらいたいな、と思います。迷っている全ての子供に、そして大人に。

 あこがれるだけでなく、勇気をもらえた気分になって、自分におこった色々な出来事、プライベートや仕事での逆境をばねにする元気がでてきます。

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2006年11月14日 (火)

たったひとつの冴えたやりかた -ジェイムズ・ジュニア・ティプトリー

Book たったひとつの冴えたやりかた

著者:浅倉 久志,ジェイムズ,ジュニア ティプトリー
販売元:早川書房
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勇敢な女の子と勇敢な生き物の素敵な友情

 それは近未来。場所はありとあらゆる星の生き物がつどう図書館。

 カセットに収められている、ありとあらゆる異星人の歴史、蔵書のほんの一部。

 司書がすすめる3編の話がここに記されています。

 その中でもタイトルにもなっている「たったひとつの冴えたやりかた」が、私は一番好きです。

 親の目をこっそり盗んで、監視官の眼をあざむいて、宇宙旅行に行く女の子。彼女が出会った、そして堅い友情を結ぶことになった生き物は、生き物といっても語弊がある生き物だけど。

 二人の会話は、本当に礼儀正しくてかわいらしくて誠実で。

 そして二人が決めた「冴えたやりかた」は本当に勇敢で。

 主人公が、その「やりかた」を大人たちに伝える方法が、賢くて粋でまいります。彼女のその方法に気づいた大人たちもまた、粋な人だとちょっと思います。

 冷静にみれば悲しいラストではあるけれど、これこそがたったひとつの方法で、一番冴えたやりかたなのだから。

 そうはわかっているけれど。

 二人が、お互いにさよならをするやりとりは、あんまり潔くてかわいらしくてせつなくなります。

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2006年11月13日 (月)

ジョゼと虎と魚たち -田辺 聖子

Book ジョゼと虎と魚たち

著者:田辺 聖子
販売元:角川書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

大阪弁がやわらかく聞こえる

 だって、しゃあないやん。

 大阪弁でそんな風に書かれると、そこに開き直りとも潔さとも思われる、すがすがしさを感じます。

 だって、仕方ない。

 標準語で思ってみても、なんだかネガティブなあきらめ感がただよいます。とても大阪弁には勝てません。

 私のまわりに素の大阪人は少ないので、大阪弁と接する機会は、田辺聖子さん、通称お聖さんの小説くらいしかありません。

 大阪弁が、明るく潔く聞こえるのは、田辺さんの小説が、あっけらかんとしているからかもしれません。

 

 ベタベタな大阪弁で書かれた、ベタベタな大阪人の物語。

 決して軽い内容ではない男女の話を、重い気分にならずに読めるのは、決して大阪弁で、ベタなギャグがはさまってるからだけではありません。

 潔い人、潔くない人、悩む人、困っている人。どの主人公もどの登場人物も、誰も悪くは思えない。

 優しい目線で、しゃあないなあ、とお聖さんが笑っているような、そんな気がしてくるのです。

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2006年11月 9日 (木)

タイガーと呼ばれた子 -トリイ・ヘイデン

<トリイ・へイデン文庫>タイガーと呼ばれた子--愛に飢えたある少女の物語 Book <トリイ・へイデン文庫>タイガーと呼ばれた子--愛に飢えたある少女の物語

著者:トリイ・ヘイデン
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

著者もまた、痛々しい

  昔、特殊学級に通う児童と接する機会が多い職場にいました。
 彼らとコミュニケーションをとるのは確かになれるまでとまどいました。正直、最初は腫れ物に触るようだったと思います。

 けれど、一度なれてしまうと、下手に感情を隠してしまう子供に比べてなんて愛らしいことか。その、まっすぐな眼はなんて正直なことか。

 間違っている事は間違ってる。疑問に思った事は聞いてくる。
 その素直さに感嘆し、聞かれた事はなるべく答えました。子供むけの答えでなく、思った事を答えると、不思議と彼らは納得してくれました。

 そんな彼らも癇癪をおこしたり、何か意地になったりするともう、意思の疎通ができなくなる。その姿をみるたびに、何もわかってあげられない自分が悲しくなりました。

 わからないという事だけわかっているだけ、まだまし。知り合いで、知的障害者や情緒障害者用の施設に勤めている人はそう言っていましたが、それでもやはり、少しだけ悲しい。

 

 トリイ・ヘイデンは、情緒障害の生徒をうけもつカウンセラーです。
 彼女の書く話はだから、実体験が元にはなっていますが、でも立派な小説です。

 自分がうけもった生徒を、ドキュメンタリーのようでなく指導する者の目線で描写しながら、なおかつ、生徒に対して何もできないことにいきどおり、相手の態度にとまどい、そして自身の生活にも悩んでいる自分を客観的にきちんと書いてあります。

 

 だから、痛々しいほどに繊細な生徒に対するトリイもまた痛々しいほどまっすぐで、私は彼女の作品を読むたびに、同じようにまっすぐだった、かつて出会った子達を思い出させられます。

 元気だろうか、笑っているだろうか、幸せだといいな、としみじみ思います。

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2006年11月 8日 (水)

北原白秋詩集 -北原白秋

北原白秋詩集 Book 北原白秋詩集

著者:北原 白秋
販売元:角川春樹事務所
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青春でも、朱夏でも、玄冬でもなく

 蔓薔薇の茂るバラ園ならば、「野中の薔薇」が似合うだろう。
 けれど、庭の隅にひっそりと植えられたような薔薇の木には、白秋の「薔薇二曲」がふさわしい。
 
 今、住んでいる部屋からみえる、小さな庭にも薔薇の木が一本だけ植えてある。
 折れ曲がりながら伸びている枝は支柱にもたれかかって、丈だけが高い。
 蔓薔薇ならばともかく、普通の薔薇は一本だけではみすぼらしい。
 でも、そのみすぼらしさは、この貧相な庭にお似合いで、ひいては居住者である私をあらわしているようで、なんとなくいつも見てみぬふりをしてしまう。
 
 それでも、薔薇は咲く。
 季節を問わず、何の前触れもなく、ある朝ふいに貧弱な枝の先端に一輪だけ花をつける。
 その枝ぶりには不自然なほど堂々とした薔薇の花を前にして、意表をつかれた私は自分を恥じるような、なんともいいようのない気持ちになる。
 その薔薇を見るたびに感じる、とまどいを含んだ気持ちは言葉にならず、ただ、白秋の歌を思い出す。
 「薔薇ノ木ニ
  薔薇ノ花サク
  ナニゴトノ不思議ナケレド」
 
 今朝、久しぶりに薔薇が咲いていた。
 柔らかな色をした薔薇は、薄曇りの朝の、ほの暗さの下で、これ以上ないくらいの気品をただよわせているようだった。
 いつもは思い出さない、二編目を思い出した。
 「薔薇ノ花。
  ナニゴトノ不思議ナケレド。
  照リ極マレバ 木ヨリコボルル
  光コボルル。」

 まったくもって、白秋にはかなわない。

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2006年11月 4日 (土)

木を植えた人 -ジャン・ジオノ

木を植えた人 Book 木を植えた人

著者:ジャン・ジオノ,ジャン ジオノ
販売元:こぐま社
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「木を植えた男」という名で絵本にもなってます

 農家の仕事は地味です。

 土を掘り起こす。種をまく。

 消毒をし、草をとり、間引きをし、水をやる。

 単調な事の繰り返しを、けれど確実におこなわなければ何も実らない。

 それをみながら育ってきたくせに、私の性格はこんなにせちがらい。

 「のんびり屋でおっとりしている」との評をいただいていたのは、保育園の時だけです。

 いったい何があって、今の性格になったのだろう、と少し不思議です。

 そして、「のんびり屋でおっとり」の方が、やっぱり自分の本質なのではないかとも少しだけ思ってます。

 

 「木を植えた人」の主人公が出会う男は、農家のひとではありません。

 けれど強い望みではない、ささやかな願いのために、実に淡々と木を植える、種を埋めていきます。

 一見、地味な作業が、実をつけてゆく、力になってゆく。

 

 会社の仕事も同じだと思います。

 惰性でなく、日々の仕事を淡々とこなしながら長く勤めている方には、フットワーク軽く、といえば聞こえがいいが、転職をちょろちょろして器用貧乏な私のようなタイプにはつかめない、しっかりとした力強さ、この本の主人公のような、お百姓さんのような粘り強さを感じます。

 「のんびり屋でおっとり」のままの性格だったら身につけられたものなのだろうか、と思うときもありますが、今いる自分が決して嫌いじゃないから仕方ありません。

 フットワーク軽く動いたのが今までの経験ならば、ねばり強さを身につけるはこれから経験すればいいじゃないか、と思います。

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2006年10月30日 (月)

オンリー・ミー -私だけを -三谷 幸喜

オンリー・ミー―私だけを Book オンリー・ミー―私だけを

著者:三谷 幸喜
販売元:幻冬舎
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かなり笑える...

 東京サンシャインボーイズ主宰というより「古畑任三郎」の脚本の方が有名な三谷さんはエッセイも面白い。

エッセイからみえる私生活ぶりは、三谷さんの性格のかなりの悪さを示しているのだけど、明るく笑えます。

 ただそれだけではありません。

 このエッセイ、連載として書かれていたのはもう何年も前。私は文庫本になってから買いました。

 このなかに政権の話がちょろっとあり、そこに「小泉元郵政大臣が首相になればいいのに。」というような一文が。

 しかも理由は、小泉さんの思想でもなんでもなく、「おひょいさんのようなルックスでぱっと見、えらそうでなくていい」から。

 私が買った時は、まさに小泉政権まっさかりのとき。すごい人は眼の付け所もすごい、としみじみ思いました。

 ただ、三谷さんの性格を考えるに、皆に自慢してまわらずにきっと誰かがそれを指摘しているのをわくわくして待ったんだろうなあ。

 だから遅ればせながら、ここで指摘してあげましょう。ささやかですが。

 三谷さん、すごいです。

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2006年10月28日 (土)

ポプラの秋 -湯本 香樹実

ポプラの秋 Book ポプラの秋

著者:湯本 香樹実
販売元:新潮社
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誰にでもできそうでできないこと

 誰もが死ぬ。

 そんな当たり前のことを忘れがちなのは何故だろう。

 誰だって、明日、いや、残り1時間しか残っていない今日のうちに、死なないとは限らない。

 でもそんなこと、思いもしない。

 「自分もいつか死ぬ」という恐怖におびえたのは子供の頃で、今は逆に「だからこそ悔いのないように」という前向きな気持ちになれるというのに。

 いつまでも、どんな友達にも、明日も会えるとあたりまえのように思っている。伝えられる事を伝えずに、言わなくてもいい事をいう。

 そして悔いがのこる。のこって、伝えたくて。

 

 「ポプラの秋」にでてくるおばあさんは、そんな、忘れっぽい人達のためにいる。すばらしく素敵な方法で、リベンジさせてくれる。

 それこそ、泣きたくなる方法で。

  

 これを読んで、私もその方法を試みたくなった。やろうとしてでもやめた。私はポプラ荘に住んではいないし、おばあさんももういない。

 だから時折、一人で墓前に座る。座って、もう、会えない母と話をする。

 少し泣いて、少し元気になって、そしてまた懲りずに、生きている人達と悔いの残るかもしれない生活を繰り返す。

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2006年10月27日 (金)

ふたりはいつも -アーノルド・ローベル

ふたりはいつも Book ふたりはいつも

著者:アーノルド・ローベル,三木 卓
販売元:文化出版局
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タイトルは「みどりくんとちゃちゃくん ゆかいないちねん」

 私が入った短大には卒業論文はありませんでした。

 それでは思い出がないから、と、2年生でうける翻訳の講義では、毎年、童話を一冊翻訳する課題を与えられていました。

 私が選んだ童話は「Frog and Toad All Year」。邦題で「ふたりはいつも」として出版されているこの本です。

 2匹のカエルがコンビの、何冊かシリーズででているメジャーな童話です。翻訳本が出版されていないか、もしくはせめてもっとマイナーなものを選べばよかったものを、これを選んだのは、本の大きさと絵の量が好みだったから。

 前年度の作品を見る限り、翻訳はさておき、装丁に凝っているものが多く目をひきました。絵をコピーで貼り付けたり、原本とおりのサイズをあわせたりしていて、自分オリジナルの翻訳本が作られているところに興味がわいて。

 私もまた、翻訳そっちのけで、本の複製にこりました。

 絵を一枚一枚トレースして水彩色鉛筆で色付けし、ページは紐でとじてダンボールで正式に型をつくり、製本しました。裏表紙のバーコードまで真似したりして。

 そんなことに時間を山ほどかけたおかげで、翻訳の文章はあまり練る時間がない、という、本末転倒な状態。

 子供が読むということを想定、かつ、既に売られている翻訳本のまねにだけはならないようにだけを心がけて訳し、ほとんどみなおしなしでの訳でしたが、評価としては「こなれた訳だ」と誉められました。素直に嬉しかった。

 今でも手元に原本と作品はおいてあります。よくやったな、と思います。

 ただ、一点、残念なのは、当時はワープロもパソコンも持っていなかったこと。

 おまけに翻訳にすら時間がなかったのだから、手書きで書いた文字は笑っちゃうほどのなぐりがき。悪筆な字が、悪筆すぎて、小学生の子供よりひどい字です。

 装丁はわれながらほんと、すばらしい。

 でも人に自慢してみせるには、ちょっと中の字が汚すぎる。

 「翻訳」の課題ということを前提にしてもしなくても、自分の性格をつくづくあらわしている一冊となりました。 

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2006年10月14日 (土)

アリスの国の不思議なお料理 -ジョン フィッシャー

アリスの国の不思議なお料理 Book アリスの国の不思議なお料理

著者:ジョン フィッシャー
販売元:ベストセラーズ
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いくつか作りました

  「大草原の小さな家」のかえで糖。「ちびくろさんぼ」のパンケーキ。「メアリー・ポピンズ」の木苺のケーキ。
 物語に出てくる食べ物はどれもおいしそうで、憧れます。

 「ちいさい魔女」の塩漬けキャベツ。「グリーン・ノウの子供たち」のからし入りたまねぎのサンドイッチ。
 本当はあまり好きでないものまで、美味しそうに感じるから不思議です。
 本当に目の前にあるよりも、活字で書かれている方がより美味しそうにみえるのは、その物語にあるシチュエーションもプラスされているからかもしれません。
 
 何年か前に、「くまのプーさん」や「メアリー・ポピンズ」などにでてくる食べ物をまとめた料理本が、たてつづけに発売されたことがあります。
 図書館で何度も借りて、何度も読みました。
 ...そう、読んだだけです。
 
 私にとってその本は料理の本ではなく、大好きな物語にでてくる食べ物をより楽しむためだけのものでした。その料理がでてくるシーンを読んで味わい、その作り方から味を想像しつつ、また味わう。
 我ながらなんだかなあ、と思いますが、活字で”食べる”美味しさは捨てがたい。
 中途半端に作ってしまって味が固定されるくらいならば、そっとしておきたい。
 だからたとえ作ったとしても、この本をみながらは作らない。自分だけの味のイメージとイコールになるとは思えない。
 大事にしている小説の映画化が素直に喜べない気分、といえば、わかってもらえるでしょうか。

 
 「アリスの国の不思議なお料理」も同じく料理本です。
 けれど、この本の料理だけは安心して作れます。だって「飲んだら背が伸びる飲み物」「小石のケーキ」、その作り方が本物であるわけがないからです。
 もちろん本物だったら、それはまた別の理由で作りたくなるけれども。
 

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2006年10月13日 (金)

クラインの壺 -岡嶋 二人

クラインの壺 Book クラインの壺

著者:岡嶋 二人
販売元:講談社
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実際におこっても不思議じゃない、今日この頃

 間違っていたらすみません。

 外側と内側の、面が交差しないのにその空間はつながっている、というのがクラインの壺の特徴です。

 その「クラインの壺」。模型をはじめてみたのはNHK教育の番組でした。多分、小学生か中学生の頃です。

 クラインの壺については、メビウスの輪の親戚のようなもの、という事だけ知っていました。よもや模型があるとは思ってなくて驚きました。そのうえ、その模型はガラス製なのでTVではよくその形がわかりません。ただ、奇妙にねじくれたその形に魅かれて、本物がみたくて仕方ありませんでした。

 後に、ネット上で、「4次元空間でのクラインの壺を3次元に射影した画像」というものをみました。サイトそのものは、もはや私には理解できない次元の内容でしたが、画像は興味ぶかいものでした。

 それは私がずっと思っていた、あの壺の形でもなんでもなく、奇妙にねじれたドーナツのような形でした。

 

 岡嶋二人さんの「クラインの壺」は、3次元では表現できないその形を文章であらわしてくれています。

 題材そのものは、タイトルのおかげで微妙に小説の先が読めてしまったくらいにシンプルですが、その文章力で時間と空間を見事につながり、3次元にいる私は読んでいる間中、まごまごさせられました。

 

 TVでみたガラス製の模型。今では、あれが擬似「クラインの壺」であることを知ってます。残念だけど3次元では作れないものだという事も。

 それでもやっぱり、あの模型は欲しいです。

 あの模型をつくったガラス職人は岡嶋二人さんと同様、私に4次元をかいまみせてくれたもの。

 数学者よりずっとわかりやすく、ずっと素敵に。

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2006年10月12日 (木)

おろしや国酔夢譚 -井上 靖

おろしや国酔夢譚 特別版 DVD おろしや国酔夢譚 特別版

販売元:角川エンタテインメント
発売日:2005/01/28
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映画もよかったけど、ちょっと短い...。

 

  自分にとっての有名人が、人にとっても有名人とは限らない。
 
 高校生の時、「小泉今日子の顔がわからない」と、友達に言われて驚いた。
 当時、小泉今日子は第一線で活躍している真っ最中。CMにもTVドラマにも映画にもやまほどでていた頃だったので、顔がわからない、というのが信じられなかった。
 
 友達と話していたら、「太宰治?知らない。」と言われて驚愕した。試しに三島由紀夫、川端康成、の事も聞いてみたらやはり知らなかった。彼は大学受験をした経験があるはずなのに。
 
 そして私は、マジック・ジョンソンと間違えて、「エイズにかかったのはマイケル・ジョーダン」と思い込み、兄をのけぞらせた。

 名前が知られている人でさえ、今生きている人に対してさえ、そうなのだ。
 じゃあ「大黒屋光太夫」が、あまり知られていないのも仕方がない、そう思う。それでもちょっと悔しい。もったいない。

 
 「おろしや国酔夢譚」の主人公、大黒屋光太夫は実在の人物。

 船頭としてロシアの端っこの島に漂流した彼は、日本に帰るという夢をあきらめず、ロシアを横断するように移動し、エカチェリーナ2世に謁見までして、10年かけて日本に帰国した。

 この本を読むまで、大黒屋光太夫なんて、名前しか知らなかった。読んでから、こんなドラマティックな人生を歩んだ、かっこいい日本人がいたことを人に伝えたくなった。もちろんそれは、井上 靖さんの小説の力もあるかとは思うけれど。

 ちなみに「小泉今日子」を知らなかった友達は、お相撲さんの名前は詳しかった。お気に入りの力士について、彼は延々と話してくれたけど、その力士達のことを、私は誰一人として知らなかった。
 もう名前も忘れてしまったその力士も、大黒屋光太夫も、一部地域で有名人。誰かに伝えたくなる魅力を持つ人というのが有名人の条件だから。

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2006年10月 4日 (水)

邪魅の雫 -京極 夏彦

邪魅の雫 Book 邪魅の雫

著者:京極 夏彦
販売元:講談社
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大磯、平塚のみ、特装版で出版されているようです...。

 京極夏彦さんの代表作、京極堂シリーズは、屁理屈好きにはたまりません。

 アームチェア・ディテクティヴならぬ、「座敷憑物落とし」の京極堂と、ワトソン役にあたる小説家、関口との、長ったらしい会話が私はお気に入りです。

 その全てがかならず正論とは限らないし、もちろん、これが正しい!なんて書いてあるわけではありませんが、読むたびに、自分が持つ考えがいつも大きくゆさぶられる事は確かです。

 その複線のような会話をふまえて、事件がおこる。

 読みはじめて、妖怪=憑物にふれ、読み薦めるうちにその憑物にとりつかれ、最後に憑物おとしの作法によって、憑物はおち、目の前がすっきりする。

 こんな書かれ方をされたら、途中で読むのをやめる訳にはいきません。たとえ弁当箱のような厚さでも。

  

 今回は今までとちょっとばかりスタイルが違って最初は読みにくい印象をうけました。

 逆にいうと、再読するたびに楽しめる仕掛けが多くなっているイメージ。

 次作のタイトルは「鵼の碑(ぬえのいしぶみ)」と書いてありましたが、何年後に出版されるかわからない。

 それまで再読して楽しんでくれってことでしょうかね。

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2006年10月 1日 (日)

アンジュール -ガブリエル バンサン

アンジュール―ある犬の物語 Book アンジュール―ある犬の物語

著者:ガブリエル バンサン
販売元:ブックローン出版
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この表紙だけでも価値がある

 犬はしゃべらない。

 だから、何を思っているのか言葉では聞きようもない。尾をふる、笑う、ほえる、甘える、駆ける、そういう動作から、推測するだけだ。

 でもその態度に嘘はないはず。だからその行動だけで気持ちがわかる、ような気がする。 言葉で気持ちが聞ける人間よりもずっと。

 

 「アンジュール」は、セピア一色の絵本です。文章はありません。

 だけど、これほど犬の孤独や悲しみや喜びを、あらわしてくれている本を知りません。

 セピア色の、アンジュールはとても雄弁。たとえ、写真で同じように犬をとっても、これほど感動するとは思えない。

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2006年9月30日 (土)

家守綺譚 -梨木 香歩

家守綺譚 Book 家守綺譚

著者:梨木 香歩
販売元:新潮社
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文庫化されてます

 東と西の二方が垣根で区切られているせいなのか、種々雑多な木が生い茂っているからなのか、その場所だけがいつもひんやりと湿り気がある。

 そこに毎年、律儀に生えるきのこがある。

 巨大なマッシュルームとしかいいようのない、そのきのこは冗談ではなく私の頭より大きい。

 誰もそれがなんなのか調べたことはない。

 

 坪庭には見立ての橋がかかっている。無粋にも、その橋の下に本当に水を引こうとした父に逆らうようにして、庭はその年から苔むしはじめ、今では立派な苔で埋め尽くされている。

 綺麗だね、と思うだけだ。

  

 昔の家にしてはめずらしい大きな玄関の戸は、格子戸だが障子ではなく、すりガラスが入っている。そのすりガラスにはいつも、人の影が落ちている。

 昼間は外の光をうけ、夜は外灯の光をあびて、少々背の低い人影はいつまでも誰かがあけてくれるのを待っているかのようだ。

 気味が悪いね、といいつつ、誰もとりかえようともしない。

 

 一人で留守番をしていると、時折、梁がぎしっとなる。無視して本を読み続けると、梁ばかりでなく、柱もみしみしいい始める。奥座敷からガタガタ音がするときもある。

 古いのだから仕方がない、としか思ったことはない。

 

  かように、古い家にはよくわからない事が起こる。ただ、わからないだけで不思議ではない。よくあることだ。

 「家守綺譚」の主人公も、そうやってうけながす。驚くよりも、受け入れる。そういう事もあるのだろう、と、思うと、何も不思議なことはない。

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2006年9月28日 (木)

場所 -瀬戸内 寂聴

場所 Book 場所

著者:瀬戸内 寂聴
販売元:新潮社
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ドラマを先にみたせいか、イメージは宮沢りえさんです..

 林扶美子さん、宇野千代さん、岡本かの子さん、等々。

 今よりも、女性が正直に生きることが許されなかった時代に、自分の欲望に正直だったこの人達は、決して世間一般的には模範的な生活ではなかったかもしれません。

 そしてそういう人達が、じゃあ、今の世の中では許されるかというかというとそういうわけでもありません。

 潔ければ何でもいいと思っているわけではありません。やはり不道徳なものは不道徳かもしれませんが。

 作家自身の評価と、作品の評価は別と考えるべきでしょう。

  

 宮沢りえさん扮する瀬戸内 寂聴さんの半生を描いたドラマをみて興味がわきました。

 「場所」は、瀬戸内さん自身の過去に関係する様々な土地に、瀬戸内さん自身が再度、もしくははじめて訪れる形で書かれた私小説です。

 それは冷え冷えとするほど冷たい眼で、「一人の女性」として自分をみている作家の文章でした。

 作家だからなのか。

 現在の、出家されたという状態が生み出すものなのか。

 どちらにしろ、なんて怖いことをしているのだろう、という印象を強くもちました。

 この小説からみえる彼女自身は怖いけれど、そこから生み出されたこの作品は、怖いどころか恐ろしい。

 私が女だからなのか。

 自分にも、思い当たるふしがあるからなのか。

 それはわからないけれど。

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2006年9月26日 (火)

美味礼賛 -ブリア・サヴァラン

美味礼賛 Book 美味礼賛

著者:ブリア サヴァラン
販売元:白水社
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おいしい文章の元祖

 森茉莉さんのエッセイでたびたびブリア・サヴァランという名前、美味礼賛という本の名前は目にしてました。

 サヴァランという人が、ブリオッシュに洋酒をしみこませたケーキ、サバランの作者?であるということだけは知っていました。

 「美味礼賛」というタイトルから勝手に、小難しい本もしくは評論文で、現在では入手が困難な古典なんだと思っていたら、学校の図書館にあってびっくり。さっそく借りました。

 中身は美味しいものをこよなく愛す、食に対するラブレターのような本でした。

 

 味覚の生理学、なんて邦題が昔はついていたようです。でも実際、「酢は体にいい」なんていう、現在知られているような常識がここでは否定されていたり、やせる方法、なんてのも、ちょっと眉唾。

 でもそれについては目をつぶってあげたい。

 「ふだん何を食べているのか教えてごらん、どんな人だか当ててみせよう」 なんて言われちゃったら、生半可な栄養学なんて関係ない。

 自分が美味しいと思ったものを、最大限、美味しく食べられるように努力して、体中で味わって食べる。

 それ以上に、身体にいい事なんてないと思うから。

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2006年9月22日 (金)

きかんしゃやえもん -阿川 弘之,岡部 冬彦

きかんしゃやえもん Book きかんしゃやえもん

著者:阿川 弘之,岡部 冬彦
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

やえもんは、今、交通博物館にいます 

 ここのところ残業が多くて、というのはただの言い訳です。夜更かしがすぎて寝坊したので、本日は午後出社でした。

 こんな時間の電車はすいているだろう、と思ったら、幼稚園児の集団と同じ車両になりました。

 私の隣に座ったのは、妙になつこい男の子。一番に席についたのに、席はあいているのに私の隣になんのためらいもなく座ってきました。

 いまどきのナップザックに水筒。遠足かな、なんだかいいなあ、と思い、行き先はどこなのか尋ねようとして、はた、と気づきました。

 この子達、これから帰るところだ。

 午後1時。2時から午後の仕事がはじまる私にとっては、これから一日がはじまるというのに、この子達は楽しい時間は終わった帰り道なのね。

 ちょっと自分が恥ずかしくなりました。

 

 一番後ろの車両だから、車掌さんの姿がみえます。

 隣に座った男の子は、車掌さんがアナウンスをしている事を皆に教え、路線図が何かを教え、漢字がもう読めるんだ!と、おおいばりで路線図の駅名を読み上げてました。

 でもやっぱり読めない漢字もあるようで、端から読み上げているようで、実はさりげなくとばしていました。千歳烏山や蘆花公園はさすがに読めなかったみたい。かわいいなあ。

 この男の子はきっとトーマスが好きだろうな。

 トーマスが日本で有名になる前、私が大好きだった日本版トーマス、「きかんしゃやえもん」をみせても、にせもんだ!って、きっと言うんだろうな。

 素敵な話なのにね。 

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2006年9月21日 (木)

陋巷に在り -酒見 賢一

陋巷に在り〈1〉儒の巻 Book 陋巷に在り〈1〉儒の巻

著者:酒見 賢一
販売元:新潮社
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サイキックって書かれると眉唾ものにみえる...

 中国は混沌が似合う。

 なんて、実際には行ったことがありません。小説の、しかも昔の中国が舞台の小説からうける貧困なイメージです。

 実際、職場で一緒に働く中国人の話を聞く限り、そして仕事でかかわってた中国の会社の資料、その写真を見る限り、現在では近代都市のひとつだとは思いますが。

 

 昔、孔子なんて、漢文の授業か世界史でその名前をみるだけ。そもそも中国に興味など全くなく、よもや、異色とはいえ孔子伝を延々と買い続け、他の作家さんの本も読みふけるようになるとは思いませんでした。

 なんて、深い国なのだろう、とため息がでます。広いだけある。

 文化も歴史も人物も、あさりはじめると泥沼にはまってしまいそうになります。

 だから、史実を上手に料理してくれ、なおかつエンターテイメントにしたてあげてくれる酒見賢一さんは、本当にすごい。ありがたい。

 

 「陋巷に在り」は孔子の弟子、顔子淵と、彼が属する顔儒の人々、そして孔子の弟子たちの話です。

 実在だったといわれる人々だけど、もちろん話そのものが全て本当とは思いません。けれど、本当にこういう世界だったかもと、楽しんでしまうのは、小説の力量だけでなく、舞台が中国だからかもしれません。

 平安時代の日本のように、古代中国には何が住んでいてもおかしくない。

 どちらも闇を含んでる。

 

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2006年9月18日 (月)

秘密の動物誌 -ジョアン・フォンクベルタ

一瞬、信じてしまう

 自分が知らない動物なんて、この世にまだまだいると思います。

 イッカクやキーウイなんて中学生くらいの時に知ったくらいだし。

 野生の王国、「わくわく動物ランド」、最近ではディスカバリー・チャンネルでも、ありとあらゆる、みたことのない動物をみました。

 

 その全てが、本当に本物かなんて、私にはわからないんだ、と、思ってぎょっとしたのはこの「秘密の動物誌」を読んでからです。

 

 この本は、足の生えた蛇、火を吹くトカゲ、足と手が一本づつ生えている貝、羽の生えたゾウなど、何種類かの「新発見」の動物の、生態記録、もしくは標本写真、等の学術記録書です。

 ちなみにウソです。

 ただし、どこにもウソとは書いてません。かろうじて解説にそれらしきものが書いてあるためわかる程度。

 発表した研究者の経歴や、採取場所の地図、解剖結果のノートの写真、骨格標本までできちゃっているので、解説がなかったら、監修が荒俣宏氏でなかったら、信じちゃっているところです。

 少なくとも、世界が一度大きく変わって、古文書としてこの本が掘り出されたりなんてしたら、間違いなく信じられちゃうでしょう。

 実際にみた人がいない限り、その存在を証明する事は本当には不可能だ、と、どこかで読んだことがありますが、 この本を読んで実感しました。

 それにしても、芸が細かい。

 ここに載っている「手足が一本づつ生えている貝」はその手に棒を持ち、えさである魚を殴り倒して捕まえます。

 その「魚を殴り倒す直前」の写真が、笑えるほどうそ臭い。けれど学術書仕立てなため、そのうそ臭さゆえに、信じたくなります。

 こういう本を、真面目につくっちゃう人達。私は大好きです。

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2006年9月15日 (金)

春と修羅 -宮沢 賢治

春と修羅 Book 春と修羅

著者:宮沢 賢治
販売元:日本図書センター
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不思議なものだ

 

 詩を楽しめるようになったのはいつからなのか。

 特に、この、春と修羅を。

 詩には、気合を入れて読まないとわかりにくいものと、誰にでもわかる、シンプルな言葉のものがある。

 宮沢賢治の詩は前者が多い。

 なのに、いつからか心にしみるようになった。

 何故だろう。

 賢治の、春への憧れを思うとつらくなる。

 賢治の、修羅を感じてせつなくなる。

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2006年9月11日 (月)

メキメキえんぴつ 大海赫

メキメキえんぴつ Book メキメキえんぴつ

著者:大海 赫
販売元:ブッキング
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強烈...

 子供の頃の思い出で、量的には、楽しかった記憶の方が多いかもしれませんが、あざやかなものは、楽しかった事より、悲しかった事、恥ずかしかった事の方がおおいです。

 強烈であればあるほど、覚えているからかもしれません。

 繰り返し繰り返し思い出しちゃうからかもしれません。

 

 子供の頃、たくさん絵本も童話も読みました。

 たくさんたくさん読んだので、忘れちゃったものも多いです。

 楽しい絵本やほのぼのした本も沢山あったろうに、題名を忘れてしまったものがほとんど。

 でも、この本のタイトルはずっと覚えていました。

 強烈すぎて、怖くて、救いのない話。

 子供心に、「なんという童話だ!」と驚愕したのを覚えています。

  

 後年、大海赫(おおうみあかし)さんの本のシリーズがいくつか復刊されているのをみつけて、この「メキメキえんぴつ」を含め、3冊ほど思わず買ってしまいました。

 「メキメキえんぴつ」を売るおじさんの挿絵が怖い。

 主人公に折られたえんぴつが、夜中、鉛筆削り器で自分を尖らせているシーンが怖い。

 「カンナさん」では、大人になった主人公が格好よくも賢くもないのが嫌だ。

 カンナさんが最後に主人公にののしる場面。 最後の主人公も救いようがなくて。

  

 この本がトラウマになっちゃった人も多いらしいです。

 強烈で、個性的で、手に取らずにはいられない。

 でも、もし、自分に子供がいたら、ある程度の年になるまで読ませられないだろうなあ。

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2006年9月 9日 (土)

鏡の中の少女 -レベンクロン

鏡の中の少女 Book 鏡の中の少女

著者:森川 那智子
販売元:集英社
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続編「鏡の中の孤独」で彼女はたちなおる

 

 今、思うと、拒食症になりかかっていたのかもしれない。

  

 高校生の頃、吐き癖がついてたことがありました。痩せたいと、思っていた頃です。

 無理に吐こうとしたことはなかったのだけど、かなり頻繁に戻してしまう。それもほんの一口分くらいだけ。

 日常になってしまっていたので自分では何も思わなかったのだけど、母は不思議に思っていたらしい。もしかして、つわりでもどしているのじゃないか?と誤解していたのかもしれないと、最近気づいて苦笑してしまうけど。

 

 何がトリガーになっていたのか、今もってわからない。

 確かに、ありとあらゆることにコンプレックスを感じていた。

 誰もせめたりしない。誰も何も言わないのに、自分自身が自分をせめて苦しい。

 そんな気持ちはあったけれど、それが吐き癖という形につながっていたのか知らない。

そこまで自分が追い詰められている自覚も全くなかった。

 

 「鏡の中の少女」の主人公は、いい子に育った末っ子。 あんまりいい子で手がかからなくて注目されないほどに。

 だから、注目されるために病んでしまう。本人も知らないうちに。

 そんな、本人もわからない理由を病気を、治そうとしてくれる人達がいる。

 治療方法はただ一つ。愛してやること。

 認めてあげる、受け入れてあげる。それが主人公を強くさせる。

  

 私のはきぐせがいつ治ったかは覚えていない。

 ただその頃から、自分を嫌いになることをやめた事は確かだ。それが理由かはわからないけど。

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2006年9月 5日 (火)

だるまちゃんとかみなりちゃん -加古 里子

 

だるまちゃんとかみなりちゃん Book だるまちゃんとかみなりちゃん

著者:加古 里子
販売元:福音館書店
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シリーズでいろいろあります

 母の実家には、昔から、大きな年代もののだるまが10個くらい飾ってありました。

 そのだるまのひげは、墨で書いたものではなく立体化されたものでした。綿か何かで作られていたようです。うすぐらい梁の下の神棚にずらりとならべてありました。

 そのひげのいかめしさと、そのうちのおじさんの顔のおっかなさ、結構古い実家よりも、なお古い、母の実家の薄暗さは、私の記憶の中でセットです。

 (...関係ありませんが、おっかないって、方言でしょうか? 「怖い」の意味なんですが。)

 顔がおっかない割りに陽気でとても優しかったおじさんと同様、いかめしいひげの割りにあのだるまが怖くなかったのは、多分、「だるまちゃん」シリーズを保育園で愛読していたからだと思います。

 

 からすのパンやさん、おたまじゃくしの101ちゃん、とこちゃんはどこ? 等、大好きだった加古 里子(かこさとし)さんの本の中で、だんとつにシュールな本かと思います。

 当時はなんとも思わなかったけど、だるまに手足!。しかも子供なのに普通に髭はえてるし。

 だるまちゃんには家族もいて、もちろん、皆、だるま。なのにお父さんやおじいちゃんの年の違い、お父さん、お母さんの性別もしっかり書き分け。すごいなあ。

 

 だるまちゃんがかみなりの国からおみやげにもらってくる、かみなりまんじゅうで、皆でお茶を飲んでいる最後を思い出すと、何故だかいつも、母の実家で、だるまに見下ろされながらお茶を飲んだ、あの居間を思い出します。

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2006年9月 1日 (金)

沙高樓綺譚 -浅田 次郎

沙高樓綺譚 Book 沙高樓綺譚

著者:浅田 次郎
販売元:徳間書店
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「蒼穹の昴」「珍妃の井戸」、どの本もタイトルが上手いなあ

 不粋なほど豪華な場所での、豪華な人々が語る、極上の怪異譚。

 百物語ではないので、ろうそくを消すことはありません。

 不思議な話といっても、本当は不思議ではない話なのかもしれません。

 怖いといっても、お化けがでてくる話はありません。

 どこかで聞いたような、元ネタを知っているような、でも、やっぱりわからない。

 

 不思議な話は大好きなので、こういう本は大歓迎です。

 この中の、「百年の庭」が一番怖かった。

 読んだときには他の話の方が面白かったのに、何故か思い出すのはこの話ばかり。

 何故だろうと思ったら、この語り手だけが本当の当事者だからだ。

 やっぱり、世の中で一番こわいのは、人なんだな。

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2006年8月28日 (月)

モモ -ミヒャエル・エンデ

モモ Book モモ

著者:ミヒャエル・エンデ
販売元:岩波書店
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「バターとはちみつを塗ったパン」をしばらく真似して食べました

 

 中学生の頃、当時ストレスの溜まっていた姉の、ありとあらゆる話を聞いていました。

 年上の姉に、アドバイスめいた事をいえるようになったのは就職してからで、当時は思うことがあっても口には出せませんでした。

 ただただ、聞いていただけです。

 そして、聞いているうちに、姉が欲しいうけこたえがわかるようになりました。 

 多分、今、こういってほしいのだろうな、という事がなんとなくわかる。

 たとえ私が本当に思った感想とは違ったとしても、たとえそれが相手のためにはならなくとも、相手が欲しいセリフをいってあげる。ある意味、最低な能力、行動かとは思います。

 ただし、そんな聞き役は、ある程度若い女の子、もしかしたらどんな女の人にも、理想の相手なのは間違いなく、その結果、その後何年も、ありとあらゆる友達の聞き役になっていました。

 何人かは、毎日電話をしてくるぐらい。

 私のプライベートの時間など気にせず、話すだけ話して、そして、満足して電話をきっていく彼らは、悩みを話す以外の目的で、私に連絡をとってくることはついぞありませんでした。

  

 今はもう、私は聞き役ではありません。

 相手が欲しいセリフを言うより、自分が思った事をいうようにしています。

 聞くだけでなく、私の話も相手にします。

 それが分相応。

 あの当時、私は「モモ」のように話を聞いていたつもりでしたが、やっぱり「モモ」とは全く違ってたもの。

 もし、もう一度、「聞き役」になるときは今度こそ、モモのように、と思います。

 そうなるには、おばあちゃんになるくらいまでじゃないと無理だと思いますが。

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2006年8月26日 (土)

寿司屋のかみさんおいしい話 -佐川 芳枝

寿司屋のかみさんおいしい話 Book 寿司屋のかみさんおいしい話

著者:佐川 芳枝
販売元:講談社
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一度いってみたい...

 昔、はまっていた演劇の話を、宴会の席で上司に話していたら、

 「本当に好きなんだねえ、眼が輝いてるもん。」と言われた。

 そんな事をいわれたのははじめてだったのだけど、それから注意して他の人をみていたら、本当に人は好きなことを話すときは眼が輝く。

 あれはなんなんでしょう?

 恋をしている人は眼がうるむ。それに近いものがあるのかもしれない。

 

 きっとそういう風に、「寿司屋のかみさん」こと、佐川 芳枝さんはお寿司について話すに違いない。

 そうでなければ、こんなに食べたくなる気分にさせられるわけがない。

 大きなお釜の底にのこったおこげでつくる、おにぎり。

 たっぷりと出汁のしみこんだ、玉子焼き。

 大量につくるからこその、深い味わいのしじみのお味噌汁。

 そして何より、四季折々でかわる、寿司ネタ。

 不思議なんだけど、文章なのに、いとおしいと思っていることが、ひしひしとわかる。

 で、食べたくなる。

  

 お寿司は好きですが、一人で寿司屋の暖簾をくぐるほど粋な女性ではありません。

 回転寿司だって、一人では行くにはためらいがあるし、それになんとなく気分がでない。

 そんな最近の私のお気に入りは、立ち食い形式のお寿司屋さん。

 女の人一人も結構いて、気軽に入れるし、そこの「葉わさび」の手巻きがお気に入り。

 この本にでてくる、めずらしいネタもあこがれるのだけど、私がお寿司の味を楽しめる程度に肩肘はらないお寿司屋さんは、このへんがまだ限界みたい。

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2006年8月25日 (金)

海辺のカフカ -村上 春樹

海辺のカフカ (上) Book 海辺のカフカ (上)

著者:村上 春樹
販売元:新潮社
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結局、海辺ではなく電車で読んでしまった

 なんにつけ、「答え」が気になって仕方ありません。

 なぞなぞ、手品、ありとあらゆる試験問題、ミステリー。

 自分が答えを、あってようが間違ってようが予想できた場合は、まだ我慢できますが、全く予想できなかった場合は、我慢がききません。

 世界の七不思議、ビッグバンの前、ミクロの世界、等、誰も知らないならばともかく、誰かが「答え」を知っているのなら、知りたい。知りたくてたまらない。

 だから、春樹さんより、龍派なのかもしれません。

 「パン屋再襲撃」、「羊男のクリスマス」の、あまりに説明のないメタファーについてゆけなかった。

 

 で、「海辺のカフカ」。

 驚きました。 

 村上春樹さんのは苦手、と、遠ざかっていたのを後悔したほど、面白かった。

 

下巻の途中までは。

 

 説明がほどよくされている、でも、全く答えがわからないメタファーの数々は、今回も、やっぱり、あくまでメタファーなので、謎解きはされず。

 ミステリーとは違うから、答えを期待しちゃいけないのはわかっていますが。

 答えがないからこそ、何度も楽しめるのもわかっていますが。

 「世界の万物はメタファーだ。我々はメタファーを通してアイロニーを受け入れる」

大島さんはそういいますが。

 田村カフカも、カラスも、ナカタさんも、ジョニー・ウォーカーもカーネル・サンダースも。

 一見、普通?らしい星野さんも、佐伯さんも、大島さんも。

 その全てがメタファーなのはかまわない。

 では、一体「なんの」メタファーなのか? が、無粋だとわかっちゃいますが、ああ、知りたくてたまらない。

 

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2006年8月22日 (火)

深夜特急 -沢木 耕太郎

深夜特急〈1〉香港・マカオ Book 深夜特急〈1〉香港・マカオ

著者:沢木 耕太郎
販売元:新潮社
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特急といってもバス

  旅行をほとんどしません。

 金銭的な理由もあるけど、性格だろうな、と思っています。

 観光地で育ったからでしょうか。
 自分にとっては訪れた地でも、暮らしている人にとっては生活の場なんだ、なんて感じてしまうと、うかれた気分もふっとびます。旅行ではなく、生活する人にあこがれてしまうのです。

 目的がある場合は別です。
それがたとえ「そこで本を読む」とか「だらだら散歩をする」でもかまわない。
それこそ、「その地で、あてどもなくさまよう」のだって、それが目的ならば、全然OK。

 「日常から離れるのが目的なんだ」といわれれば、なるほど、と思いますが、
少なくとも私は一日やそこらでは日常から離れられない。

 結局、私がでかける場所といったら生活圏内にある場所ばかり。
新宿御苑で梅見、上野でお花見、海ほたるからみる夜景、観音崎からみる夕日。
近場で行きたい場所、やりたい事がやまほどあるので、今はそれで満足しちゃってます。

 旅行者にはなれないたちなんだろうなと、しみじみ感じます。

 
 「深夜特急」は全6巻。
これは旅行記ではもはやありません。主人公である著者の行動記録です。
日本から、ロンドンまでバスでゆく。
友達と賭けがきっかけだけど、主人公は全く急ごうとはせず、気に入った土地には満足するまで滞在します。
 旅行ではなく、生活する人の眼で書かれているからこそ、何度も読みたくなる。
 旅行者ではなく、居住者になりたい私にはそこがここちいい。
 

 ちなみに、せっかくだから、の「せっかく主義」で、普段、行きもしない美術館や神社、仏閣に行く人達を、正直、なんだかなあと思っちゃったりしています。
 格安ツアーを申し込むのにためらってしまうのは、その偏見が原因かもしれません。

 つべこべ言わずに、行って楽しんだもん勝ち、とも思うのですけどね。

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2006年8月21日 (月)

熱帯安楽椅子 -山田 詠美

熱帯安楽椅子 Book 熱帯安楽椅子

著者:山田 詠美
販売元:集英社
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この、カバー絵も大好き

 くだらない事でも、口に出すと楽しそうにみえるシチュエーションに弱いです。

 「いい天気だったから、3時間あるいて家まで帰る」とか、

 「浅草から水上バスにのって移動して東京タワーまで」とか。

 この間いったフジロックも音楽目的ではなく、「いい天気の下で寝転んで音楽聴きながらお酒を飲む」というシチュエーションに誘われていくようになりました。

 多分、そういうくだらない事を楽しめる自分にほっとするからかもしれません。

 

 友達に海に誘われたのですが、急だったので断りました。

 すると、ツボを心得ている友達は、「海辺にデッキチェアをだして、お酒と煙草片手に本を読む」というシチュエーションを出してきました。

 私の負けです。いそいそと、海辺で読む本を考えてる自分がいました。

  まず第一に、一度読んだ本。もしくは短編集。そうでないとはまって周りの景色なんかみなくなるから。

 次に、舞台が夏、もしくは海のもの。それからじめじめしていないもの。

 そう考えて、思い浮かんだのはこの「熱帯安楽椅子」です。

 舞台は、バリ島、デンパサール。美しい海と美しい人々。怠惰な生活と真摯な瞳。

 耳の聞こえない少年、トニが、主人公に贈った風景のすばらしさ。

 よし!これがいいと、手にとって。...そのまま読みふけってしまいました。

 あーあ、読んじゃったよ。仕方ない、他の本を探そう、と思っていたら、お誘いがキャンセルになりました。

 キャンセルになっても頭の中は「海辺で読書」のシチュエーションが離れません。

 来週、晴れたら行こうかな、と思いつつ、「海辺のカフカ」なんて本屋で買っちゃったりして。やれやれ。

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2006年8月19日 (土)

お父さんのバックドロップ -中島 らも

お父さんのバックドロップ Book お父さんのバックドロップ

著者:中島 らも
販売元:集英社
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正しくアホな、愛すべきお父さん

 自分が書く文章で、影響を受けた人と言われてもぱっと思いつきませんが、

 自分の話術やMixiの日記のような、特にネタ的なものの書き方で影響を受けたといったら、多分、景山民夫さん、中島らもさんのエッセイだと思います。

 両氏ともに、若くしてなくなられてしまい、残念です。もっともっと書いてほしかった。

 この二人の共通項として、以下があります。

 * 深くはまっている、マニアックな趣味を持っている。

 * 身を削って笑わせてナンボ、という感がある。

 * 他人を落とす場合は、徹底的に落とす。徹底的すぎて逆に愛を感じる。決して不快な気分にさせない。

 * 真面目な内容を書かれているときも、他のふざけた話のイメージを決してそこなわない文章が書ける。

 * どちらもきっと、愛あるトホホなお父さんであったことが想像できる。  

 「お父さんのバックドロップ」はエッセイではありません。短編集です。

 ありとあらゆる、愛ある「バカ」なお父さんがでてきます。

 実際に、自分の父がこうだったら大変だと思いつつも、中途半端に堅物なくらいだったら、こっちの方が、なんてことも思います。隣の芝だからだとわかっていますが。

 バカボンのパパはいつだって愛される。それは普段の行いに愛があふれているからでしょう。

 

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2006年8月13日 (日)

羊の宇宙 -たむらしげる,夢枕 獏

羊の宇宙 Book 羊の宇宙

著者:たむら しげる,夢枕 獏
販売元:文藝春秋
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ネタバレの内容を書いちゃってます。あしからず。

  やさしいことを、難しく説明するのは誰でもできる。
難しいことを、簡単に説明できる人ほど、それについて理解している人だ、と、仕事についてから、つくづく感じています。

 仕事で英文のメールを書いたとき、うまく表現できない部分を同僚に聞きました。
 私の英文をみたうえで、さらさらと英文を書きながら、いいました。
 「あんまり上手に書くと難しい内容の返事がくるから、この程度の書き方にしておきますね。」

 ...正直、心の底から感動しました。
 ただ中途半端に英語が得意な人に頼んだら、絶対にでてこない配慮です。
 彼はそういえば、何ヶ国語もあやつる帰国子女でした。
 
 
 「羊の宇宙」は、本来、短編集におさめられていました。
 当時は挿絵も何もなかったけど、簡単にイメージできる、美しい風景。

 場所は山脈のとある草原。
 そこにいるカザフ族の羊飼いの少年。彼をきまぐれにたずねた、あまりに有名な老物理学者。
 二人はその草原で、時間や宇宙観について語ります。

 老物理学者はチャーミング。
 彼は物理も宗教も数学も、つきつめると同じ真理にたどりつく、といい、おつきの者に問われて答えます。

 「人は皆、誰にはばかることなく幸せになってもいいのだ」

 カザフ族の羊飼いの少年は、羊をみながら考えることが大好き。
 物理学者に宇宙について答えます。

 「この宇宙はね、羊と羊じゃないものからできているんだよ。」

 
 老物理学者はもちろん天才だけど、この羊飼いの少年も天才。
 天才同士の会話は、とてもとても易しい言葉でかわされる。

 この話のシチュエーションも、登場人物も、もちろん内容も、私のお気に入りの一つです。
 「この宇宙は、羊と羊じゃないものからできている」
 宇宙をあらわす説明で、これ以上の素敵な言葉はしりません。

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2006年8月11日 (金)

李白詩選 -李白

李白詩選 Book 李白詩選

販売元:岩波書店
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実は、持ってないです...

 牀前看月光
 疑是地上霜
 挙頭望山月
 低頭思故郷

読み下し:
 牀前に月光を看る 
 疑うらくは是れ 地上の霜かと
 頭を挙げて 山月を望み
 頭を低れて 故郷を思う

 李白のよんだ、「静夜思」という五言絶句です。
 この句にある、「霜が降りたかと見まごうばかりの月の光」は決して大げさな比喩ではありません。

 

 実家は寒いわりに雪が少ない地域です。
真冬、月の綺麗な晩は特に寒く、庭の木々にびっしり降りた霜に月明かりが反射して、それはそれは美しい。

 子供の頃、実家のトイレ(というかお便所)は、サザエさん家のように、縁側の突き当たりにありました。
 ただし、サザエさん家のように広い縁側ではなく、ガラスもありません。濡れ縁です。

 夜中、トイレに起きて縁側にでるといつものように庭の木が光っている。
寝ぼけた頭で、ああ、霜がおりてるんだ、と思ったけど、
今は夏だということに気がついて思わず、庭に下りて葉に触って確かめました。

霜など降りていません。

上を見上げると、煌々とした満月がありました。

 

 子供の頃には何度かみた光景。
 今も真冬には、月明かりに光る霜はみることはできますが、真夏の霜にはお目にはかかりません。
 タイミングが悪いせい、と思いたいけど、年々天の川がぼんやりしてくるところをみると、
田舎といえども、明るくなってきてしまったようです。

 とはいえ、まだまだ都会の、スモッグにやられた朱い月よりは、ましですが。
 

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2006年8月10日 (木)

遠い海から来たCOO -景山 民夫

Book 遠い海から来たCOO

著者:景山 民夫
販売元:角川書店
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本当は、この人はエッセイが超おすすめ

 ロビンソン・クルーソーや、「南の島のフローネ」ことスイスのロビンソン。「十五少年漂流記」こと二年間の休暇。

 無人島での暮らしというものに、あこがれる。

 無人島でなくともいい。海にかこまれたところの暮らしをしてみたい、と思うのは、やっぱり山育ちだからだろうか。 

  

 「遠い海からきたCOO」の主人公親子の生活は、無人島ではないものの、小さな島での不便な暮らし。

 一日に使える時間帯がきまっている電気。ジェットスキーで隣の島まで通学し、1ヶ月に一回、食べ物を買出しに本土へ行く。

 TVなんてもちろんない。洗濯も手であらうし、牛乳だって缶入りだ。

 だけど、

 朝6時から泳ぎたくなるような海。

 友達のイルカが遊びにくる。そしてそのイルカと交流するラブラドール犬がいて。

 主人公は、絶滅したはずの恐竜COOの母親がわりになるため、ダイビングしながら海にならしていく。

 清く正しい冒険小説のお手本のようなこの小説は、主人公とCOO、COOを狙う敵とのやりとりというストーリーのその一方で、美しい、海での生活も垣間見せてくれる。

 

 よく、「山でのんびり暮らしてみたい」、「田舎で自給自足しながら」と、簡単に言われるとむっとくる。そういう人に限って虫が苦手だったりして、なんだかなあ、と思う。

 それを思うと、私の、海の近くで暮らしてみたいっていうのも、本当に、ぼんやりとした憧れだけだなあ、と思うけど、やっぱりあこがれる。海の生活。

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2006年8月 9日 (水)

夏への扉 -ロバート・A・ハインライン

夏への扉 Book 夏への扉

著者:福島 正実,ロバート・A・ハインライン
販売元:早川書房
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SF界で多分、一番有名な猫、ピート

 昔、ドラえもんをみて、未来の世界に素直にあこがれました。

 TV電話。チューブタイプの道路。タイヤのない車。

 けれど気がつくと、アトムはもう生まれてしまったし、HAL9000はとっくに宇宙にでかけ、そしてこの本のもう一人?の主人公、ピートは二度目の冷凍睡眠に入っている。
 
 今は、未来の世界に憧れるかわりに、もう過去になっている「近未来」の話を読むのが好きです。
 大抵の場合、昔の作品の方が未来を好意的にとらえているものが多いので、読んでいてとても楽しい。

 「夏への扉」の近未来は2000年。
 スティックタイト製の洋服。お手伝いロボット。冷凍睡眠。
 その世界は、決して明るいだけの未来ではないけれど、主人公が、その未来をこよなく愛しているという点がとても、いいな、と思います。
 相棒のピートを一緒に冷凍睡眠で未来へ連れていく、のもなんだかとてもうれしい。
 そしてピートがそれでも、夏への扉を探し続けるのも。
 
 
 最近の作品は悲惨な未来を書いているものが多いのは、リアリティを追求するからかもしれない、と思うとちょっと嫌です。
 悲惨な近未来の話を、遠い未来に読んで、楽しいとも思えないしw。

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2006年8月 7日 (月)

ドラマティック・ノート -森 瑶子

森瑶子自選集〈1〉 Book 森瑶子自選集〈1〉

著者:森 瑶子
販売元:集英社
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またもや画像がなかったので....

 「わがまま」と「甘え」の境目がよくわかりません。

 「無邪気」と「傍若無人」のバランスをとるのはなお難しい。

 結果的に甘え下手で、無邪気と対極をなす汚れキャラになってたりします。

 だから上手に、本当に上手に、いいタイミングで甘えてくる女の子、それからにっこり笑いたくなる程度の無邪気さを持つ女の子は、それだけで価値がある!と思っているし、大好きです。

 勝てないなあと素直に敗北をみとめます。それどころか、そういう子には、なんでも言う事聞いてあげたくなってしまう。

 私が女の子にもてるのは、そして男友達が割りと多いのは、こういう、へんな意味での男らしさが少々多いからかと思います。

  

 「ドラマティック・ノート」は、一つの話に一つの香水をキーワードにした短編集。

 使ったことのない香水に、上等な小説。高校生くらいの時に読んで、いつかこれ、という香水をきめて自分のものにするんだ、なんて思っていました。

 3年ほど前から、使う香水は決めています。

 ただし、この小説にでてくる香水ではありません。

「嫉妬」と「やきもち」の間、「自尊心」と「本音」をいったりきたりする男女の話に負けないくらいの存在感の香水には、とても勝てそうもありませんから。

 

 「この香水、何つかっているんですかー?」と、うらやましそうに聞かれて、答えないわけにはいきません。

 答えたら、同じ香りを数日後に身にまとわせてきていて。

 あこがれているの名の下に、真似されてもなあ。

 無邪気なつもりの傍若無人、甘えのつもりのわがままを、使いこなしている女の子は、苦手です。でもこちらにも、やっぱり勝てそうにはありません。

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2006年8月 2日 (水)

十皿の料理ーコート・ドール 斉須 政雄

Book 十皿の料理―コート・ドール

著者:斉須 政雄
販売元:朝日出版社
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これは料理本ではありません

 東京都白金高輪にあるフレンチレストラン、「コート・ドール」の料理は一度食べたことがあります。この本を読んで、一度いってみたくて、友達に無理やり読ませてからいきました。

 でも、この本にでてくる十皿の料理は何も食べていません。ランチでいったので、食べるものがおのずと決まっていたからです。...そして、アラカルトで選ぶほど金銭的に余裕もなかったのでw。

 覚えているのは、鳩肉のテリーヌくらい。フレンチレストランなんて行きなれないので、場の雰囲気にすっかり飲まれてしまってました。

 

 この本にでてくる料理には、斉須氏の思い出が一緒に入っています。

 フランスでの修行時代の話、天才的なパートナーとの出会い。三ツ星がつく職場での日本人としての自分の扱い。自分のお店を開いてからのこと。

さらりと書かれているから、余計に、大変な苦労をされてきたのだな、とわかる、そんな思い出話。

 そして、そんな思い出と一緒に、とても自然に料理のつくり方が書かれている。これは美味しいにきまってる。ほら、こんな風なんだよ、美味しそうでしょう、そう、眼を輝かせながら言われている気がして。

 やっぱり、未だにあこがれます。

いつかまた、緊張しないで、まわりに圧倒されずに美味しく味わえる準備ができたら、行きたいなと思います。

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2006年7月28日 (金)

小説・捨ててゆく話/ちいさいモモちゃん - 松谷みよ子

小説・捨てていく話 Book 小説・捨てていく話

著者:松谷 みよ子
販売元:筑摩書房
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大人の目線の「ちいさいモモちゃん」

ちいさいモモちゃん Book ちいさいモモちゃん

著者:菊池 貞雄,松谷 みよ子
販売元:講談社
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「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズ一作目

 「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズは、姉も私も大好きな童話でした。

 作者の松谷みよ子さんのライフワークは民話収集。この童話もどことなく昔話なイメージです。

 ママとモモちゃんと猫のプー、後に生まれてくるアカネちゃんが主な登場人物。

 一見、明るい童話なのですが、実は戦争、死について、環境汚染について等、重いテーマを扱っている話が多く、なかでもパパとママが離婚する経緯にいたっては、童話にしたからこその怖さがひしひしと感じます。

 パパが家に帰ってこなくて、パパの靴だけが帰ってくる話。

 ママのところにたびたびやってくる死神。

 パパは歩く木、ママは育つ木だから一緒にいると駄目になる、と魔法使いのおばあさんに言われ、パパとママはお別れすることを決めます。

 松谷みよ子さんの生活が背景にあるのはすぐわかります。

 ある日、図書館で、この「小説・捨てていく話」をみつけました。これは松谷さんの当時の生活の、一番つらい部分が、つらいままで書かれています。
 そして、「モモちゃんとアカネちゃん」シリーズは、お子さんに、パパとママの離婚の理由を聞かれてお話しをつくったのが最初だと知りました。

 

 私は親になったことがないのでわかりませんが、幼い子供に離婚理由を聞かれて、ごまかす事なく、そして生臭くなく伝えられる親がどれだけいるでしょう。

 この本に書かれた心情を、なんら変化させることなく、かつ、子供が納得いく表現であらわした松谷さんを、本当にすごいと感じます。

 思えば民話はどこの国のものでも決して明るいだけではありません。

 影の塊を白い布でおおいかくすような、それでも影がもれでてしまうような雰囲気が、モモちゃんとアカネちゃんシリーズにもあって、この離婚までのくだりは、もはや民話といってさしつかえないと思います。

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2006年7月26日 (水)

はてしない物語 -ミヒャエル・エンデ

はてしない物語 Book はてしない物語

著者:ミヒャエル・エンデ,上田 真而子,佐藤 真理子,Michael Ende
販売元:岩波書店
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映画は嫌いじゃありませんが、底が浅いです

 何故、こんなに本の虫になったのかよくわかりません。

 祖父がやはり本好きだったので、その血を一番うけついだのだろうと家族には言われて育ちました。

 ただ、子供心に「本を読む」=国語ができると言われ続けていたのはなんとなく心外でした。当時の国語の授業でのメリットがまったく感じられなかったから。

 気に入ったら何度でも読みかえします。これについてはよく質問されました。今でもときおり聞かれます。

同じ映画を何度も観ることについては何も聞かれないのに、同じ本を何度も読むのは不思議に感じる方が多いようです。

 その理由を説明するのに上手い言葉がみあたらず、長いこと、困っていたのですが、何年か前にようやくぴったりする表現をみつけました。

 「そこに書かれている、その世界に遊びにいってるんです」。

 とはいえ、この説明で納得してくれる人は少ない。でも自己満足でかまわない。自分のなかでの気持ちにぴったりくる言葉がみつかっただけで十分です。

  

 「はてしない物語」は、文字通り、「その世界にいってしまった」読者の話。

 主人公が本を読む前編と、その世界に入り込んだ後編では、雰囲気がずいぶんとかわるので、はじめて読んだ中学生のときには後編の部分は少々読みにくかった。そしてその読みにくさゆえ、はまりました。

  

 後年、「新世紀エヴァンゲリオン」TV版を人から借りて、そのラストをみて、「なーんだ、はてしない物語の前編じゃん」と思いました。

 「はてしない物語」の本は、今の世界では姿を変えたようですね...。

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2006年7月23日 (日)

たんぽぽのお酒 -レイ ブラッドベリ

たんぽぽのお酒 Book たんぽぽのお酒

著者:レイ ブラッドベリ
販売元:晶文社
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夏には新しいスニーカー、だよね、やっぱり

 

 はじめてまともに徹夜したのは、中学生のとき。夏の初めでした。

試験勉強をしつつ、ラジオをきいているうちに、気がつくと外が明るい。

ついさっきまで真っ暗だったはずなのに。

 

 外が明るくなると、不思議な事に蛙の声より虫の声がめだつ。それに鳥の声が加わってくる。

 蛙も虫も鳥も、自分にとっては鳴いていることにすらきづかないほどBGM化しているから、声の持ち主が切り替わるときに鳴いている事にようやく気づく。そんな事もはじめて知った。

 そっと外にでると、少し肌寒く、薄く霧までたちこめているような気がする。

 庭の木にも野菜にも、朝露がびっしりついている。

 もうしばらくしたら、暖め